limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

DB 外伝 マイちゃんの記憶 ③

2018年11月07日 11時50分40秒 | 日記
秋口に入って、レギュラーメンバーの1人の退院が決まった。マイちゃんは無論喜んだが、私にはポツリと「櫛の歯が欠けちゃったね・・・、寂しくなりそう」と漏らした。退院が決まった彼女は、売店で「写ルンです」を買い込んで、2ショット写真の撮影を始めた。私も、マイちゃんも映り込んだが、彼女は「写ルンです」の“特徴”を理解していなかった。マイちゃんとの2ショットは私が撮影したし、私との2ショットはマイちゃんに私が指示を出して撮影したので問題は無かったが、他のメンバーとの2・3ショット撮影は“ピンボケ”の嵐になっていた。彼女は、後々“見舞いを兼て”再撮影に訪れる事となった。その“ピンボケ”の写真を見たマイちゃんが「〇ッシー、どうしてみんなボケてる訳?!」と説明を求めて来た。「それはね、“最短撮影距離”を考えていなかったせい!1m以上離れて撮影しなかったから、ボケボケになるのは当然さ!」私が答えると「どういう意味?!」とマイちゃんが更に突っ込んで来る。「ちょっと待ってて!」私は病室へ戻り、愛用のコンパクトカメラを持って来て「ここのレンズの部分の動きをよく見てて」と言って、近く・中間・遠距離の3段階でシャッターを切った。「あっ!微妙に前後に動いた!」マイちゃんが観察した結果に驚く。私は言葉を選びつつ「コイツは、俺が苦心して完成させた代物だけど、写真を撮る以上“ピント”を合わせるのは必須の作業だよね。コイツは、50cmから~∞まで距離に合わせて100段階以上の位置で、ピントを合わせる様に設計してある。ピントが合わなければシャッターも切れない。ところが、ある一定の距離でピントを固定すれば、1mより前はボケるけど遠くはボケない様に出来る。“写ルンです”はそう言う様に設計されているんだよ。だから、安く簡単に写真が撮れると言う訳!ただ、そう言う特徴を理解していないと、ピンボケの嵐になっちゃう。昔、あった“固定焦点”のレンズ付きフィルムなのさ」と言った。「“レンズ付きフィルム”って“写ルンです”の事?」「ああ、正式名称はそうなるね。簡単な撮影を突き詰めていくと、複雑な機能を省いて覗いて押すだけになる。後はフラッシュをどうするかを考えればいい。どんな人にもどんな場所でも写真が撮れるって事では“レンズ付きフィルム”には敵わないよ」「じゃあ、〇ッシーの作ったこのカメラの存在意義は何なの?」「覗いて押すだけじゃなくて、撮影者の意思を写真に反映できる事だよ。フィルムだって白黒からリバーサルっていうプロが使う特殊なフィルムにも対応している。目的に合った撮影が出来るのがウリなのさ。だからお値段も高い!大きく引き伸ばしても問題は無いしね」「どのくらいまで大きく出来る訳?」「新聞の全面ぐらいまで。“全紙”ってサイズまで引き伸ばしても問題は無いよ」「新聞全面って言ったら相当に大きいね。飾るのに苦労しそう」マイちゃんの目が丸くなる。「写真展では当たり前のサイズだけどね。一般家庭なら壁一面が占領されるだろうな」私もサイズを意識して言う。「あたしの顔が壁一面にあったらどーなるんだろう?」マイちゃんが途轍もない想像に走る。「まあ、腰が抜けるか、その存在感に驚くか?!やってみれば面白いかもね!」私も想像の世界に浸った。「〇ッシー、お互い元気なって退院したら、やってみようよ!撮るのは得意でしょ?」「作るのも撮るのも仕事でしたからね。否応なしに腕は磨かれたからね。よし!必ずやろう!」「うん!絶対だよ!」マイちゃんが笑った。だが、この夢は果たせずに終わってしまうとは、この時2人共気付きもしなかった。

病院食は「美味しくない」事で有名だ。大学病院も例外ではなかった。「何よこの“メルサール”って訳の分からない魚!それにしても、魚ばっかりでうんざりだわ!」「そうよ!鳥肉も豚肉もあるじゃない!牛肉は無理だろうけど、もっと献立を考えて欲しいわ!」女性陣のヒスが始まった。この日の朝食後に厨房から「アンケート」が配られ、献立表を見ていた彼女達の鬱憤が爆発したのだ。病院食の1人当りの予算を考えれば、献立を組むのも苦労するのは推察できるが、連日の“魚攻撃”は流石に飽きる。「書いてやるか。“魚攻撃”は我慢ならんとな!」私が言うと女性陣も「そうよ!書いてやるわ!」と同調してアンケートに辛辣な事を書き出した。「でも、足りない分はお菓子で補ってるから、±0でいいんじゃない?みんな不味かったらバケツに直行なんだし・・・」何故かマイちゃんは冷静だった。「あたしとしては、麦飯みたいなヘルシーなメニューを増やして欲しいな!そうしないと、ケーキの分のカロリーがオーバーしちゃうじゃない!」マイちゃんの言い分には、妙な説得力があった。「カロリー0か控え目の飲み物とか飲んでるんだから、1日のカロリー摂取をむやみやたらと、増やすのも考え物だよ!」以前にも書いたが、マイちゃんが抱えているのは“摂食障害”である。カロリーに関して人1倍神経質になっている彼女にしてみれば、現状よりカロリーを減らしたいと言う意思が働いていたのは、ある種必然性があった。「不味ければバケツ、足りない分は好きなモノを売店で買えばいいじゃない?!」マイちゃんの主張はある種、的を得ていた。ヒスっていた女性陣も考え直しを始めた。1歩引いた所から、別の視点を提起する。マイちゃんが得意とする人心掌握術だった。「〇ッシーは、別にいいよ。どう考えても“足りない”はずだから。でも、私達は体形を考えた事書かなくちゃだめだと思う!ケーキを食べられない生活なんてありえないでしょ!」「うーむ、その意見に反対する理由が見当たらない」私は唸るしかなかった。結局「“魚攻撃”を控えて」と言う意見で、周囲はまとまった。「得体の知れない魚だけは、勘弁して」と言う意見が大勢を占めた。確かに「得体の知れない魚」はどう調理されても不味かった。病院食が何故不味いのか?患者にしてみれば首を捻らざるを得ない事実だが、私には後々カラクリが分かった。米穀会社へ就職した際、病院へ納めるコメの品種を知って初めて謎は解けた。コシヒカリやあきたこまち、ではなく“雑品種”と言う多収穫米がブレンドの核だったのだ。勿論、コシもこまちも入るが、大抵は古米が使われていた。ベースが安いのだから、味の向上など叶うべくもない。1人1食当り300円が相場なのだから、大量に仕入れられてコストの安い材料に頼らざるを得ない。その中で、治療食や常食を作り分けるのだから、栄養士の苦労たるや想像を絶するものがあったに違いない。ただ、入院中はそんな裏側は覗けない。アンケートに「無いものねだり」を書くのが関の山だった。マイちゃん達が“摂食障害”と戦っていた最中に措いては「食べられるだけで幸せ」だったに違いない。食行動そのものに問題を抱え、深い闇の中に身を置いていたマイちゃん。彼女の言葉は今も片隅に響いている。