『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

理不尽な校則が、未来の社会にとって残念すぎる理由

2020年08月15日 | 中学生と育つ


こないだ、微分積分を学ぶ理由を考えていたのだけれど、
ついでに、理不尽な校則についても考えている。
35年前からずーっと、ひっかかっている。

▼おととい書いたもの
30年後の答え ~一生使わない微分・積分などを全員に勉強させる理由~
https://blog.goo.ne.jp/oneby1/e/67ffa26a4e1959fe3862b8aad1a51e78

で、不思議なことに、この夏、
子どもの通う中学校の校則が変わったらしい。
こんなふうに。

決まった制服以外は身に付けてはいけない
→暑い日は帽子をかぶってきてもいい。

白の靴下
→白と黒とグレーと紺はOK,ワンポイントもOK。

あといくつか…だそうで。

へぇ~。
校則が変わったプロセスを知りたいなぁ。
ちょうど、三社懇談があったので、
ついでに聞いてみた。

私 「生徒会が何か働きかけたんですか?」
先生「いや、そういうわけでもないみたいですよ」
私 「じゃあ、先生サイドが自主的に?」
先生「ええ」
私 「理不尽な窮屈さがなくなっていくのっていいですね」
先生「あれこれ変わっていきますが、良く変わって行くのはいいですねぇ」


へぇ。
「中学生らしい」の基準が
男子丸刈り、女子まゆげ丸出し前髪だった時代から
隔世の感がある。

でも、生徒から何かを働きかけたわけじゃないんだなぁ。
ウチの子どもを見ても、
「めんどくさい」とは言うけれど、たいして抵抗なさそう。
そこがちょっと物足りない。

だって、納得してないことに従うのに、
全然気持ちのザラザラがないなんて、
ちょっとヘンじゃない?

ヘンな校則を上げればキリがないけれど、
そういうのが未来の社会にとって問題なのは、
それが、結果的に「理不尽でも従っておく方がラク」
という教育をしてしまうことだ。

ホントは、おかしなことがあれば、疑問を持って、
「おかしいんじゃない?」と対話を始めたりして、
おかしくないように状況を改善していくのが筋だ。

そうやって、真っ当なことを真っ当だと言い、
おかしなことを真っ当に変えていける若者が
未来をより良くしていくためには必要だから。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿