「よい匂いのする一夜」 著 池波正太郎
甲賀の忍びの者を主人公にした小説を書いた時、前半の背景を武州の鉢形城にしようとおもい、泊りがけで、城址を見に出かけた。・・・・・
私が泊まった旅館(京亭)は、荒川をへだてて鉢形城址をのぞむ絶好の場所にあった。
もともと旅館をするために建てたものではない。美しい庭から、真正面に鉢形の断崖をながめつつ、鮎でビールをのんでいると、旅館に泊まった気がしない。
まるで、自分の別荘へ来ているような気分になる。
最後に、鮎飯が出た。鮎を、まるごと、味をつけた飯の上へのせて蒸らし、食べるときは魚肉をほぐし、飯と混ぜ合わせて食べる。
鮎の芳香が飯に移って、実に旨い。・・・・・
旅館京亭は、この音楽家・佐々紅華が妻の故郷の寄居が気に入って、
「ここを、私の永住の地にしよう」
と、いい、自ら設計して建てた邸宅である。・・・・・
夏には、城址で仕掛ける花火大会が催されるそうな。
桜のころも、きっと、いいにちがいない。
庭へ出て見ると、釣り人たちが荒川へ入って、鮎を釣っている。
風が青葉の香りを運んできて、朝飯のときにのんだビールの酔いにまかせ、縁側に寝そべっていると、時がたつのを忘れてしまった。
それというのも、つまりは、ここが、
「自分の家のような旅館・・・・・」
だからなのだろう。
「冬に来て、離れに炬燵を入れてもらって、冬中いて仕事をしたらいいだろうな」
寄居 京亭 1980年頃、雑誌「太陽」
この文章をおさめた『よい匂いのする一夜』は、
池波正太郎が旅をして泊まった宿のなかから、とくに印象に残ったところを記している。
目次をみると、
日光市・日光金谷ホテル
京都・俵屋
軽井沢・万平ホテル
倉敷市・倉敷アイビースクエア
など、国内の名だたる都市、名だたる宿が並ぶなかに、「寄居・京亭」もある。
京亭そのものはもちろん、寄居という町の名が日光や京都と同列にあって、寄居の価値をずいぶん高めてくれている。
また、池波正太郎 氏は京亭の鮎めしを「まさに江戸庶民の味だ」と絶賛したということです。
(談 さっさゆきえ・京亭女将)
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