この詩は、『自註 富士見高原詩集』 冒頭の「詩」です。
詩人 尾崎喜八の長野県富士見在住時代のものを集めた『花咲ける孤独』という詩集があります。
今ではもう絶版になっており、1969年11月7日(立冬の日)、富士見高原で得た詩からだけ総数七十篇を選んで『自註 富士見高原詩集』という題を与えて新しく出版しています。
改めてこの詩集を出す気になったについては別に一つの理由があります。
それは「自註」であります。
自註とは、作者自身が自分の詩に註釈を施し、或はそれの出来たいわれを述べ、又はそれに付随する心境めいたものを告白して、読者の鑑賞や理解への一助とするという試みです。
私は、まず詩を読み、更に註を読めば、尾崎喜八という人間の心と生活と芸術とを一層よく理解でき、そして今、『尾崎喜八の詩による男声合唱曲集』を題材とした、詩のフォーラム「尾崎喜八 アラカルト20選」の教材作成(①詩・自註②朗読③楽曲)に大いに役立てることができるものと思っています。(光夫天)
告白
若葉の底にふかぶかと夜をふけてゆく山々がある。
真昼を遠く白く歌い去る河がある。
うす青いつばさを大きく上げて
波のようにたたんで
ふかい吐息をつきながら 風景に
柔らかく目をつぶるのは誰だ。
鳥か、
それとも雲か。
疲れているのでもなく 非情でもなく、
内部には咲きさかる夢の花々を群らせながら、
過ぎゆく時を過ぎさせて
遠くやわらかに門をとじている花ぞの、
私だ。
【自註】
祖国は戦争に敗れた。物質の上でも、精神の面でも、無数のもの、さまざまなものが崩壊した。
いわゆる「銃後」の国民の一人として、詩という仕事によっていささかでも国に尽くしたいと思った私の念願も、『此の糧』や『同胞と共にあり』の二冊のささやかな詩集と一緒に今はむなしい灰となった。
その無残な荒廃の跡に立って、私は元来人間の幸福と平和に捧げるべき自分の芸術を、それとは全く反対の戦争というものに奉仕させたおのれの愚かさ、思慮の浅さを深く恥じた。
私は慙愧と後悔に頭を垂れ、神のような者からの処罰を待つ思いで目を閉じた。
そしてもしも許されたなら今後は世の中から遠ざかり、過去を捨て、人を避けて、全く無名の人間として生き直すこと、それがただ一つの願いだった。
そんな時、終戦の翌年の春の或る夜、ふと私からこの詩が生まれた。
起死回生の勢いも潔さも見られないが、それはこの場合当然な事であり、むしろ悪夢から覚めた詩人の良心の、まだどことなく頼りない音をひそめた最初の歌の調べというべきであろう。
※【ご参考】富士見町 高原のミュージアム(富士見高原の文学)
http://www.alles.or.jp/~fujimi/kougen/bungaku.html
詩人 尾崎喜八の長野県富士見在住時代のものを集めた『花咲ける孤独』という詩集があります。
今ではもう絶版になっており、1969年11月7日(立冬の日)、富士見高原で得た詩からだけ総数七十篇を選んで『自註 富士見高原詩集』という題を与えて新しく出版しています。
改めてこの詩集を出す気になったについては別に一つの理由があります。
それは「自註」であります。
自註とは、作者自身が自分の詩に註釈を施し、或はそれの出来たいわれを述べ、又はそれに付随する心境めいたものを告白して、読者の鑑賞や理解への一助とするという試みです。
私は、まず詩を読み、更に註を読めば、尾崎喜八という人間の心と生活と芸術とを一層よく理解でき、そして今、『尾崎喜八の詩による男声合唱曲集』を題材とした、詩のフォーラム「尾崎喜八 アラカルト20選」の教材作成(①詩・自註②朗読③楽曲)に大いに役立てることができるものと思っています。(光夫天)
告白
若葉の底にふかぶかと夜をふけてゆく山々がある。
真昼を遠く白く歌い去る河がある。
うす青いつばさを大きく上げて
波のようにたたんで
ふかい吐息をつきながら 風景に
柔らかく目をつぶるのは誰だ。
鳥か、
それとも雲か。
疲れているのでもなく 非情でもなく、
内部には咲きさかる夢の花々を群らせながら、
過ぎゆく時を過ぎさせて
遠くやわらかに門をとじている花ぞの、
私だ。
【自註】
祖国は戦争に敗れた。物質の上でも、精神の面でも、無数のもの、さまざまなものが崩壊した。
いわゆる「銃後」の国民の一人として、詩という仕事によっていささかでも国に尽くしたいと思った私の念願も、『此の糧』や『同胞と共にあり』の二冊のささやかな詩集と一緒に今はむなしい灰となった。
その無残な荒廃の跡に立って、私は元来人間の幸福と平和に捧げるべき自分の芸術を、それとは全く反対の戦争というものに奉仕させたおのれの愚かさ、思慮の浅さを深く恥じた。
私は慙愧と後悔に頭を垂れ、神のような者からの処罰を待つ思いで目を閉じた。
そしてもしも許されたなら今後は世の中から遠ざかり、過去を捨て、人を避けて、全く無名の人間として生き直すこと、それがただ一つの願いだった。
そんな時、終戦の翌年の春の或る夜、ふと私からこの詩が生まれた。
起死回生の勢いも潔さも見られないが、それはこの場合当然な事であり、むしろ悪夢から覚めた詩人の良心の、まだどことなく頼りない音をひそめた最初の歌の調べというべきであろう。
※【ご参考】富士見町 高原のミュージアム(富士見高原の文学)
http://www.alles.or.jp/~fujimi/kougen/bungaku.html