この本は、少し過激な内容である。 というのも、原発はなくす、それによって人類は生き延びるし格差も無くせるのではないか・・・ という提案が書いてあるし、実際にかれこれ40年かけて、ほぼ実践している人との、往復書簡である。
2011年3月の天災と、人災(原発事故による放射能汚染)を、決して忘れずに、今後も後の世代に伝えなければいけない! との決意で、70歳と90歳の百姓人(ひゃくしょうびと)?が書き綴っているのが、ひしひしと伝わってくる。
戦後、たかだか70年そこそこで、騙されてはイカンと警鐘をならす。
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~本文からの引用~
「小農でなければ生き残れない。百姓のみでなくあらゆる職種を通じて人類存続の唯一の方途は、みんながこぞって小農となる以外ありえない」という小農必須論に定着してしまったのであります。
その経緯は本章の随所で述べますが、このようにして私の小農論は、「宿命」から容認は、容認から礼賛へ、礼賛から必須へとエスカレートし、いまやふたたび抜きがたい「宿命」へと回帰したのでありました(最初の宿命は日本の寒村という背景から生じたものであり、最後の宿命は人類の存否というギリギリの選択として生じたもの)
いま近代化、工業化、都市化による必然的結果として現出した浪費・汚染・破壊(文明の毒素による自家中毒)と、それに伴う経済的行き詰まりという内部矛盾、その袋小路における糞詰まり――この窮状脱出する唯一の方策は、どこを探しても大量人口受け入れ可能で、しかも内部矛盾を抱えず公害や浪費と無縁の、小農社会への回帰以外にはありえない、つまり万人皆農社会の実現のみが人類の永続を保証するということに落着したのであります。
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中島 正 から 山下 惣一 あて
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う~ん、果たして、私のような、ずぼらな人間に、百姓が務まるのであろうか???
でも、応援というか、手助けはできるかも?
取りあえずは、自給自足しながら、持続不可能から持続可能なコミュニティーを作ろう!という提案のようだが・・・ 是非とも参考にいかがかな。
こんなのも。