逍遥日記

経済・政治・哲学などに関する思索の跡や旅・グルメなどの随筆を書きます。

2月13日(水)のつぶやき

2019-02-14 07:10:56 | 哲学

シャンボール城ノ夜ニテ想フ

2019-02-14 03:09:58 | 旅行
世界で一人のシャンボール城(フランス紀行) 

 風が吹きすさぶ嵐のような夜だった。
城の目の前にあるホテルの屋根裏部屋の小さな窓から、私は深夜、漆黒の闇の中にうっすらとその姿を見せる城を眺めていた。
 葉ずれの音がかまびすしいのに、城は薄気味悪いぐらいの静寂の中に浮かんでいた。
 じっと城を眺めていると、その白黒の城の中でやがて音楽が流れ始め、さまざまな色のドレスで着飾った婦人たちや紳士たちの舞踊が見えるような気がした。
 城の地下では、汗を流しながら大きな機具を使って小麦粉をひいている者たちの姿も見えた。
 あの城の中では、多くの憎しみや愛や、策略や、栄光や歓喜があったにちがいない。
それは、子供のころ野原で催された野外映画の中のシーンのようだった。私の子供時代。何の心配もなく、虫を取り、さつまいもを掘り出し、ビー玉遊びをしたあの時代。

 しかし、それらは全て、どこかへ消えてしまったのだ。
今はあくまでひっそりとして、人の気配は全くない。
 時間は流れたのだ。 

 私はシャンボール城を独占していた。
両腕の上に顎をのせて城を眺めていると、世界でこの城を眺めているのは私一人だけに違いないと確信したのだ。
 私はただ一人、この城の中の過去の時間と向き合っていたのだ。

 翌朝、ホテルの食堂で朝食を食べているときだった。
私の背後に座っていた女性が何かつぶやいている。一人で宿泊している、30代後半ぐらいの背の高い女性だった。黄色いドレスの立ち姿が何とも優雅だった。
 その女性が、ときどきつぶやきながら、泣いているのである。
 二人連れ達の会話のささやきがある中での泣き声は、少し異様だった。

 彼女は、もしかしたら過去に思いを寄せていた男性とこの城を訪ずれたのかもしれない。
 その男性のことを思い出して泣いているのだろうか。
 この黄色いドレスの婦人は、深夜のシャンボール城の中で踊っていたにちがいない、と私は想像するのだった。