『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

行動基準が「数字」なら、気分はうんざり

2022年02月03日 | 考える日々
昨日のブログに
という記事を書きました。
んで、ふと思い出したのが友人のこと。

「運動しろ」とお医者さんに言われて、
渡された活動量計を常に身につけているそうです。
んで病院に行った時に、そのデータを見て、
「ココは何してたの?」とか、「今週は…」とか、
いろいろ評価されるんだそーな。

げげっ、めっちゃ監視されてるやん!

いくら健康のためとは言え、これってもはや囚人!
どのくらい運動しているか、
ちゃんと言った通りに生活しているか、
常に監視されているという…。

これ、監視する方は全然カロリー使わないけど、
監視される方は、四六時中意識させられる。
身体は健康になるかもしれないけど、
気持ちが病みそうだわ。

運動目標にどんだけコミットしてても、
「今日は疲れたからやんぴ」っていう日も
あるはずやんな~。

んで、この人、真面目だから、
くたくたの日にもウォーキングに出かけて
コケて顔をケガして縫ったとゆーではないか!
しんどい時は休めっ!

いくら監視されてるからって、
顔を縫うほどのケガしたり、
気持ちが病んだりしたまま
内臓や代謝機能だけ健康になっても意味ないやん。

笑ってたら免疫上がるって、
専門家の先生もゆーてはったで~。
そんな機械、返しちゃって、
自分で自律的に好きなように動け~。

いや、もちろん、運動はイイコトだし、
お医者さんも患者のためを思ってるはずやから、
その機械で監視するにはその人が真面目過ぎる
っていうことなんだろうけどね。

あの~、アレみたい。
なんだっけ。監獄を一人で監視できるヤツ。
パノプティコン?

監視社会では、
いつでも監視されているから、
自ら監視する人の規律に従うようになっちゃう、
っていうやつ。

私もたとえば、コロナについて何か書いたら、
いちいち何かのアラートがくっついて来そうだから、
まっすぐ書かずにわざと言葉をぼかす、とかね。

ちょっと気になるサイトがあっても、
それを見たら、永遠に履歴に残って、
そんなサイトのオファーばっかり出て来たらイヤだし、
そこは見ないでおこう、とかね。

私も従っている、そういうの。
あんまり考えたことないけど、
考えてみたら、クレジットカードだの、
WEBの閲覧履歴だの、街角の監視カメラだの…、
全方位で監視されてるよな~。やだな~。

常時、活動量計で運動状況を監視されている友人への
おせっかいアドバイス。
「いらんって言ってみて拒否られたら、
そんな機械、隣の犬にでも付けて走らせとけ~!」。

そんなんつけてたら、
人間関係なんか全然ないお医者さんに、
ホメて欲しくなっちゃうやん…。
そこまで支配されて欲しくないもんな。



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1 コメント

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Unknown (ZIP)
2022-02-04 10:09:47
誕生日を祝うということは、数字よる行動基準に無意識に従っていると看做していいはずです。

毎年誕生日を祝うことで年齢意識が無意識に刷り込まれ、年齢に見合った歳相応の立振る舞いとして行動を抑制させ、更には生活を秩序立て社会を階層化し安定させるといった極めて論理的な方法は、教育制度と医療制度による管理手法の賜物ではないでしょうか。
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