『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

こんな時にテツガクなんて、と言うなかれ

2020年04月25日 | 考える日々


Web会議で読書会をしたメンバーや、
小さな子のいる共働き家庭の人や、
在宅勤務が増えた夫、近所の人など、
身の回りの人が、笑顔です。

私は…というと、意外と通常運転です。
もともと、そんなに仕事もなかったし、
そもそも、自分と対話するタイプだし。
あと、家族で話す時間が増えたのは、いい変化。

まぁ、そりゃ人とは顔を合わせて話すのが一番楽しいけど、
会えない分、精神的なつながりにリアリティ感じてるから、
WEB打ち合わせとかWEB勉強会とかでも十分楽しいし。
90歳の伯母に、珍しく手紙なんて書いてみたり。

あとは、次の読書会に向けて、
真面目に本を読み直しています。
『自由の哲学』の第4章。
ああ、くどくて厳密でややこしい章だ。

「私たちは主観でしかモノを見られないんだから、
正確に世界を知ることなんかできませ~んだ。
ハイ、残念~~!!」という、カントやらバークレーやらの説を、
力強く論破してくれる第4章。
人間は残念な存在なんかじゃないもんね~だ!

ぐだぐだしてる時も、命がけで働く時も、いろいろあるけど、
「実際、今生きてる私らみんなで人類の歴史作ってるんやで」っていう、
力強いところに連れて行ってください、シュタイナー博士!

こんな時にはテツガクなんか何の役にも立たない、
特効薬持ってこい! って言われそうですが、
なかなかどうして、テツガク、役立ちます。
文学も舞台も映画も、アート系はめっちゃ役立ちます。

テツガクが、誰かの説を理解することじゃなくて、
自分で考えることなのだとしたら、
前述のゴキゲンな人たち、
みなさん、感情に引きずられ率が低いというか、
「あ、今、感情的だな」って気づいて、
必要なら、その感情を切り離して自分でテツガクする人だもの。

自分がゴキゲンに世を迎えるのにも、
テツガクは役立つ。
何かを自分から考えたら、変化も受け入れられるし、
受け入れることで、笑顔になれるし、
笑顔になったら、周りの人もシアワセになるし…。

細分化されすぎて、暮らしからかけ離れてしまった
それぞれの「末学(ITとか観光業とかマーケティングとか個別の専門)」を、
人間の幸せのために再度統合するものとして、
今こそ、人の在り方、自分の生き方を問う「実学」が、
見直されていったらいいな、と思います。

むしろ、今読まないでいつ読むの? ってくらいです。
一人じゃ難しいけどね、「自由の哲学」は。
読みたいけどくじけた方がおられたら、一緒に読みませんか?
私も励みになりますので、喜んで伴走しますよ~。

「本末転倒」のそもそもの意味って、こーだったのね!
ぜひこちらもどうぞ。→「本末転倒」の語源


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