若草物語の旅の続きである。
さて、前回のオーチャードハウスの食堂から
隣りに続く居間へと移動した私たち。
この部屋は、オルコット姉妹が劇を上演した時の
観客席となった部屋でもある。
壁には姉妹の父親の肖像画や
長女アンナとその夫の写真、結婚証明書などが
額に入れられ飾られていた。
この部屋には古い一台のピアノが置いてあり
物語の中ではお隣りの屋敷の主人が
3女のベスにピアノを贈る場面があるが
実際は姉妹の祖父から贈られたものだそうだ。
これも年代物のソファーの上には
「ルイザのご機嫌枕」と呼ばれた枕が置かれてあり
彼女が機嫌の良い時には枕は縦に
悪い時には横になっていたらしい。
それを聞いて
何という気難しい人…と思った。
ところが…そうではなかった。
実はルイザは30歳の時
南北戦争で看護婦として働いていたそうで
その時に病院で腸チフスにかかり
それを治すために飲んだ薬に水銀が含まれていたため
大きく健康を損なわれていたのだ。
だから、機嫌が悪い時というのは
単なる気分ではなく
おそらくその体調のせいだろう。
こうしたことも
今回の旅で初めて知ったことだ。
作家として成功し、家族を金銭的困難から救い
心地よく生活できるようにする…
というのが、実は彼女の夢だったらしい。
水銀中毒の後遺症に苦しみながらも
「若草物語」という自分自身の体験に基づいた
素晴らしい作品を書くことによって
彼女はその夢を叶えたのだ。
そんな作者の人生の一端に触れることで
今まで見えていた景色が
全く違って見えてくるから不思議だ。
この居間の中で
ソファーに横になっている不機嫌なルイザの姿が
愛おしさとともに目に浮かんできた。
彼女も大変だったに違いない。
「若草物語」という作品の裏に
作者ルイザのこんな苦しみがあったとは…。
まさに目から鱗であった。
今日はここまで。
続きはまた次回。