limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

DB 外伝 マイちゃんの記憶 ④

2018年11月08日 13時47分19秒 | 日記
秋も半ばを過ぎようとした頃、マイちゃんの「仮退院」が決まった。彼女は、無論喜んだ。「やっと出られる!自由が待ってる!」目は輝き表情は明るかった。マイちゃんは「〇ッシー、カメラ貸してくれる?みんなと2ショット写真撮りたいの!」と言った。「ああ、構わないけど、フィルムが無いぜ!」と言うと「ちょっと脱走して、コンビニへ行けば問題なし!もう、プランは練ってあるもの!」とケロリと言った。「いやはや、恐れ入りました。コイツを存分に使っていいよ」私は愛機を手渡した。「その代わり、フィルムの装填はやってね!それだけは自信ないから」と注文が飛んで来た。「それは賢明な選択だ。そのくらいは手伝うよ」と私は引き受けた。「ありがとう。今度こそ家での療養に切り換えて見せるから!」マイちゃんは力を込めて宣言した。“これで何度目?!”と言うセリフを慌てて飲み込んで私は「頼むぜー!いずれは自分も退院する。約束を果たす為にも良くなってくれよ!」と言って優しく肩を叩いた。「分かった、期待して待ってるよ!じゃあ、借りるね」と言うと彼女は病室へ戻って行った。喜ばしい事ではあったが、私には一末の不安があった。マイちゃんの性格は“竹を割った様な性格”で悪い方に取れば“極端な行動に走りやすい性格”でもあるからだった。まだ、あまり親しくなかった頃、看護師さんの言葉に激高して「自ら髪を切った」事もある位だ。自分の信念に従って行動するマイちゃんの性格は“諸刃の剣”の様なものだ。だが、最近はそうした行動も影を潜めている。「考えすぎか?!」私は自らに言い聞かせる事で、一末の不安を封印した。

マイちゃんの撮影は順調に進んでいった。彼女は4本のフィルムを買い込んで、親しい女性患者達から看護師さん、先生達とまでフィルムに収まって行った。「〇ッシー、そろそろ写らない?」マイちゃんが無邪気に聞く。「いいよ、何処にしようか?」私は周囲を見渡した。「ナースステーションの前はどう?」マイちゃんが提案した。「それで行こう。アングルはちょっと遊ぶか!」ナースステーションの前で、左右に並んでやや下から狙うアングルを選んだ。2人とも画面の両端に位置して、真ん中でピースサインをするようにした。撮影は、たまたまステーションに居たKさんに依頼した。「男女の横綱が並んで居るのは、壮観だわね。2人共準備はいい?」Kさんがカメラを構えて聞く。「横綱ってどういう意味?」マイちゃんが聞くとKさんが「この病棟に居る時間の長さかな?手のかかる頻度かな?いずれにしても、病棟の顔だからねー」Kさんがクスクス笑っている。「俺達は笑えない」と言うと「記念写真だよ!最高の笑顔で収まって!」とKさんが注文を付ける。私達はカメラに向かって最高の笑顔を振りまいた。「OK!撮れたわ」「Kさん、ありがとう」マイちゃんがカメラを受け取ってお礼を言う。「今度こそ、自宅療養になってちょうだい」Kさんがマイちゃんに注文を付ける。「うん、絶対そのつもり」「約束だよ!」2人は笑顔で語り合っていた。「〇ッシー、ありがと。明日には撮り終わるから、もう少し貸して置いてね!」「どーぞ、ご自由に!」私は笑ってそう言った。マイちゃんは嬉しそうに笑っていた。こんなに笑顔が弾けるのをどれだけ彼女は待ったのだろう?幾夜、心の闇に怯え続けたのだろう?私は、そうした彼女が決して“見せなかった”裏を思い、喫煙所で思慮に沈んだ。この病棟に身を置いた女性達は皆、心の闇を抱えている。とりわけマイちゃんの心の闇は深く大きかったはずだ。それこそ“ブラックホール”の様に。光さえ吸い込むような深い闇、彼女は本当に立ち直れるのか?またしても、一抹の不安が心を過り始めた。「〇ッシー、どうしたの?」マイちゃんが横に座っていた。「いや、何でもない。ただね、自分にも退院の日は来るのかな?って考えてただけだよ」私は、タバコをもみ消して別のタバコへ火を点じた。「来るよ!開けない夜は無いって言うじゃない!たまたま、あたしが先になっただけ。〇ッシーも必ず良くなる!あたしが保証するわ」マイちゃんが言ってくれた言葉に私は救われた気がした。彼女は大丈夫だ。必ず立ち直る。改めて自身にそう言い聞かせて「たまにメール送るよ。みんなの様子や俺の動向を知らせる。ヒマがあったら返事くれるかい?」「うん、必ず返すよ!女の子達の世話を頼むね!〇ッシーにしか頼めない重要任務だから」「分かった。引き受けるよ」私は静かに言った。「ここから見る景色も悪くは無いけど、家の部屋でのんびり出来るのがやっぱり理想だね。でも、この景色も撮って置こう!」彼女はシャッターを切った。「いい思い出になるといいな。こんな時期もあったんだって、思い出せるようにしなきゃ!」「そうだな、1ページになってくれればいい。まだ、先は長いんだから!」「そうだね!」マイちゃんは豪快に煙を吹かす。その日、彼女は終始笑顔だった。

それから3日後、冷たい雨の降った日、マイちゃんは朝から姿を見せなかった。病室に閉じこもって居ると言う。食事も部屋で摂っている様だったが「ほとんど食べてないのよ」と同室の女性達が心配していた。何が起こっているのか?彼女は押し黙っているらしく、原因すら掴めない。「どうしちゃったんだろう?」メンバーも不可思議に思っていたが、思い当たる節は無いと言う。夕食の時間になっても、マイちゃんは部屋から出て来なかった。こんな事は初めてだった。消灯時刻まで後30分となった午後8時半、就寝前のクスリを飲んで1人、喫煙所でまどろんでいると、マイちゃんがやって来た。だが、顔色は真っ青で足取りも重そうだった。「〇ッシー、隣に座ってもいい?」消え入りそうな声で彼女が聞いた。「いいよ」と言うと震える手でタバコを手にして火を点じた。明らかに様子が変だ。彼女は、左手で私の右袖をしっかりと掴んで必死に耐えていた。「ただ事では無い」と直感した直後「〇ッシー、どうしよう・・・、あたし聞こえて来ちゃったの。あたし恐くてたまらない!」悲痛な叫びだった。「聞こえるって・・・、あれか!」“幻聴”が始まってしまったのだ。彼女はガタガタと震えていたが「ごめん、少し傍に居て。〇ッシーが居てくれれば少し怖くないから」と言って右手をしっかりと握りしめた。冷たい小さな手を通して、彼女の恐れの深さが伝わって来た。就寝前だから、主治医は帰宅しているはずだし、このまま喫煙所に居続ける訳にも行かない。「何か手は無いか?」私は必死に頭を巡らせた。ナースステーションを見ると、Kさんの姿が見えた。「マイちゃん、歩けるかい?」私は彼女に小声で聞いた。彼女は小さく頷いた。「Kさんの所へ行こう!Kさんなら何とかしてくれる!」私の言葉に彼女は頷いてくれた。手をつないだまま、ゆっくりとナースステーションへ行き、Kさんに声をかける。異変を察知したKさんは、直ぐにマイちゃんを椅子に座らせて話を聞いてくれた。「大丈夫よ、心配しないで」と言ってマイちゃんを抱きしめる。私は、Kさんに後を託すと病室に引き上げた。今、私に出来るのはここまでだった。消灯後に「ごめん、ちょっといいかしら?」とKさんが私を呼びに来た。薄暗いホールのテーブルを挟んで、Kさんはマイちゃんの様子を聞き取り始めた。私はありのままを話して、心当たりがないと告げた。「そう、誰も気づかなかった訳ね。さっき初めて貴方に言ったのね。聞こえるって。私に知らせてくれたのは賢明だったわ。彼女、注射を打って眠らせた所。明日の午前中いっぱいは起きないわ。お願いだけど、この事は誰にも言わないで!知って居るのは貴方と私だけよ。彼女の為にも協力して欲しいの。この事は一切伏せて置いてくれる?」Kさんは真っ直ぐ目を見て言った。「勿論です。誰にも話しません!」私はしかと問いに答えた。「ありがとう。貴方なら安心だわ。彼女の事は私達に任せて、貴方も休んで!遅くにごめんね」Kさんは病室まで私を送ってくれた。ベッドに横たわったもののその夜は中々眠れなかった。マイちゃんはどうなってしまうのだろう?“幻聴”が如何なるものか?症状が無い私には、想像すらつかなかった。ただ、一筋の光が差し始めた彼女に、またしても心の闇が襲い掛かったことだけは認識できた。