『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

いいのかそれで中学生? いや、私の問題か??

2020年07月27日 | 中学生と育つ


期末テストで
なかなかすさまじい点数を取ってきたらしい、
中2の子ども。

特に数学が大変らしくて、
速さと時間と距離のところからして、
すでに混乱してるのだそーな。
自己分析できてるなら、そこからやればいいのに。

よくある、
時速5キロで歩くサトウさんが、
時速4キロで歩くタナカさんの5分後に出て、
どこで追いつくか、みたいな問題。

「どこであろーが、追いついたらラッキーやんな?
私なら、見えたらダッシュする」
「てゆーか、なんで後から追いかけるんやろ?
タナカさん、友達なら待つやろ、ふつー。
友達じゃないなら、別に追いつかなくていいし」

いや、数学で、その時の気持ちを答えられても…。

単なる苦手の言い訳だとしても、ちょっと気持ちはわかる。
何を隠そう、30年前に私も似たようなこと思ってたから。
ケーキを何等分とかする問題で、
「真ん中のイチゴは誰が食べるんだろう」なんて事が
頭をよぎったことがない、とは言わない(^^;)。

遺伝か??

この人の算数&数学は、
生活感情がこもり過ぎて、絶妙におもしろい。

小学校2年生くらいの時も、線分図で困ってたのよ。
ミコちゃんがリボンを50センチ、ハヤトくんが70センチ持っています。
合計何センチでしょう? みたいな問題で。

苦戦してたから、ヒントのつもりで、
「リボンの絵を描いてみたらわかるんじゃない?」
と言ったら、何を思ったか、ウチのお子さんは、
線分図じゃなくてリボンのイラストを描いてた。

こりゃダメだ~と思って、
私が5:7くらいの1本の線を書くと
「え? リボン1本につながらないよね?」ともゆーていた。

3年生か4年生の時も、
折り紙をAさんが5枚、Bさんが8枚、Cさんが11枚持ってきました。
全員同じ数ずつ分けたら何枚ずつでしょう?みたいなのを
「同じ数にしたら、いっぱい持ってきた人がソンやんな?」とゆーていた。

大人なら
脳内だけでいくらでも理屈操作できるアレコレを、
ちゃんと身体や気持ちと一致させているあたりが独特。

大きな視野で見たら、これって、
頭でっかちになりがちな私に、
「行動」と「感情」と「思考」を重ねる大切さを教えるため、
っていう可能性もあるな。

この独特が、いい風に作用したら、
理念の暴走をカラダや感情が止めてくれるかもしれないし。
理念ではいくらでも「〇〇人は敵だ」みたいな事も考えられるけど、
自分で直接その隣人を締め出したりできないもの。

だとしたら、この子のすっとこどっこいな数学から、
普段の行為や気持ちと切り離して、
頭の中の、単なる操作として考えられるようになるためには、
私がその3つを重ねていけばいいのかも。

こっちはこっちで、ハードル高いな!!


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