先週の日曜日の夕方、近くで新聞を読んでいた妻が思わず「あっ...」
と声を漏らした。
社会面の片隅にスペインの女流ピアニスト、アリシア・デ・ラローチャの悲報を見つけたのだ。
あまり熱心に新聞を読む方でない私は、このての知らせをいつも彼女から知らされる。
前回は、ロシアの偉大なチェリスト、ムスティスラフ・ロストロ・ポーヴィチ氏の時だったと思う。
偉大な女史の功績にしてはあまりにも短い記事なので全文をご紹介しよう。
『アリシア・デ・ラローチャさん(スペインのピアニスト)
バルセロナの病院によると、25日、心肺不全のため死去、86歳。
バルセロナ生まれ。6歳で初リサイタル、11歳でオーケストラと共演を果たし、神童と称された。グラナドスやアルベニスなどスペイン作曲家の演奏で知られ、グラミー賞を2度受賞。03年の後援を最後に引退した。』
03年の時には「最後の来日」とささやかれていたからもう生では聴けないのだなと覚悟はしていたが...。
私が聴いたのはそれより2年さかのぼる2001年5月26日にさいたま芸術劇場でのリサイタルだった。
当時のプログラムがとってあった。
前半はモーツァルトとシューベルトのピアノ・ソナタ。
休憩を挟んで後半はグラナドス一色だ。
CDでしか聴いた事のない彼女のグラナドスを生身の彼女が弾いている事自体に感動した。
ジョン・ウイリアムスを初めて聴きにいって、ジョンがステージにでて来て歩くのを目撃して以来の感動だった。この時は正直涙が出た。
今思えば彼女らしい演目だったと思う。
元々モーツァルトの演奏では評価の高かった彼女だが、彼女が生涯貫いたのはアルベニスやグラナドスといった彼女の母国の作曲家を常にコンサートに取り上げた事だ。
これには尊敬する。
しかも、モーツァルトやシューベルトと並べてだ。しかも、プログラムの後半にだ...!
お目当てのグラナドスをたっぷり聴いて妻と2人「ごちそうさま...。」と言って帰って来たように記憶している。
彼女の演奏を直に聴いたのはこれが最初で最後になってしまった。
彼女は我々ギタリストにとっては先生でもある。
ギターでは非常にスタンダードなスペイン物のレパートリーである
アルベニスやグラナドスは以外とオリジナルのピアノでの録音が少ない。
しかも、スペイン音楽はやはりスペイン人ではないと表現できない「血」の音楽なのだ。
オリジナルの演奏からスペイン音楽のエッセンスを感じ取ろうと勉強した者なら必ず彼女の演奏を聴き込んだものではなかったろうか。
そういった意味で、彼女はスペイン音楽を生の演奏で聴かせてくれる「先生」だったのだ。
私はまだ結婚前の修業時代、サラリーマンをしていた頃、疲れ果てて帰って来て
夜中に練習を終え、ワイシャツにアイロン掛けしながらよく彼女のCDを聴いたのを思い出す...。
冬の冷たい空気に真っ赤になった鉄の塊の様な彼女の和音が響く...。
その熱い歌に私は随分勇気づけられていたように思う。
写真は2001年のリサイタルのプログラムと
私のお気に入り、アルベニスの組曲「イベリア」と「スペイン組曲」の納められたCD。
ラローチャ先生ありがとう。
ご冥福をお祈りしたい...合掌。