limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

DB 外伝 マイちゃんの記憶 ⑦

2018年11月15日 17時01分31秒 | 日記
私とマイちゃんが復活して1週間が過ぎた。マイちゃんの「仮退院」は先送りとなり、喫煙所は「多少は秩序が維持された」雑談所に戻っていた。その日、私は検温が遅れて延着となったが、女性陣は早くも盛り上がりを見せていた。「遅かったね、〇ッシーって“セイラ派”?それとも“ミライ派”?どっちだった?」マイちゃんが言う。「機動戦士ガンダムのかい?丁度、中学生の真ん中だったからなー」「番外で“フラウ・ボゥ派”“マチルダ派”も居たけど、男子はやっぱりセイラ派”か“ミライ派”の2大派閥に別れたよね?!」マイちゃんは再々再放送ぐらいで見ているはずだが、よく覚えてるものだ。「そーだな、強いて決めるなら“セイラ派”だろう。“ミライさん”も捨てがたいけれどね」と私が言うと「やっぱりね!“セイラさん”の方がエロいシーンが多いからでしょ!〇ッシーもやっばりスケベなんだ!」とすかさず彼女達が茶化す。「男がスケベで無かったら、国は亡びるよ!子供が生まれなくては、未来を担う者が居なくなるだろう?」真面目に返すと「あー、話をすり替えて逃げに入った!絶対に小学生の頃“ボインタッチ”とかもやってたヤツだ!やらしいー!」とあくまでも“スケベ路線”で攻め立てるつもり様だ。「誰ですか?スケベな路線で話を押し通すのは?」私が周囲を見回して聞くと、「あたしです」とOさんが控え目に言った。普段から話の輪には加わるが、積極的に話題を提起する事は少なかった彼女が、路線を主導するとは“珍しい”事だ。「何かあったの?」と私がOさんに聞くと「あたし、いつも触られる側だったから、触る側の男の子の気持ちを聞いてみたかったの。子供の頃には面と向かっては聞けないでしょう?」と言った。「それで、Oちゃんとしては、男子代表の〇ッシーに答えて欲しかった訳。少しは付き合って答えてくれないかなー?」他の子達がフォローを入れる。うーむ、意外に真面目な答えが求められる難しいテーマだ。本日のお題は繊細な答えを求められる反面、正直に話す必要もある。手強い相手だ。

「〇ッシーは、小学生の頃“ボインタッチ”とかしたの?」Oさんがおずおずと聞く。「やったよ。最初は“正面攻撃”だったけど、女の子達や先生達もいつまでも無防備じゃない。フェイントをかけて掻い潜っての攻撃をかけるのには知恵を絞ったなー」「知能犯だったんだ!今の〇ッシーの礎になってない?いつも予想外の手を繰り出せる理由が分かった気がする!」Aさんが納得した様に言う。「SKさんをかわす絶妙な手は、スケベが生んだ産物なのね!」マイちゃんも同じように言い「どんなフェイントを仕掛けたの?」と問い詰めに来る。「例えば、ターゲットの先生の後ろから、2人が廊下を走って気を逸らす。先生は前の2人に注意するよね“走るな!”って、その隙に後ろから2人がタッチ攻撃を仕掛ける。振り向いている隙に前の2人もタッチに加わる。ヒット&アウェイ攻撃の完成って寸法」「そう言えば、あたしもやられた記憶ある!他には?」マイちゃんが更に踏み込んで来る。「1人が先生に質問に行く。結構真面目に。そこへ背後から3人がタッチ攻撃を敢行するとか、階段の下から2人がスカートを覗く振りをして、気を逸らして上から2人がタッチ攻撃を敢行する挟み撃ち作戦、全校集会の帰りのゴタゴタを利用して、タッチ攻撃するドサクサ紛れ作戦とかね。勿論、担任には知られない様にあくまでも軽く触るだけ。相手も選んでたよ。あまりヒステリックにならない先生を選んでやってた」私は覚えている限りの事を話した。「全部やられた手口だわ!結構脈々と受け継がれてるのね。男の子のスケベなやり方って!」マイちゃんが遠い目をして言う。「あたしも覚えがある。これって男の子の伝統?」Oさんも昔を思い出しつつ言う。「スカートめくりのやり方とも共通するわね。〇ッシー、誰かに教わったの?」Aさんも問い詰める。「ガキの頭脳に最初からインプットされてるモノじゃないかな?理屈じゃなくて“本能”だと思う」「本能か、男の子がある時期になると、急にスケベになるのはそのせいだって言う訳?」Aさんが首を捻る。「興味が先行するんだろうよ。ある時期までは女の子の方が体の変化が早いからね。背丈にしても男が後から追い抜く様に」「そう言われれば、分からなくもない。男の子の思考回路は結構単純に出来てるし、理性が芽生えるまで時間がかかる。男子対女子で喧嘩になると、冷静に論理的に対処するのは女子の方。男子は感情むき出しで、扱いは楽だったよね」マイちゃんが指摘すると「そうだね、操縦は楽だった気がする」とAさんも同調する。「嫌だと言っても触られたのは、どう言う理由かな?」Oさんがポツリと言うと「それはOちゃんが“気になる存在だったけど、素直に言えない”って言う男子の単純な考えから来てる照れだよ。そうでしょ!〇ッシー!」マイちゃんが、やおら話を振り回す。「うーん、それは否定出来ない。言いたくても照れくさい。茶化されるのが一番恥ずかしいから、つい嫌な事をやってしまう。男子特有の思考が生んでしまう悲劇なんだろうね。優しさを見せるのが出来ない、恥ずかしいんだよ。高校受験が迫ると、ようやく落ち着くんだけど・・・」「そっかー、やっと分かった気がする」Oさんが頷く。「〇ッシー、もう慣れてると思うけど、これだけの女の子達と真っ向から話すなんて想像した事ある?しかもたった1人で!」Aさんが聞く。「無い!ガチでやってる自分を想像すらしたことない!自身でも不思議に思うけど、性を超越して色々話してるから、違和感も無い!」「隣にOちゃんとかが居ても、臆する事無く平気で居られる〇ッシーの存在は貴重だね。大抵の男の子なら、とっくに逃げ出してるよ!」Aさんが言うと「あたしが教育したんだから、間違いはないわ!」とマイちゃんが自慢する。「〇ッシーは、あたしが唯一認めた“人畜無害”の男子!並みの子じゃないわ。マイ先生の眼力が厳しいのは、折り紙付きでしょう!でなきゃ私達に着いてこないし、親身になって話もしないはず。今日みたいな話題なら尚更だわ」「そうね、臆面もなく落ち着いて話せる男子は“ここ”には居ないね。〇ッシー以外」Aさんも頷く。「さて、皆さんそろそろ“お買い物”の時間ですが、行きますか?」「行くー、〇ッシーも行くよね?」「ああ、洗剤を買わないと洗濯が出来なくなる。財布を取って来るか」私達はゾロゾロと病室へ向かった。「〇ッシー、ちょっと待って!」マイちゃんがランドリーの陰に私を引っ張り込む。「カメラ借りっぱなしだけど、もう少しいい?」「ああ、構わないよ」「それと、Oちゃんなんだけど、やっと〇ッシーにも慣れてくれたから、気にしてあげて!彼女、ずっと1人で居たから気になってたの。私の世話+Oちゃんの世話、頼めるかな?」「彼女、SKさんが大の苦手だろう?見てれば分かるよ。ガードを固めればいいんだな?」「そう!流石に良く観察してるね。あたしの事もちゃんと見ててくれてるの分かってる。宜しくお願いします!」「了解、さあ、出かけよう」「うん!」彼女は嬉しそうに身を翻すと病室へ駆け込んだ。

売店に着くと、Oさんが私の後をずっと着いて来るので、自然に話しながら買い物をする事になった。「自分で洗濯する男の人、初めて見たの。操作とか教えてもらったの?」と聞くので「見れば分かりますよ。俺、機械モノは得意なんで。洗濯機より制御の難しい機械を30台1人で操ってましたから」と言うと「30台も!たった1人で!食事とかどうやって食べるの?」と驚きを隠さなかった。「昼間は交代の人と換われるけど、夜はマシンのご機嫌を取りながら、合間を縫って食べてましたよ。24時間生産は続くので、おにぎり片手にね」と笑って返した。「夜中に故障とかあったら、自分で直すとか?」「そう、簡単な修理くらいは出来る様に教育されたし。夜中に停電になって、全設備停止になっても、朝までに完全復旧させましたし。とにかく現場で色んな事を学んでましたね。それが、後々企画や開発への参加に繋がって行ったんですよ」Oさんはポカーンとしてしまった。「停電から朝までに全部元に戻す?どんな勉強してたんです?」彼女は興味津々の様子だ。「病棟へ戻ったら教えますよ。体調は大丈夫?」「何があったか知りたい!話してくれます?」「では、戻ったら順を追って話しますよ」私は彼女に約束をした。「ふーむ、これの“ミックスベリー”が出たはずなんだけど、ここには無いのかな?」あるお菓子の新商品が見つからずに居ると「どこでそんな情報仕入れているの?」とOさんが不思議そうに聞いた。「みんなの話をよーく聞いてると、自然と耳に入って来るから。女の子の話は色んな情報を集めるには最適なんでね。つい、気になる訳」「あたしの話もそう?」「さっきの“嫌なのに触られる”とかは、男としては知り得ない事だから、大いに参考になるね。これからの人との接し方について気を付けろ!って反省したよ」と言うと彼女は嬉しそうに笑った。「あたしも、マイちゃん達みたいに“〇ッシー”って呼んでもいい?」「いいよ、みんなそう呼ぶから、許可も何もないから、ご自由に」と言うと「〇ッシー、そこの上のペットボトル取ってくれる?」と早速注文が飛んで来た。「はいよ、他には?」「コーヒーはブラック派?」と聞かれるので「ミルク味に飽きるから、自然とブラック派になりました。缶取ろうか?」「うん、1本取って」と彼女が言った。取っ掛かりとしては悪くない。また、新たな“信頼関係”を作る上では上々の滑り出しだ。「〇ッシー、どう?Oちゃんと上手く行けそう?」レジを待つ間に、マイちゃんが確認に来た。「そうだね、取っ掛かりは出来たと思う。彼女について注意する事ある?」小声で聞くと「疲れやすいから、ゆっくりさせてあげて。SKさんとは話させない方がいい。Oちゃんの緊張をほぐしてあげてね」とマイちゃんから指示が来た。「分かった。細心の注意を払いましょう」「宜しくね」そう言うと、マイちゃんは少し距離を保った。Oさんの会計が済んだからだ。一連隊を引き連れて病棟へ戻ると、三々五々病室へ買い物した物品を運ぶ。Oさんとの“約束の話”は午後に入ってから始まった。

喫煙所の席順には「暗黙のルール」があった。私の“指定席”は奥のシートの中央、やや右側と決まっていた。そして、私の右手側は、基本的に「空席」で左手側がマイちゃんの“指定席”であった。人数が多い場合は、マイちゃんが右手側へ移って来る。私の両脇を占められるのは、マイちゃんだけの特権だった。例の一件以来、マイちゃんは私の右手側に座る事が多かった。異変を感じた際、直ぐに対処が出来るように考え、話し合って決めた事だった。「変には思われないよね?」マイちゃんは心配したが「隣に座るのが慣例だろう?右でも左でもいいから、不安にならない位置を取ればいいさ!」私は、ともかく彼女の些細な変化も見逃さない事を優先した。一応の安定は見ているが、いつまた急変するか分からない。不安になれば、手を握ってシグナルを出す事も取り決めた。今の所はそうした変化は見られないが、万が一を考慮した末の決断だった。その日、午後2時になってから、私は“指定席”に陣取った。洗濯に手間取り服を畳むのにも思いの外、時間を取られた。「綿埃にまみれるとは、誰だ?!化繊を乾かしたのは?」1人、まどろんで居るとOさんが静かにやって来た。「〇ッシー、話聞かせてくれる?」と言うので「いいよ!とにかく座って」と言うと「マイちゃんがね、〇ッシーの横に座れって言ったの。“指定席に座っていいよ”って言うの。右か左のどっちに座ればいいの?」と聞いて来た。マイちゃんが“指定席”を開放するとは、意外な事だった。誰よりも自己に妥協しない彼女が“自分の席を明け渡す”様なマネは、今まで絶対にしなかった事だ。だが、裏を返せば“ちゃんと面倒を見てあげて!”と言うメッセージに違いなかった。「どちらでも構わないよ。好きな場所に座って」と言うと、彼女は右隣りに座った。「何か、緊張する。マイちゃん以外の子は、座った事が無い所だし、あたし男の人と話すの苦手なの。でも、マイちゃんが“人畜無害”って言ってたから、思い切って座って見ました。意外と眺めがいいのね」Oさんは、ガチガチに緊張していた。「そうか、ここは“交差点”みたいな場所。病棟全体の動きが良く見えるから、座っているだけでも飽きないよ。僕のお気に入りの場所だ。人の出入りも多いけれど、普段見えないものが見えるから“穴場的隠れ家”だって思ってる。過行く人からは、案外見えにくいのもこの場所のいい点だよ」Oさんは、タバコに火を点じると一息吸ってしはらく黙り込んだ。少し表情がほぐれて来た。「僕も最初は、度胸が必要だったな。マイちゃんに引っ張り込まれるまでは!後は、なし崩し的におもちゃにされてるけれど。女の子ばっかりにも慣れたと言うか慣らされたようなモノだし、お昼前の話にしても案外真面目に議論してるの分かるよね?」頃合いを見計らって話し始めると「〇ッシーが真面目に答えてるのが、すごく意外だった。いつもあんな感じなの?」と彼女は聞いて来てくれた。「そうだね、僕はなるべく女の子の話に真面目に答える様にしてるな。そうしないと収拾が付かなくなるし、果てしなく脱線し続けるだけになるし、オチを付けるのが僕の役割かな?って思ってるんだ」「だから“聞く側”に居るの?」「基本的にはそう言う役目。だから、みんな色んな事を持ち込んで来る訳」「私的な事も含めて?」「そう、でも聞いても誰かに喋る訳じゃないよ。私的な事は、原則他人には明かさない!それが僕のやり方」「疲れない?嫌にならない?〇ッシーが潰れる事はないの?」「1度だけある。でも、みんなが助けてくれるから、気にはならないし、みんなで方法を考えて切り抜けて来たから、続いていると思う。みんなで持てば軽くなる。だから僕も救われているのだと思うよ。男だから、女の子だからって区別はしないよ。だから、僕も平然としていられるし、冷静な答えが出て来ると思う。誰も言わないけれど、ここでは“自由に言う”事が基本だから」「嫌なら嫌って言っていいの?」「勿論、あまりにも外れたことなら、僕も否定することはある。幽体離脱とか出来るって言われた時は“そんな事できるか!”って怒った事もある」「〇ッシーなら出来そうだけど。無理なの?」「マイちゃんと同じ事を言うね。どこからそんな事を思い付くの?」「だって、出来そうな気がするから」彼女は笑って言う。どうやら、緊張の糸は緩んだ様だ。「その発想の原点は、一体なに?誰に聞いても答えてくれてない疑問だけど?」「〇ッシーだから!」「またそれかー、答えになってない!」私はまたしても撃沈の憂き目にあった気分になった。Oさんは横で笑っている。気分はどうあれ、信頼は得られたと思った。その時「愉しそうだね!あたしも混ぜてくれる?」マイちゃんが顔を出して来て、私の左隣に座った。「Oちゃん!〇ッシーと話して見てどうだった?正直な感想を聞かせて!」マイちゃんが笑って問いかける。Oさんは、少し間を置いてから「こんなに真面目に話を聞いて、答えてくれる男の子に初めて会った。優しくて、暖かい人だね」と照れながら言った。「〇ッシーの右手を握ってみて!こんなふうに」マイちゃんが私の左手を握って自身の膝に置く。Oさんは戸惑いながらも私の右手を握った。冷たい小さな手だった。そして、そっと自分の膝に乗せてくれた。「暖かいよね!〇ッシーの心もそう。あたしも不安になると、〇ッシーの手に触れて安心をもらってるの。Oちゃんもどんどんやっていいよ!怖くなったら、〇ッシーの手から安心をもらったらいいの。どう?恥ずかしがらなくてもいいよ。あたしが教育した子だから、変な事は絶対しないから!」「うん、でも本当にいいの?」「Oちゃんだから特別に許可する!でも、あたしとOちゃんだけだからね!〇ッシー、そこんとこ、くれぐれも宜しく!」「分かった。2人限定の“特別メニュー”だな。席順はこれで決まりかい?」「そうだね。新しい“指定席”は、この並びで決定!」明るい声でマイちゃんが言った。「Oちゃん!部屋でウジウジしてないで、〇ッシーやあたし達と遊ぼうよ。結構気に入ったみたいじゃん!〇ッシーの右手!」Oさんは真っ赤になったが、私の手は離さずにいた。「さて、〇ッシー!Oちゃんとの約束の話、そろそろ始めてよ。あたしも興味あるし、〇ッシーがどんな活躍をしたか教えて欲しいな」マイちゃんがねだる様に言う。「それ程の事ではないけど、夜中に停電を喰らってから、朝までに復旧を言い渡されてね。手探りでやり遂げた事故の話だ。その結果、評価は上がったけどね。余計なオマケも付いて来るハメになった忘れられない事故だったよ」私は静かに話し始めた。Oさんは私の右手を膝に置いたままで聞いてくれている。会社人生最大のピンチだった「ブラックアウト事故」。昨夜の事のように、思い出しながら話は続いて行った。

DB 外伝 マイちゃんの記憶 ⑥

2018年11月13日 16時16分18秒 | 日記
点滴で眠った翌朝、私は副師長さんに揺り起こされた。「さあ、そろそろ起きて下さいな。もう、午前9時を過ぎてますよ!」「えっ!ヤバイ!やっちまったー・・・、女性陣が騒ぎを起こしちまう!」慌てて跳ね起きると「残念ながら、騒動は既に起ってます!ギャーギャーと、あれこれ憶測が飛び交ってますよ!」体温計を渡され、腕には血圧計が装着される。「朝食は取り置きしてあるので、ちゃんと食べて!それから、かしましい“女の子達”を黙らせてちょうだいね!」「はい・・・」今日は厄日だ。目覚めて数分も経たないウチに厄日に気付くとは最悪だ!しかも、既に“あらぬ憶測”が飛び交っているらしい。女性陣の口を封ずるには、相応の覚悟が必要だろう。洗顔をしてヒゲを剃っていると早速「〇ッシー!幽体離脱して何処に行ってたの?!みんな!〇ッシー生きて帰って来たよ!」と騒ぎが拡大し始めた。ホールへ行き、朝食を食べていると女の子達がわらわらと集まり始め、あれこれと憶測を話し始めた。「幽体離脱して何処へ行ってたの?」「やり過ぎて疲れたのね!」「昨夜、あたし達の部屋も覗いたんでしょ?」「えー!あたし達も覗かれたの?」「調べた結果を報告しなさいよ!」「マイちゃんを見つけたの?どこに居た?」ここまで来ると反論は通用しそうにない。だが、あからさまな“誤解”は否定して置く必要はありそうだ。「昨夜はね、点滴を入れて貰って久々に深く眠っただけ!残念ですが、幽体離脱などは出来ません!仮に出来たとしても“覗き”はやりません!マイちゃんを見つけられるはずなどありません!誰ですか?幽体離脱だ、覗きだと言ったのは?!」「マイちゃんが、〇ッシーなら出来るって言ってた。ねえ、本当は病院内をくまなく捜索したんでしょ!」「でなきゃ起きられるはずだわ!私の着替え見てたんでしょ!今日のパンティー何色か言って見なさいよ!」取り付く島が無いとはこの事か?!やはり厄日の様だ。ギャイギャイと騒ぐ女性陣を尻目に早々に病室へ逃げかえるハメになった。「何なんだ?!この仕打ちは!」ベッドの上で毒づいたものの、状況は変わらない。「疲れた・・・、疲れ果てたよ・・・」体は重く気力も萎えかけていた。身を横たえていると「〇ッシー、ちょっといいかな?」と女性陣3人が病室に押し掛けて来た。「ごめん!寝かせて欲しい。今日は気力ゼロ!」私は布団を被って逃避にかかる。「あのさー、みんなが謝りたいって言ってるんだ。チョットだけ顔出してくれない?」「今日は勘弁して。マジで気力無いから、寝かせて欲しい」私は、偽らざる真意を吐露した。本当に疲れ果てて、眠りたかったのだ。「そこを何とか、お願いします!」閉じた貝をこじ開けようと女性陣も躍起になる。「休ませてあげなさい!無理強いは良くない事よ!それに、勝手に病室へ立ち入らないで!!」凛とした声が響いた。「はい、すいません、師長さん」女性陣は蜘蛛の子を散らすように退散していった。私も慌てて跳ね起きようとするが、師長さんの目と手に制止された。「少し、話せるかな?」と師長さんが言う。私が黙って頷くと、体温計を渡され腕には血圧計が巻かれた。暫くの沈黙の後「やっぱり血圧が高いし、僅かに発熱してるわね。タフな貴方も休息が必要だわ」と言って脈を取り始めた。「昨日、Kさんから聞いてると思うけど、マイさん回復へ向かってるわ。4~5日したら、元の病室へ戻れそう。だけど、今の問題は貴方の方ね!どんな状況になっても、平然とした顔で立ち向かった貴方が逃げ出すなんて初めて見るわ。それだけ、心身共に疲れ切ってる証拠!やっぱり脈も速くなってる。元々徐脈なのに普通の人と変わらなくなってる!安静にしていないと、私達がマイさんに怒られるわ!」師長さんは、一通りのチェックを終えると、私に横になる様に指示した。いつになく優しい師長さん。Hさんと共に怒られた時の表情とは別人の様だった。「まず、マイさんの事だけど“インフルエンザに感染していた”事にして隔離している理由を作るわ。今日一杯の経過次第だけど、女の子達にもそれとなく伝えるつもり。もう少しの辛抱よ。それと、今日の騒ぎは私達が鎮めるから、貴方は安静にしていて。主治医の先生に、至急点滴の指示を出して貰うわ。やっと回復して来たのに、ここで返って悪くしたらご家族に申し訳が立たないわ!もう、心配はいらない。ゆっくり眠って。やれる事は全てやってくれた。“がんばり過ぎた”ぐらいよ。もう、重荷は降ろしていいの。安心して休んで」師長さんは、静かに言うと私の手を握り、微かに微笑んでいた。「大丈夫、彼女達に邪魔はさせないから。直ぐに点滴を持って来るから。何かあったらコールを押してね」と言って師長さんは、ベッド回りのカーテンを閉めると病室を出て行った。「貴方達、彼は安静が必要よ!静かにしてあげて!具合の悪い人を無理矢理引っ張りだす様な真似はおやめなさい!!」どうやら廊下にタムロしていた女性陣が怒られた様だ。暫くすると点滴のバックが2つ運び込まれ、私の腕にラインが設定された。「ゆっくり、休んでね」チューブが接続されると5分も経たない内に、私は深い眠りに落ちて行った。

目覚めには違和感が伴った。下半身が変だ。ゴワゴワした感触と、何かが突き刺さっている感触。「紙おむつに導尿か。俺はどれだけ眠ってたっんだ?」日付は2日進んで、時刻は午前4時を指していた。「少しは落ち着いたな。だが、これじゃあ自由に動けないな」小声で呟くと点滴の有無を見る。バックが2連で釣り下がっていた。残りは僅かだ。夜勤の看護師さんがそろそろ交換に来るはずだ。少し姿勢を動かして強張った筋肉を解していると、案の定、夜勤の看護師さんが覗きに来た。「あっ、起きてたの。気分はどう?」バックを交換しながら、囁く様に聞く。「大分、いいです。点滴まだ続くんですか?」「この後もう一度で最後よ。先生の診察を受けてから、管を抜いて貰ってね。まだ、時間あるから眠った方がいいよ。後でKさんが見に来てくれるから、細かい事は彼女に聞いて」と言うと病室を静かに出て行った。29時間以上は前後不覚だった事になる。眠れた事で心身ともに落ち着いていられる様になったのはいいが、私が“落ちてから”何があったのか?師長さんのカミナリがどの程度炸裂したのか?Kさんから聞く以外にない様だ。目を閉じると私は再び眠りの世界へ沈んでいった。再度、目覚めたのは午前9時頃だった。依然として点滴バックが2連で釣り下がっているが、残りは半分ぐらいだった。カーテンが揺れてKさんが顔を見せた。「どうかな?よく眠っていたって聞いてるけど」「久々に眠った感はありますね。下半身が不自由ですけど」「先生を呼んでくるわ。まずは、許可を貰わないと抜管も出来ないしね。ちょっと待ってて!」彼女は、主治医の先生を呼びに行った。診察の結果は、“大丈夫でしょう”と出て点滴は抜かれる事に決まった。同時に採血がなされた。「さて、まずは抜管ね!」Kさんが丸めたタオルを差し出す。それをしっかりと口で噛んで体の力を抜く。個人差はあるが、導尿の管を抜くのには痛みが伴う。これが意外に痛いのだ!男性の場合は特に痛い。勢いよく管が引き抜かれ、痛みが全身を駆け抜ける。「ご苦労様。おむつ脱いでシャンとしてから、改めて検温しようね。1人先に済ませて来るから、その間に着替えておいてね。話さなきゃならない事が沢山あるの!」そう言うと、彼女は一旦出て行った。病室の洗面台で顔を洗って、着替えを済ませた頃、彼女は戻って来た。体温計を受け取り、腕に血圧計が巻かれる。「マイちゃん、明日戻る事が決まったわ。思いの外、クスリが早く効いてくれたみたいで、もうすっかり落ち着きを取り戻したわ」「表向きは“インフルエンザ”ですか?」「師長さんから聞いたのね!季節柄、妥当な理由だと思う。でも、言うまでも無いけれど“本当の理由”は他言無用よ!言わなくても分かると思うけれど」「分かりました。あらぬ誤解は生みたくはありませんから」「身に染みて感じてるみたいね!あくまでも、当事者以外は“知る必要はない事”だもの!そうでなくても、やかましい女性陣に手を焼いて、こんな目にあったんだから当然かな?」「そうですね。恐るべしウーマンパワーですよ・・・」「でも、貴方が点滴で眠った後、師長さんのカミナリが久々に大爆発した様で、女性陣も大反省してるらしい。“お通夜の席”みたいに静まり返ってるわ!横綱2人が“休場”なんだから当然と言えば当然なんだけどね。“不気味過ぎて怖い”ってナースステーションでは言ってる」「“お通夜の席”か・・・、マイちゃんと私が揃えば、またにぎやかになりそうだけど、今度は秩序を保った状況にしなきゃならない。私も気を引き締めて過ごさなきゃ!」「手のかかる女の子達だけど、また面倒を見てあげて。貴方にしか出来ない事だから」「ええ、倒れない程度に」Kさんは、脈を計り始めた。「戻ってるね。人の身体は正直だよね、危ないと思うと必ずシグナルを出して知らせてくれる。軽い疲れでも甘く見ちゃだめよ!ここは、病院なんだから、遠慮なく私達に言って頂戴!Hさんもようやく安心するわ!」「Hさんが来てくれたんですか?」「昨日の夕方、帰る前に来てくれたみたい。凄く心配して手を握って“戻って来て”って言って半泣きだったって。私から外来へ知らせておくわ。“お友達は無事回復しました”って」「Hさんは、Kさんの先輩になる訳?」「そうよ“手綱をゆるめちゃダメ!”って託されてもいるし・・・。他にも貴方を心配していたのは、病棟の看護師全員!これでみんなホッとするわ。とにかく、大したことにならなくて良かった。みんな“重荷を背負わせて倒れてしまった”って後悔してたから」「でも、今回の場合は“やむを得ない特別な事情”があったから、看護師さん達の責任とは言えない部分も・・・」と私が言いかけると「それは違う!私達は分け隔てなく患者さんに接しなくてはいけないの。“やむを得ない特別な事情”があっても、貴方のケアが出来なかったのは事実。それは素直に反省して謝らなくちゃいけない。師長さんもそう言ってた。私もそう思ってる。だから、許して欲しいの。ごめんなさい!」Kさんは深々と頭を下げた。「でも、“あの場面”で、Kさんが決めた事は間違いではなかったと思う。そうでなければ、マイちゃんは守れなかった。僕はそう思う」私は“あの場面”を振返って言った。「そう言ってくれると、私個人としては救われるけれど、看護師としてはまだまだ力不足と思い知らされる。今回は、色々あったけれど、結果的には運が良かったと思うしかないわ。貴方もマイちゃんも快方に向かってくれた。一歩間違えば、取り返しがつかなかったかも知れない。2人に助けられた。私はそう思うの。まだまだ、私も学ばなくてはならない。それを教えられたのが今回の事」Kさんは反省しきりだった。だが、彼女は“最善の選択”をしたと、私は感じていた。咄嗟の判断を求められて、毎回“最善手”を指せる人が世の中に何人いるだろう?私はKさんが“最善を尽くした”と思っていると告げた。「うーん、そう言って貰えると少しホッとする。でも、今回は反省点の方が多いから、引き分けだよね。お気遣い感謝します!」Kさんの表情がようやく緩んだ。「ところで、あのー、朝食あります?猛烈に腹が減ってるんですけど・・・」と私が言うと「それがねー、残念ながらお昼からになるの。点滴が抜けるか分からなかったから、オーダー入れてないの。何か買ってこようか?お金出してくれれば、至急誰かに売店へ行って貰うわ!」「しゃあ、これでコッペパンをお願いします」私は財布をKさんへ手渡した。「丸ごと!お札か硬貨でいいのに、預かっていい訳?」「私は“信の置ける人”には丸ごと預けますよ。僕の信念ですから」と言った。「へー、そんな人居るんだ!だから女の子達に信頼があるのかもね。じゃあ、待ってて。直ぐに用意する。午後からは、自由行動をしていいから、お昼まではベッドから出ないでね!」Kさんはステーションへと急いで病室を飛び出して行った。廊下にタムロしていた女性達が「Kさん、〇ッシーの様子はどうですか?」と誰何する声が微かに聞こえた。「絶対安静よ!貴方達は病室へ戻りなさい!」Kさんは、強い口調で女性達を退散させていた。「鉄のタガは容易に外れない様だ。それにしてもよくやるな。下手に出て行けば餌食になりかねない。籠城が最善の策か?!」私は呆れつつ、独り呟いた。

病棟北側の個室に隔離されていたマイちゃんの元へ、Kさんが昼食を運び込んだ時、彼女の意識はかなり回復していた。「Kさん、〇ッシーの様子はどう?女の子達を抑えるの大変なんじゃないかな?」「彼の心配が出来るなら、もう直ぐ出られそうね。容態も安定しているみたいだから、話すけれど落ち着いて聞いて。彼、体調を崩して一時休んでもらってるの。原因は睡眠不足と女の子達からのプレッシャー。でも、今朝私が行ったら、もう7割くらい回復していたわ。点滴が効いたのね。流石に彼も全てを抑え込む事は無理だった様よ」「そっかー、〇ッシー1人じゃ無理だったのね。悪い事しちゃったなー」マイちゃんが深刻な表情を浮かべる。「でも、彼は約束をしっかり守って“幻聴”の事は誰にも話していないわ。むしろ、話を必死に逸らしてくれた。少し無理が重なって眠れなかっただけだから、もう心配する事は必要ないわ!」Kさんは静かにマイちゃんに告げた。「あの、〇ッシーがダウンするぐらいだから、女の子達の不安と焦燥感は相当なレベルだったんじゃない?」「この間、師長さんが久々にカミナリ大爆発をお見舞いして、ようやく鎮静化してる。私も午前中に彼にあやまって来たの。“重荷を背負わせてごめんなさい”って、彼、一言のグチを言わずに“咄嗟に最善手が打てるはずはない。あの場面ではああするしかなかった”って言ってくれた。どこまでも、優しくて勇気と責任感のある人ね」「〇ッシーらしい答え。どんな事でも人を悪く言わないし、必ず答えを考えてくれる。だから・・・、」「だから女子達も頼りにしてるし、あれやこれやと相談も持ちかける。そうなのよね!」「うん、頼れるお父さん?!じゃなくてお兄さんだよ、〇ッシーは。他の男子には、誰も寄り付かないのが何よりの証拠!」「でも、流石に今回は、彼もオーバーヒートしちゃったの。許してあげて」Kさんが優しくマイちゃんに言う。「許すも何も、感謝しなきゃバチが当たる。ボロボロになっても、あたしを気遣ってくれたんだもの。真っ先にお礼に連れて行って!」マイちゃんがKさんにせがんだ。「申し送りに追加しておくわ。私が居る日なら責任もって連れて行くわ。さあ、少し休んで。まだ、時間は必要だわ。彼には“マイちゃんが心配してたから、早く復活しろ!”って言って置く」「うん!お願いします!」マイちゃんは力を込めて言った。Kさんが食器を下げると「〇ッシー、ガンバ!」とマイちゃんは念じたと言う。

久しぶりに固形物を摂った私は、身体の隅々にまで力が戻って行く感触に浸っていた。だが、病室からは出ようとはしなかった。「絶対に網を張ってるだろうな!師長さんのカミナリで大人しくなってるとは言え、易々と獲物を逃がすような彼女達じゃない!」私がそう言っていると「当り!そこかしこにトラップが仕掛けられてるわ。そのまま出て行けば、あっと言う間に餌食になるだけ。まったく、諦めの悪い子達だわ!」Kさんが点滴バックを手にやって来た。「マイちゃんからの伝言、“無理しないで早く復活して”。彼女も心配してた。お昼に私、彼女に会って来たの。全部話して置いたわ」小声でさりげなくKさんが言う。「それと、これは悪いお知らせ!血液検査の結果、軽い貧血の症状が出たわ。これから鉄材と安定剤の点滴を入れさせてもらいます!」今度は病室の外にも聞こえる様な声でKさんが言う。「鉄のタガに聞こえたかしら?これで少しは遠慮するかもね。でも、今言ったのは本当の事よ。残念だけどもう少し我慢して!」まだ外されていなかった点滴ラインにチューブが接続された。鉄材のバックは小さいが、落とす速度がゆっくりなので相応の時間がかかる。大手を振って歩けるのは、明日に延期になりそうだ。「さて、気分転換に連れて行ってあげる。一服したいでしょ!1本だけ許可するから車椅子に乗って!」「いいんですか?」「大丈夫、ステーションから応援も来るし、私達が盾になるから。さあ、乗って!」Kさんが押してくれる車椅子に乗り、点滴台を引き連れて喫煙所へ久しぶりに顔を出した。私達の動きにつれて、遠巻きに女性陣達も動いてくる。だが、ガードが堅いので接近しては来れない。喫煙所から病棟を眺めるのは久しぶりだ。“指定席”に陣取るとやはり落ち着く。意を決したのか3人の女の子達が近づいて来た。「Kさん、少しだけ〇ッシーと話してもいいですか?」「今日は勘弁して。彼、やっと起き上がれたばかりなの。直ぐに部屋へ戻るから、そっとして置いてあげて」Kさんが静かに言う。ステーションから手の空いている看護師さん達が応援に駆け付け、彼女達を病室へ連れ戻す。遠巻きにしていた女性陣達も解散させられていく。「そろそろ戻ります」私はタバコの火をもみ消すと車椅子に戻った。「じゃあ、帰ろうか?準夜勤の人が来たら“清拭”に行くから、今日はゆっくり過ごそう。彼女達には邪魔はさせないから、安心して!」Kさんは珍しく優しく言った。その夜は不思議と落ち着いて眠れた。

翌朝、午前5時に私は目覚めた。身体は随分軽くなったし、気分も悪くない。顎に手を当てるとヒゲが伸びている。今日、まずしなくてはならないのはヒゲ剃りと決まった。早朝なので、カミソリで慎重に剃って行く。静かな病棟の洗面台の前で、息を殺して顔を作った。サッパリした顔が戻ったその次は着替えの確認だ。洗濯機を回さないとダメだと分かり、仕分けをする。その後は、本を手に取り読みふけった。“零式戦闘機”その栄光と衰退は太平洋戦争と共に語られていた。ズブズブと活字の世界へ沈んでいると、朝食のアナウンスが流れた。しばらくすると看護師さんが朝食を運んできてくれた。「気分はどう?置いとくから食べてね。終わったらコールして」と言ってくれた。「そろそろ、立て篭もるのも飽きたな。だが、出て行けば確実に餌食になる。分かっていて出て行くのは愚の骨頂だが、いい加減頃合いか?」私が独り呟いていると「そうよ!〇ッシー!行こうよ!」マイちゃんが車椅子に乗って病室にやって来た。自力でベッド脇に進んで来ると「心配かけてごめん。みんな待ってるよ。〇ッシーをイジメる子は、あたしが許さないから安心して来て!」彼女は説得に来てくれたのだ。「もういいのかい?」と私が聞くと「今、引っ越しが終わったところだよ。また、みんなで楽しく話そうよ!横綱が揃わないとカッコ悪いと言うか、締まらないのよ!〇ッシーが“デン”と座ってないとみんな落ち着かないの」マイちゃんの必死の訴えは心を打った。「よし!そこまで言われたら、行くしかないな。手のかかる女の子達の面倒は、俺が引き受けるしかない。マイちゃんの回復祝いから始めよう!今日は盛大なる祝いからスタートだ!」マイちゃんにトレーを持ってもらい、私が車椅子を押して、病室を出た。「〇ッシー!みんな、〇ッシーが来たよ!」女の子達がキャイキャイと騒ぐ。「うーん、相変わらずやかましい。俺は仙人でも千里眼でもないからな!」「仙人とか千里眼って何?」マイちゃんが聞く。「幽体離脱とか出来るって誰かに吹き込まれて、散々突かれたからね」ため息交じりに言うと「あっ!犯人はあたしか?!ごめん!」マイちゃんが“にわか煎餅”で誤魔化しにかかる。久しく途絶えていた雑談が戻った瞬間だった。

DB 外伝 マイちゃんの記憶 ⑤

2018年11月10日 16時21分39秒 | 日記
眠れない一夜が明けた。寝不足の私は、半ばボーっとしながら洗顔をしてヒゲを剃っていた。その時「〇ッシー!大変!マイちゃんが居なくなってるの!」とメンバーの女性患者が走って来た。「あー?!居なくなったってどう言う意味?」当然の如く、私はトボケにかかる。「ベッド毎部屋から消えちゃったのよ!昨夜何があったの?」「俺は千里眼でも仙人でもないよ。寝てる間に何があったかまで把握してはおりません!ところで、ベッド毎消えたってのは本当なのかい?」私も不審そうに聞き返す。「ええ、ベッドを含めた一式丸ごと消えてなくなってるの!〇ッシー、本当に知らないの?マイちゃんが“〇ッシーは幽体離脱して病棟を見回ってる”って言ってたから・・・」「あのねー、俺にそんな能力は無いの!同室の彼女達は、何か気付いてないの?」「全然ダメ!」「うーん、だとすると急変してICUか?昨日、マイちゃん殆ど部屋から出て来なかったろう?そこら辺に何かあるんじゃない?いずれにしても、朝からあまりギャイギャイ騒ぐのはマズイよ!朝食後にみんなで考えをまとめようよ」「そうだね。みんなから証言を聞いて行方を探そう。〇ッシー、協力してよね!」「勿論、ともかく落ち着いて話せる状況を設定しよう。いたずらに騒ぎを大きくしてもマズイ。冷静に事に対処しよう」私は、どうにか“当事者”である事を悟られずに済んでいる様だ。恐らく、深夜の内にマイちゃんは個室へ移動したに違いない。後は、どうやってメンバーの目を逸らせるか?だった。朝食後、早速“聴き取り調査”が始まったが、マイちゃんの消息について有力な情報は出なかった。「とにかく、みんな落ち着こう!冷静に!きっと情報は出て来る。理由はいずれ明らかになる。その時まで暫く様子を見よう」私はメンバー達を落ち着かせて、憶測でモノを言うのを封じた。「いつもの通りに過ごせばいい。マイちゃんの事だ、ひょっこり戻って来るさ」私は仮面を被って、騒ぐ女性陣を鎮めるのに躍起になった。それしか出来ることは無かったからだ。

三日後、朝の検温の担当者が、Kさんになった。女性陣の騒ぎは一応の鎮静化を見てはいたが、皆不安と暗中模索の中にあった。病室でKさんを待っていると、一番最後に回された様で、彼女の到着はかなり遅かった。Kさんが来ると、彼女はベッド周囲のカーテンを閉めて暫く様子を伺っていた。病室には私だけが残っているのを確かめると「この間はありがとう。貴方も上手く振る舞ってくれてるから、女の子達も落ち着いてるわね」と小声で言った。「冷や汗ものでしたけど、何とか切り抜けました。出来る事はこんな事しかありませんから」と私も小声で返した。Kさんから体温計を受け取り、彼女は腕に血圧計を装着する。「マイちゃん、北側の個室で落ち着いているわ。でも、1つお願いがあるそうよ」「なんです?」「貴方から借りてるカメラ。もう暫く手元に置いておきたいって、お守りの代わりにしたいそうよ」Kさんは検温作業をしながら、さりげなく言った。「それなら一向に構いませんよ。フィルムもまだ残ってるし。彼女がそうしたいなら異存はありません」「ありがとう。伝えておくわ。それと、もう1つお願いだそうだけど、手紙を書いてくれない?出来ればカメラのお話が聞きたいらしいの。お願い出来る?」「分かりました。そのくらいはさせてもらえるなら、お安い御用です。書きあがったらどうします?」「今日は“日勤”だから、ステーションに持って来てくれればいいわ。けれど悟られない様に気を付けてね!」Kさんは便箋をさりげなく置いていく。「くれぐれもお願いよ!彼女にはもう少し時間が必要なの。上手く女性陣の目も欺いてくれると助かるわ。辛いし難しいのは百も承知。でも、それが出来るのは貴方しか居ないの!困ったら、私達を呼んで!全てを背負わせる事はしないから」Kさんは私の手を握りしめてそう言った。マイちゃんへの手紙は、午後に仕上がった。「Kさん、借りてた便箋をお返ししますね!」ステーションでそう言うと「サンキュー!気が利くじゃん」と言った後「直ぐに届けるね。ありがと」と小声で囁いた。以下は手紙の全文である。

マイちゃんへ

少し長い話になるけれど、無理をしないで読んで欲しい。今、マイちゃんの枕元にあるカメラは“世界に1台しかないカメラ”だよ。まず、底の製造番号を見てごらん。「F-0055」と言う刻印が打ってあるはず。これは“試作品”である事の印なんだ。Aから数えてFは6番目。6回目の試作の55号機と言う意味だ。普通、試作品は「一般性能試験」と「耐久テスト」でボロボロにされて、最期に「破壊試験」にかけられてスクラップになっちゃう。でも、55号機は「一般性能試験」に合格した後、僕の手に渡り残されたものだ。ボディーカラーの「シャンパンゴールド」は、アメリカへ輸出する為に用意された特別な色で、日本では手に入らないモノ。この「シャンパンゴールド」を造りだす為に、僕は半年かけて開発を手掛けた。その「功績」を称えられて、試作55号機を贈られたんだよ。ある意味“運の強いヤツ”でもある。スクラップを免れたのだから。きっと、マイちゃんにも味方してくれるはずだ。

試作55号機の正式な名前は「T-プルーフ」と言って、生活防水機能が付いた写りのいいカメラとして、アメリカのカメラ雑誌で賞を貰った事もある実力機だ。そもそも、このカメラの商品企画が始まった頃、「T-スコープ」と「スリム-T」と言う別のカメラの“いいとこ取り”が出来ないか?と言う、何とも妙な話が持ち上がったのが、全ての話の始まりになった。まず、「T-スコープ」の生活防水機能と、「スリム-T」の極限まで大きさを小さくしたコンパクトなサイズを“合体”させられないか?と商品企画担当が思い付いた。しかも、ボディーカラーも“ブラック”“シルバー”“ゴールド”の3色を実現したいと言う桁外れの企画を。当然、設計や僕ら製造部隊は「大反対」をした。“シルバー”と“ゴールド”なんて色は「光が透けて“漏光”してまうから、どう考えても無理だ!」って会議で猛然と反論した。「“漏光”すれば、フィルムが感光してしまって、肝心な写真が撮れない!」って言ってね。でも、何故か本部長がこの企画に「いいじゃないか!」とGOサインを出しちゃったのね。僕らは反対でも、上が「造れ!」って号令を出しちゃった以上は、何とかするが製造部隊の役割。そこから“前代未聞”の開発が始まった。最初は、“ブラック”の地に“シルバー”と“ゴールド”の塗料をどれだけ塗ればいいか?から始まったんだけど、どうやっても“黒くくすんだ”色にしか仕上がらなかった。「これは、素材の色から開発するしかない」って事になったのは、1ヶ月後ぐらいだったと思う。プラスチック素材は、元々“無色透明”なんだけど、カメラ用として「黒い顔料」を練り込んで色を付けている。その他にも、強さを必要とする部分には“ガラス繊維”を追加してある。光を遮るには「黒い顔料」を多めに入れれば、事は簡単に片付いて行くけれど、“シルバー”と“ゴールド”を造るには、灰色と黄土色の「顔料」を使い、光を遮る特殊な素材もいれて尚且つ“ガラス繊維”も入れて強度を落とさない様にしなくちゃならなかった。色合いと強度を丁度いい加減にして、“ガラス繊維”を浮かせない様に仕上げないと、綺麗な“シルバー”と“ゴールド”は造れない。素材メーカーに20種類以上のサンプルを造らせては、部品を造って塗料を塗って、強度試験にかける。3ヶ月はあっという間に過ぎ去ったよ。それでも、「顔料」や光を遮る素材の入れ具合は、ほぼ決まった。でも、最期の関門が待っていた。数十万個と安定して量産するのには、素材を溶かす温度や冷ますための温度設定、固める圧力と加圧時間といった“成形プログラム”を成形機械に設定しなくてはならなかった。それも“どの成形機械でも安定して造れる”事が条件だった。成形機械にもそれぞれ“個性”があって、同じプログラムは通用しない。寸分違わずに同じ物を造れなくては、量産は出来ない。2ヶ月かけて、夜中にひたすらプログラムを設定する仕事をした。昼間は別のカメラの部品を造らなきゃならないから、手間のかかるこうした作業は夜にやるしかなかった。でも、何とかやり遂げて“ブラック”“シルバー”“ゴールド”の3色を造り分ける事に成功したんだ。

こうして、「シャンパンゴールド」ボディーカラーの「T-プルーフ」はアメリカへ輸出される様になり、一番苦労して開発した「ご褒美」として、試作55号機が僕の手元にやって来た。日本でこの色を持っている人は、極わずかだと思う。ましてや、試作品なんてこれ1台だけだろう。“幸運なヤツ”だよ。余談になるけれど、量産品の製造番号は「00002500」から始まっているよ。2500番以前の番号は「特別に取ってある」からだ。0~999と1000~2300までは「指定番号」としてお客さんからの依頼用に、数字が揃うゾロ目(111とか555とか1111とか2222)も特殊注文用として使われる事は限られているよ。試作番号もそうだけど、普通は“存在しない”番号だから、かなりの珍品でもある。僕が半年かけて開発に参加したカメラが、マイちゃんの「お守り」になったのは光栄な事だよ。どうか、可愛がって欲しい。そして、また、“幸運なヤツ”で2ショット写真を撮りたい。待ってるよ。

それではまたね

その日は、久々の主治医面談もあり、午後は多忙を極め喫煙所の“定位置”を温めているヒマも無かったが、女性陣の言動には極力気を配り、あらぬ方向へ暴走していないか?を確認する事を怠らなかった。主治医面談が終わった時、Kさんが面談室へやって来た。「ちょっと時間をくれる?」と言うとドクター達が立ち去るのを見計らって「彼女、すごく喜んでた。“ありがとう”って伝えて欲しいって言ってた。女性陣も今の所落ち着いている様ね」「ええ、私もトボケるのに必死ですが・・・」「貴方に過剰な負荷をかけるのは、私達看護師としても本意ではないけれど、怖いのは“憶測が独り歩き”する事よ。師長さんとも話し合ったけれど、頃合いを見計らってマイちゃんの事は、ある程度オープンにするつもりよ。貴方にいつまでも“重荷を背負わせるな”って師長さんも心配していたわ。昨夜は眠れた?」「実は、ここ数日ほとんど眠れてませんよ。気になってしまって・・・」私は正直に吐露した。「無理もないわ。それが普通よ。でも、事が事だけに他の人に影響が広がるのが心配だった。私も貴方より、彼女を優先してしまった。それは看護師としてあやまらなくてはならない事だわ。ごめんなさい。無理させてしまって。貴方も疲れたでしょう?私から主治医の先生に話して、今夜は点滴を入れてもらう様にしておくわ。だから、少し休んで。貴方まで倒れたら申し訳が立たなくなるわ」Kさんは黙って頭を下げてくれた。私にはそれで充分だった。「俺にも責任がありますから、Kさんとの約束は果たしますよ。そうでなければ、みんなパニックになってたでしょうよ。今の所、落ち着いてますからこれからも出来る範囲で鎮静化に努力しますよ」「そうね、その努力は無駄にしないわ。Hさんが言ってたけど、貴方は“頼れる男の子”だわ。私にもよく分かる。病棟に置いておくには惜しい人ね」Kさん“らしくないセリフ”に少々戸惑ったが、2人で交わした約束は確実に功を奏していた。「ありがとう。みんなの為に頑張ってくれて、感謝してます」Kさんはそう言うと面談室から病室まで私に付添をしてステーションへ戻って行った。

DB 外伝 マイちゃんの記憶 ④

2018年11月08日 13時47分19秒 | 日記
秋も半ばを過ぎようとした頃、マイちゃんの「仮退院」が決まった。彼女は、無論喜んだ。「やっと出られる!自由が待ってる!」目は輝き表情は明るかった。マイちゃんは「〇ッシー、カメラ貸してくれる?みんなと2ショット写真撮りたいの!」と言った。「ああ、構わないけど、フィルムが無いぜ!」と言うと「ちょっと脱走して、コンビニへ行けば問題なし!もう、プランは練ってあるもの!」とケロリと言った。「いやはや、恐れ入りました。コイツを存分に使っていいよ」私は愛機を手渡した。「その代わり、フィルムの装填はやってね!それだけは自信ないから」と注文が飛んで来た。「それは賢明な選択だ。そのくらいは手伝うよ」と私は引き受けた。「ありがとう。今度こそ家での療養に切り換えて見せるから!」マイちゃんは力を込めて宣言した。“これで何度目?!”と言うセリフを慌てて飲み込んで私は「頼むぜー!いずれは自分も退院する。約束を果たす為にも良くなってくれよ!」と言って優しく肩を叩いた。「分かった、期待して待ってるよ!じゃあ、借りるね」と言うと彼女は病室へ戻って行った。喜ばしい事ではあったが、私には一末の不安があった。マイちゃんの性格は“竹を割った様な性格”で悪い方に取れば“極端な行動に走りやすい性格”でもあるからだった。まだ、あまり親しくなかった頃、看護師さんの言葉に激高して「自ら髪を切った」事もある位だ。自分の信念に従って行動するマイちゃんの性格は“諸刃の剣”の様なものだ。だが、最近はそうした行動も影を潜めている。「考えすぎか?!」私は自らに言い聞かせる事で、一末の不安を封印した。

マイちゃんの撮影は順調に進んでいった。彼女は4本のフィルムを買い込んで、親しい女性患者達から看護師さん、先生達とまでフィルムに収まって行った。「〇ッシー、そろそろ写らない?」マイちゃんが無邪気に聞く。「いいよ、何処にしようか?」私は周囲を見渡した。「ナースステーションの前はどう?」マイちゃんが提案した。「それで行こう。アングルはちょっと遊ぶか!」ナースステーションの前で、左右に並んでやや下から狙うアングルを選んだ。2人とも画面の両端に位置して、真ん中でピースサインをするようにした。撮影は、たまたまステーションに居たKさんに依頼した。「男女の横綱が並んで居るのは、壮観だわね。2人共準備はいい?」Kさんがカメラを構えて聞く。「横綱ってどういう意味?」マイちゃんが聞くとKさんが「この病棟に居る時間の長さかな?手のかかる頻度かな?いずれにしても、病棟の顔だからねー」Kさんがクスクス笑っている。「俺達は笑えない」と言うと「記念写真だよ!最高の笑顔で収まって!」とKさんが注文を付ける。私達はカメラに向かって最高の笑顔を振りまいた。「OK!撮れたわ」「Kさん、ありがとう」マイちゃんがカメラを受け取ってお礼を言う。「今度こそ、自宅療養になってちょうだい」Kさんがマイちゃんに注文を付ける。「うん、絶対そのつもり」「約束だよ!」2人は笑顔で語り合っていた。「〇ッシー、ありがと。明日には撮り終わるから、もう少し貸して置いてね!」「どーぞ、ご自由に!」私は笑ってそう言った。マイちゃんは嬉しそうに笑っていた。こんなに笑顔が弾けるのをどれだけ彼女は待ったのだろう?幾夜、心の闇に怯え続けたのだろう?私は、そうした彼女が決して“見せなかった”裏を思い、喫煙所で思慮に沈んだ。この病棟に身を置いた女性達は皆、心の闇を抱えている。とりわけマイちゃんの心の闇は深く大きかったはずだ。それこそ“ブラックホール”の様に。光さえ吸い込むような深い闇、彼女は本当に立ち直れるのか?またしても、一抹の不安が心を過り始めた。「〇ッシー、どうしたの?」マイちゃんが横に座っていた。「いや、何でもない。ただね、自分にも退院の日は来るのかな?って考えてただけだよ」私は、タバコをもみ消して別のタバコへ火を点じた。「来るよ!開けない夜は無いって言うじゃない!たまたま、あたしが先になっただけ。〇ッシーも必ず良くなる!あたしが保証するわ」マイちゃんが言ってくれた言葉に私は救われた気がした。彼女は大丈夫だ。必ず立ち直る。改めて自身にそう言い聞かせて「たまにメール送るよ。みんなの様子や俺の動向を知らせる。ヒマがあったら返事くれるかい?」「うん、必ず返すよ!女の子達の世話を頼むね!〇ッシーにしか頼めない重要任務だから」「分かった。引き受けるよ」私は静かに言った。「ここから見る景色も悪くは無いけど、家の部屋でのんびり出来るのがやっぱり理想だね。でも、この景色も撮って置こう!」彼女はシャッターを切った。「いい思い出になるといいな。こんな時期もあったんだって、思い出せるようにしなきゃ!」「そうだな、1ページになってくれればいい。まだ、先は長いんだから!」「そうだね!」マイちゃんは豪快に煙を吹かす。その日、彼女は終始笑顔だった。

それから3日後、冷たい雨の降った日、マイちゃんは朝から姿を見せなかった。病室に閉じこもって居ると言う。食事も部屋で摂っている様だったが「ほとんど食べてないのよ」と同室の女性達が心配していた。何が起こっているのか?彼女は押し黙っているらしく、原因すら掴めない。「どうしちゃったんだろう?」メンバーも不可思議に思っていたが、思い当たる節は無いと言う。夕食の時間になっても、マイちゃんは部屋から出て来なかった。こんな事は初めてだった。消灯時刻まで後30分となった午後8時半、就寝前のクスリを飲んで1人、喫煙所でまどろんでいると、マイちゃんがやって来た。だが、顔色は真っ青で足取りも重そうだった。「〇ッシー、隣に座ってもいい?」消え入りそうな声で彼女が聞いた。「いいよ」と言うと震える手でタバコを手にして火を点じた。明らかに様子が変だ。彼女は、左手で私の右袖をしっかりと掴んで必死に耐えていた。「ただ事では無い」と直感した直後「〇ッシー、どうしよう・・・、あたし聞こえて来ちゃったの。あたし恐くてたまらない!」悲痛な叫びだった。「聞こえるって・・・、あれか!」“幻聴”が始まってしまったのだ。彼女はガタガタと震えていたが「ごめん、少し傍に居て。〇ッシーが居てくれれば少し怖くないから」と言って右手をしっかりと握りしめた。冷たい小さな手を通して、彼女の恐れの深さが伝わって来た。就寝前だから、主治医は帰宅しているはずだし、このまま喫煙所に居続ける訳にも行かない。「何か手は無いか?」私は必死に頭を巡らせた。ナースステーションを見ると、Kさんの姿が見えた。「マイちゃん、歩けるかい?」私は彼女に小声で聞いた。彼女は小さく頷いた。「Kさんの所へ行こう!Kさんなら何とかしてくれる!」私の言葉に彼女は頷いてくれた。手をつないだまま、ゆっくりとナースステーションへ行き、Kさんに声をかける。異変を察知したKさんは、直ぐにマイちゃんを椅子に座らせて話を聞いてくれた。「大丈夫よ、心配しないで」と言ってマイちゃんを抱きしめる。私は、Kさんに後を託すと病室に引き上げた。今、私に出来るのはここまでだった。消灯後に「ごめん、ちょっといいかしら?」とKさんが私を呼びに来た。薄暗いホールのテーブルを挟んで、Kさんはマイちゃんの様子を聞き取り始めた。私はありのままを話して、心当たりがないと告げた。「そう、誰も気づかなかった訳ね。さっき初めて貴方に言ったのね。聞こえるって。私に知らせてくれたのは賢明だったわ。彼女、注射を打って眠らせた所。明日の午前中いっぱいは起きないわ。お願いだけど、この事は誰にも言わないで!知って居るのは貴方と私だけよ。彼女の為にも協力して欲しいの。この事は一切伏せて置いてくれる?」Kさんは真っ直ぐ目を見て言った。「勿論です。誰にも話しません!」私はしかと問いに答えた。「ありがとう。貴方なら安心だわ。彼女の事は私達に任せて、貴方も休んで!遅くにごめんね」Kさんは病室まで私を送ってくれた。ベッドに横たわったもののその夜は中々眠れなかった。マイちゃんはどうなってしまうのだろう?“幻聴”が如何なるものか?症状が無い私には、想像すらつかなかった。ただ、一筋の光が差し始めた彼女に、またしても心の闇が襲い掛かったことだけは認識できた。

DB 外伝 マイちゃんの記憶 ③

2018年11月07日 11時50分40秒 | 日記
秋口に入って、レギュラーメンバーの1人の退院が決まった。マイちゃんは無論喜んだが、私にはポツリと「櫛の歯が欠けちゃったね・・・、寂しくなりそう」と漏らした。退院が決まった彼女は、売店で「写ルンです」を買い込んで、2ショット写真の撮影を始めた。私も、マイちゃんも映り込んだが、彼女は「写ルンです」の“特徴”を理解していなかった。マイちゃんとの2ショットは私が撮影したし、私との2ショットはマイちゃんに私が指示を出して撮影したので問題は無かったが、他のメンバーとの2・3ショット撮影は“ピンボケ”の嵐になっていた。彼女は、後々“見舞いを兼て”再撮影に訪れる事となった。その“ピンボケ”の写真を見たマイちゃんが「〇ッシー、どうしてみんなボケてる訳?!」と説明を求めて来た。「それはね、“最短撮影距離”を考えていなかったせい!1m以上離れて撮影しなかったから、ボケボケになるのは当然さ!」私が答えると「どういう意味?!」とマイちゃんが更に突っ込んで来る。「ちょっと待ってて!」私は病室へ戻り、愛用のコンパクトカメラを持って来て「ここのレンズの部分の動きをよく見てて」と言って、近く・中間・遠距離の3段階でシャッターを切った。「あっ!微妙に前後に動いた!」マイちゃんが観察した結果に驚く。私は言葉を選びつつ「コイツは、俺が苦心して完成させた代物だけど、写真を撮る以上“ピント”を合わせるのは必須の作業だよね。コイツは、50cmから~∞まで距離に合わせて100段階以上の位置で、ピントを合わせる様に設計してある。ピントが合わなければシャッターも切れない。ところが、ある一定の距離でピントを固定すれば、1mより前はボケるけど遠くはボケない様に出来る。“写ルンです”はそう言う様に設計されているんだよ。だから、安く簡単に写真が撮れると言う訳!ただ、そう言う特徴を理解していないと、ピンボケの嵐になっちゃう。昔、あった“固定焦点”のレンズ付きフィルムなのさ」と言った。「“レンズ付きフィルム”って“写ルンです”の事?」「ああ、正式名称はそうなるね。簡単な撮影を突き詰めていくと、複雑な機能を省いて覗いて押すだけになる。後はフラッシュをどうするかを考えればいい。どんな人にもどんな場所でも写真が撮れるって事では“レンズ付きフィルム”には敵わないよ」「じゃあ、〇ッシーの作ったこのカメラの存在意義は何なの?」「覗いて押すだけじゃなくて、撮影者の意思を写真に反映できる事だよ。フィルムだって白黒からリバーサルっていうプロが使う特殊なフィルムにも対応している。目的に合った撮影が出来るのがウリなのさ。だからお値段も高い!大きく引き伸ばしても問題は無いしね」「どのくらいまで大きく出来る訳?」「新聞の全面ぐらいまで。“全紙”ってサイズまで引き伸ばしても問題は無いよ」「新聞全面って言ったら相当に大きいね。飾るのに苦労しそう」マイちゃんの目が丸くなる。「写真展では当たり前のサイズだけどね。一般家庭なら壁一面が占領されるだろうな」私もサイズを意識して言う。「あたしの顔が壁一面にあったらどーなるんだろう?」マイちゃんが途轍もない想像に走る。「まあ、腰が抜けるか、その存在感に驚くか?!やってみれば面白いかもね!」私も想像の世界に浸った。「〇ッシー、お互い元気なって退院したら、やってみようよ!撮るのは得意でしょ?」「作るのも撮るのも仕事でしたからね。否応なしに腕は磨かれたからね。よし!必ずやろう!」「うん!絶対だよ!」マイちゃんが笑った。だが、この夢は果たせずに終わってしまうとは、この時2人共気付きもしなかった。

病院食は「美味しくない」事で有名だ。大学病院も例外ではなかった。「何よこの“メルサール”って訳の分からない魚!それにしても、魚ばっかりでうんざりだわ!」「そうよ!鳥肉も豚肉もあるじゃない!牛肉は無理だろうけど、もっと献立を考えて欲しいわ!」女性陣のヒスが始まった。この日の朝食後に厨房から「アンケート」が配られ、献立表を見ていた彼女達の鬱憤が爆発したのだ。病院食の1人当りの予算を考えれば、献立を組むのも苦労するのは推察できるが、連日の“魚攻撃”は流石に飽きる。「書いてやるか。“魚攻撃”は我慢ならんとな!」私が言うと女性陣も「そうよ!書いてやるわ!」と同調してアンケートに辛辣な事を書き出した。「でも、足りない分はお菓子で補ってるから、±0でいいんじゃない?みんな不味かったらバケツに直行なんだし・・・」何故かマイちゃんは冷静だった。「あたしとしては、麦飯みたいなヘルシーなメニューを増やして欲しいな!そうしないと、ケーキの分のカロリーがオーバーしちゃうじゃない!」マイちゃんの言い分には、妙な説得力があった。「カロリー0か控え目の飲み物とか飲んでるんだから、1日のカロリー摂取をむやみやたらと、増やすのも考え物だよ!」以前にも書いたが、マイちゃんが抱えているのは“摂食障害”である。カロリーに関して人1倍神経質になっている彼女にしてみれば、現状よりカロリーを減らしたいと言う意思が働いていたのは、ある種必然性があった。「不味ければバケツ、足りない分は好きなモノを売店で買えばいいじゃない?!」マイちゃんの主張はある種、的を得ていた。ヒスっていた女性陣も考え直しを始めた。1歩引いた所から、別の視点を提起する。マイちゃんが得意とする人心掌握術だった。「〇ッシーは、別にいいよ。どう考えても“足りない”はずだから。でも、私達は体形を考えた事書かなくちゃだめだと思う!ケーキを食べられない生活なんてありえないでしょ!」「うーむ、その意見に反対する理由が見当たらない」私は唸るしかなかった。結局「“魚攻撃”を控えて」と言う意見で、周囲はまとまった。「得体の知れない魚だけは、勘弁して」と言う意見が大勢を占めた。確かに「得体の知れない魚」はどう調理されても不味かった。病院食が何故不味いのか?患者にしてみれば首を捻らざるを得ない事実だが、私には後々カラクリが分かった。米穀会社へ就職した際、病院へ納めるコメの品種を知って初めて謎は解けた。コシヒカリやあきたこまち、ではなく“雑品種”と言う多収穫米がブレンドの核だったのだ。勿論、コシもこまちも入るが、大抵は古米が使われていた。ベースが安いのだから、味の向上など叶うべくもない。1人1食当り300円が相場なのだから、大量に仕入れられてコストの安い材料に頼らざるを得ない。その中で、治療食や常食を作り分けるのだから、栄養士の苦労たるや想像を絶するものがあったに違いない。ただ、入院中はそんな裏側は覗けない。アンケートに「無いものねだり」を書くのが関の山だった。マイちゃん達が“摂食障害”と戦っていた最中に措いては「食べられるだけで幸せ」だったに違いない。食行動そのものに問題を抱え、深い闇の中に身を置いていたマイちゃん。彼女の言葉は今も片隅に響いている。