『君戀しやと、呟けど。。。』

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『ともしび』第一章 その壱

2018-05-20 00:09:09 | 小説『ともしび』
第一章 その壱

 北白川月斗(つきと)は幼稚園の時、今の両親の許に引き取られた。
 子供心に自分が犠牲になって、こっちの家に来た心算だった。

 本家には祖父母がいて、叔父夫婦と子供二人の六人家族で、従兄弟の年齢も弟に近い。
 こちらは父の兄にあたる伯父夫婦と息子が一人。月斗より二歳上の京音(けいと)がいた。だからこそ本家に弟を残す方がいいと、子供心に思ったんだ。
 男三人兄弟の真ん中だった父は、憶えている限りでは自由人だったように思う。思い出そうとしても殆ど何も憶えていないが、大人たちの思い出話のなかの父は、一人だけ喫茶店を開き、誰かに雇われることを良しとしなかったという。どのくらいの規模だったのかも知らない。ただ叔父が簡単に閉めてしまえる程度のものだったんだろうとは思う。そして、叔父はその時処分した店の書類を見せてくれることはなかった。
 結局、末っ子だった叔父がそのまま家に残り、祖父母の面倒を見る形になった。跡を継いだものは何をしても許されて、その報告をしなくてもよかったのか。
 母ならそうは言わない。どんな子供だとしても、あの時の月斗に分かる言葉で養子についての話を聞かせてくれた。言われた内容は理解不能だとしても、それがルールだ。
 長男ではあるが、今の父はあまり長男らしくない。早々に家を出てしまったせいもあるかもしれないし、性格のせいかもしれない。ただ家の跡取りは三男だという雰囲気は小さな頃にすでに感じ取っていた。
 三男の叔父の方が落ち着きもあって口数も少なく、それでいて優しさと穏やかさを感じとったものだ。大人になり、その感覚全てが幻想のようなものだと気づくと、辻褄の合わなかったことが不信感として残った――。

 月斗は突然、両親を喪った。交通事故に巻き込まれた、もらい事故だったという。偶然にも兄弟二人は母親の実家に遊びに行っていて乗り合わせることはなく、迎えに来てくれる途中の出来事だった。
 その両親に代わり北白川の祖母は二人とも育てると言ってくれた。
「死」の本当の意味も知らなかった。ただパパとママには、もう会えない。話せない。一日経ち二日経ち、従兄弟たちとの遊び感覚が薄れてくると、両親不在が伸し掛かってきた。弟はママがいないと泣き出し、月斗は自分も寂しいと言えなくなった。
 祖母は食べ物を並べて食べるように言ったが、お腹がふくれてしまえば、また弟は母親を呼ぶ。そんな時、最初に弟を抱くのが叔母だった。
 きっと弟のことを守らなきゃ、と思いすぎていた。月斗自身もまだ六歳の誕生日を迎える前だったのに。だからというわけではないが、見ているようで見ていなかった。大人のなかにもいろいろな人がいるということは分かっていたが、この頃の月斗には叔母が一番良い人に見えたのだ。ただ、よく思い出せば叔母が最初に弟を抱いていたというのは間違いだ。母は仕事があった。毎日、本家にいたわけではない。比べること自体が間違っているのに、何故か一番は叔母だと思い込んでしまった。

 暫くして本格的に誰が育てるかという話になっていった。事故が起こったのは夏、季節は秋になろうとしていた。
 月斗からすれば大人たちは好き勝手に話し合ってると思った。自分たちのことなのに、月斗には誰も何も聞いてはくれない。祖母はずっと二人を離すのは可哀想だと言うだけで、どの家で暮らすのか決まらないままだった――。

 今から思えば四九日忌があった日だ。
 長男夫婦、つまり今の両親と従兄弟の京音がやってきた。その日、自分は母に、当時は伯母だ。呼ばれ初めて今後のことを聞かされた。
 簡単だったな。
『うちで一緒に暮らして下さい』
 そう言われただけだった。月斗の目を見ながら伯母の目が思いがけず大きくて、知っている筈なのに違う顔に見えた。でも決して怖いとか嫌だとか感じることはなかった。次に京音が近づいてきて、
『一緒に帰ろ』
 と言われた。
 弟は叔父のとこの従兄弟と遊んでいてはしゃいでいた。今の話が聞こえているのかいないのか、月斗には判断できなかった。

 母はずっと自分だけを見ていた。
 二人一緒は無理だから、月斗の名前しか呼ばなかった。弟はどうなるの、と聞いた。すると母は、こちらの家で四人の大人たちが大切に育てる筈だと答えた。家が離れているため、簡単に行き来することはできない。でも長期のお休みや何かの行事がある時、月斗が会いたいと言えば必ず連れてくると約束してくれた。後に分かることだが、母は大人も子供も関係なく話す。勿論、子供の自分に分かる言葉にはなるが、決して無理強いすることなく、月斗が納得するまで待ってくれる。そして京音に、
『一緒に行く』
 と言うと、
『帰るんだよ』
 言われた。

 帰る……
 もう何日も聞いたことがなかった、帰るという言葉がすごく嬉しかった。これまで自分が使っていた“帰る家”は、もうない。叔父があっても仕方がないものは捨ててきたと祖母に話しているのを聞いてしまった。あの時から月斗には帰る家がない。叔父のことを、それまで感じていた人とは違うと思ったのもこの時だった。
 二人の衣服や幼稚園の用具などは持ち帰ってくれた。しかし両親のものは殆どない。その整理をすると母が呼ばれ、月斗もついていくと小さな段ボール箱が二つあるだけだった。
 今はアルバムが残っているだけ。バーベキューのセットやキャンプの道具はなかったと思う。喫茶店のものも含めて、父が好きだったことは何も残されていなかった――。

To be continued. 著作:紫 草 
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