ウェルザー=メストの「ラインの黄金」 チケット入手物語
ネット予約ができない!?
ウィーン・シュターツオーパー(ウィーン国立歌劇場)で行われるフランツ・ウェルザー=メスト指揮によるワーグナーのリングシリーズがこんな人気の公演とは、全く予想外だった。シュターツオーパーの公演は公演日の1ヶ月前からインターネットで予約ができる。前売り開始日の1ヶ月ほど前、ためしに発売中の公演の前売り状況をみたら、小澤の「エフゲニ・オネーギン」も含めどの公演も余裕で空席があった。なので、お目当ての「ラインゴールド」の発売時も苦労せずに予約できると思っていた。
前売り開始日が近づいてきたので、念のために既に予約が始まっている他のリングの公演の売れ行き状況を見たら… 驚いたことに、どの公演も全て「売り切れ」ではないか!! これはいかん… 前売り開始日、気合いを入れなおして売り出し開始時刻に合わせて予約に挑戦した。
開始時刻が近づくと、各ランクの残席数が表示されるようになる。既に売り切れ状態のランクも多く、残っているカテゴリーも残席は少ない。ホームページ上で「“Jetzt kaufen”(今すぐ購入)」というアイコンが現れるとそこから予約ができるのだが、何度「更新」をクリックしてもまだそのアイコンがでない。それどころか、「更新」をかけるたびに残席数がどんどん減っていくではないか!? このままでは「今すぐ購入」のアイコンが登場する前に全部売り切れてしまうではないか!!?
電話予約の方が受付が早くてそれでどんどん減っているのだろうか? あわててウィーンのチケットセンターに電話をかけると… 「本日の受付は~時からとなります…」というアナウンスのテープが流れていてまだ受付開始前だった。「じゃあ窓口で直接買ってる人がいるってことか…」ホームページ上の残席数はみるみる減って、とうとう全て売り切れてしまった。すぐにキャンセル待ちの”Stand buy ticket”に登録した。以前、メルクル指揮で「カルメン」を観たときはこのキャンセル待ちでチケットが手に入ったし何とかなると思っていた。
しかし、ウェルザー=メストの「ラインゴールド」はそんなに甘くはなかった。「出発の前日まで」を「待ち」として設定していたが、出発前日に送られてきたメールは「残念ながらお客様の設定した期間にご希望のチケットの用意はできませんでした。」という内容。仕方ない、こうなったら当日「チケット求む」の紙を持って入口に立つしかない。
会場入口での奮闘記
公演当日、開演1時間前にシュターツオーパーにやってきた。前売りの窓口には「本日の公演チケットは完売」という貼り紙。覚悟を決めて入口前に「Suche 1 Karte(チケット1枚求む)」の紙を持って立った。他に同じような人はいなかったので望みは高いかも。 しばらくすると、ちょっと怪しげなおやじが近づいて来た。「今日の公演のチケットならあるよ。」風貌といい、態度といい、見るからにダフ屋だ。日本もオーストリアもダフ屋は同じだなぁ。
試しにどんなチケットか見る価値はある。「ちょっとみせてよ」と言うと、「こっちへこい」と、入口から少し離れたところに連れて行かれた。そこに立っていたのは、ウィーンの町中でよく見かける、18世紀の宮廷楽士風のコスチュームをまとった男だった。こうした格好のひとは「シェーンブルン宮殿のイブニングコンサート」など、観光客向けの演奏会のポスターを持って一生懸命道行く人に声をかけていて、「その日自分が出演する演奏会のチケットを一生懸命売っている健気なプレイヤー」なんて思っていたのだが、こんな商売もやっていたのか…
その男が、ファイルからチケットを1枚出し、座席表まで開いた。ダフ屋のおやじと一緒になって「この席だ。すごくいいよー。舞台も良く見えるし、音もいい」問題は値段だ。「いくらですか」と聞くと「180ユーロだ」と言う。180かぁ、200ユーロまでは覚悟していてお金はあるが… 「どうです?買いませんか?いい席でしょ?」とかなりしつこく迫ってくる。「ちょっとそのチケット見せてよ」見せてくれたチケットには50ユーロの額面が… なんと、3倍以上もふっかけてきたわけだ。「高いね~」「いや、これは特別料金のチケットで、普通はこの値段じゃ買えないよ」と言う。なるほど、チケットには”Sonderangebot”(特別料金)と書いてはある。それにしても高い。「取り合えずやめておきます。もう少し入口で立ってみますよ。」「取り合えずってのはどういうこと?いるの?いらないの?」外人は(あ・外人はおれか…)どうしてあいまいな表現が理解できないんだろう… 「じゃあ、いらないです」。
ようやくダフ屋から逃れて入口で立ちなおし。やがて品のいいおばあさんが近づいてきて、「これ、あんまり良い席じゃあないですけど一枚ありますよ。」「いくらですか?」「12ユーロです」 これはいいかも… 「舞台は見えますか?」「それが見えないところなんです…」
ボックス席の3列目とか、もともと視界が狭いうえに前の列の人の陰になってしまい殆ど舞台が見えない悲惨な席があるがこの類か…? でも入れないよりはいいか。取り合えずこれをおさえておいてもうちょっと頑張ってみるか… おばあさんから12ユーロで12ユーロのチケットを譲ってもらった。
その後も入口に立ち続ける。さっきのダフ屋がまたやってきたり、別のダフ屋もやってきてうるさい。チケットは取り合えず手に入れたからもうダフ屋からは買わない。今度はキッパリと断る。
東洋人の女性が「これあるんですけど…」とドイツ語で話しかけてきた。日本人とわかったので日本語に切り替えてチケットを見せてもらった。11.5ユーロのやっぱりステージが見えない席だった。「その場所なら1枚確保してあるんで…」とお断りした。
次に声をかけてきたのは体格のいいおっさん。「これ、100ユーロで譲りますよ」チケットをみると60ユーロだ。このおっさん、一般人風のくせに一儲けするつもりか。でも席は良さそう。「70ユーロ!」と値引き交渉。「だめだめ!」「じゃあ80ユーロ」「だめ、100ユーロじゃなきゃ譲らん」なんだこの儲け根性は… その横柄な態度も気に入らなかったが、「もういい、中で売ってくる」とか言って行ってしまった。100ユーロで売れる当てがあるんだろうか。まあいい。
チケット入手!
そして今度は若い男が来た。「シリーズ券があるんだけど、今日は連れが来れないのでどうですか? 70ユーロで良い席ですよ。」 70ユーロで良い席… これは買いだ! そこにさっきのダフ屋が「そのチケット、高く買うよ」と割り込んできた。「これは売ることはできないんだ。それにもうこの人に譲ることにしたから。」と断ってくれた。このチケットは1枚で「リング」4回分のシリーズ券。今日はその初日だから人に手渡すことはできないというわけ。
そのダフ屋に「こっちのチケットなら売ってもいいよ」とさっき12ユーロで買ったチケットを見せたら「買う買う」と飛びついてきた。12ユーロで売ってこれでチャラだ。でもこの12ユーロのチケット、このダフ屋はいくらで売るつもりなんだろうか…
「チケットは僕が持ってるからついてきて。中では僕を見失わないでくださいね。」と言われ一緒に中へ入る。
額面は288ユーロ。4で割ると72ユーロだけど70ユーロにまけてくれたわけだ。それに通し券だからその分お得料金だろうし、かなり得しちゃったことになる。「1ヶ月前にインターネットで買おうとしたらもう全部売り切れになっちゃって…」「僕はこの券、去年の8月に買ったんですよ。」
セット券はそんな前に売り出していたのか。
こうして手に入れた「ラインの黄金」の公演は、もうそのすごさ、素晴らしさに打ちのめされた。この青年は終演後も最後までずっと手すりの前で拍手を送っていた。帰り際に「ありがとう、おかげで最高の体験を味わえましたよ。」とお礼を言って握手をして別れた。気持ちのいい人だった。
ウィーン国立歌劇場の売り切れ公演のチケットを手に入れるには…
① 開演の1時間前までには会場へ行く
② 「Suche Karte」の紙を持って入口付近に立つ。必ず何人かが声をかけてくれる。
③ ダフ屋から買うのは最後の手段
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ネット予約ができない!?
ウィーン・シュターツオーパー(ウィーン国立歌劇場)で行われるフランツ・ウェルザー=メスト指揮によるワーグナーのリングシリーズがこんな人気の公演とは、全く予想外だった。シュターツオーパーの公演は公演日の1ヶ月前からインターネットで予約ができる。前売り開始日の1ヶ月ほど前、ためしに発売中の公演の前売り状況をみたら、小澤の「エフゲニ・オネーギン」も含めどの公演も余裕で空席があった。なので、お目当ての「ラインゴールド」の発売時も苦労せずに予約できると思っていた。
前売り開始日が近づいてきたので、念のために既に予約が始まっている他のリングの公演の売れ行き状況を見たら… 驚いたことに、どの公演も全て「売り切れ」ではないか!! これはいかん… 前売り開始日、気合いを入れなおして売り出し開始時刻に合わせて予約に挑戦した。
開始時刻が近づくと、各ランクの残席数が表示されるようになる。既に売り切れ状態のランクも多く、残っているカテゴリーも残席は少ない。ホームページ上で「“Jetzt kaufen”(今すぐ購入)」というアイコンが現れるとそこから予約ができるのだが、何度「更新」をクリックしてもまだそのアイコンがでない。それどころか、「更新」をかけるたびに残席数がどんどん減っていくではないか!? このままでは「今すぐ購入」のアイコンが登場する前に全部売り切れてしまうではないか!!?
電話予約の方が受付が早くてそれでどんどん減っているのだろうか? あわててウィーンのチケットセンターに電話をかけると… 「本日の受付は~時からとなります…」というアナウンスのテープが流れていてまだ受付開始前だった。「じゃあ窓口で直接買ってる人がいるってことか…」ホームページ上の残席数はみるみる減って、とうとう全て売り切れてしまった。すぐにキャンセル待ちの”Stand buy ticket”に登録した。以前、メルクル指揮で「カルメン」を観たときはこのキャンセル待ちでチケットが手に入ったし何とかなると思っていた。
しかし、ウェルザー=メストの「ラインゴールド」はそんなに甘くはなかった。「出発の前日まで」を「待ち」として設定していたが、出発前日に送られてきたメールは「残念ながらお客様の設定した期間にご希望のチケットの用意はできませんでした。」という内容。仕方ない、こうなったら当日「チケット求む」の紙を持って入口に立つしかない。
会場入口での奮闘記
公演当日、開演1時間前にシュターツオーパーにやってきた。前売りの窓口には「本日の公演チケットは完売」という貼り紙。覚悟を決めて入口前に「Suche 1 Karte(チケット1枚求む)」の紙を持って立った。他に同じような人はいなかったので望みは高いかも。 しばらくすると、ちょっと怪しげなおやじが近づいて来た。「今日の公演のチケットならあるよ。」風貌といい、態度といい、見るからにダフ屋だ。日本もオーストリアもダフ屋は同じだなぁ。
試しにどんなチケットか見る価値はある。「ちょっとみせてよ」と言うと、「こっちへこい」と、入口から少し離れたところに連れて行かれた。そこに立っていたのは、ウィーンの町中でよく見かける、18世紀の宮廷楽士風のコスチュームをまとった男だった。こうした格好のひとは「シェーンブルン宮殿のイブニングコンサート」など、観光客向けの演奏会のポスターを持って一生懸命道行く人に声をかけていて、「その日自分が出演する演奏会のチケットを一生懸命売っている健気なプレイヤー」なんて思っていたのだが、こんな商売もやっていたのか…
その男が、ファイルからチケットを1枚出し、座席表まで開いた。ダフ屋のおやじと一緒になって「この席だ。すごくいいよー。舞台も良く見えるし、音もいい」問題は値段だ。「いくらですか」と聞くと「180ユーロだ」と言う。180かぁ、200ユーロまでは覚悟していてお金はあるが… 「どうです?買いませんか?いい席でしょ?」とかなりしつこく迫ってくる。「ちょっとそのチケット見せてよ」見せてくれたチケットには50ユーロの額面が… なんと、3倍以上もふっかけてきたわけだ。「高いね~」「いや、これは特別料金のチケットで、普通はこの値段じゃ買えないよ」と言う。なるほど、チケットには”Sonderangebot”(特別料金)と書いてはある。それにしても高い。「取り合えずやめておきます。もう少し入口で立ってみますよ。」「取り合えずってのはどういうこと?いるの?いらないの?」外人は(あ・外人はおれか…)どうしてあいまいな表現が理解できないんだろう… 「じゃあ、いらないです」。
ようやくダフ屋から逃れて入口で立ちなおし。やがて品のいいおばあさんが近づいてきて、「これ、あんまり良い席じゃあないですけど一枚ありますよ。」「いくらですか?」「12ユーロです」 これはいいかも… 「舞台は見えますか?」「それが見えないところなんです…」
ボックス席の3列目とか、もともと視界が狭いうえに前の列の人の陰になってしまい殆ど舞台が見えない悲惨な席があるがこの類か…? でも入れないよりはいいか。取り合えずこれをおさえておいてもうちょっと頑張ってみるか… おばあさんから12ユーロで12ユーロのチケットを譲ってもらった。
その後も入口に立ち続ける。さっきのダフ屋がまたやってきたり、別のダフ屋もやってきてうるさい。チケットは取り合えず手に入れたからもうダフ屋からは買わない。今度はキッパリと断る。
東洋人の女性が「これあるんですけど…」とドイツ語で話しかけてきた。日本人とわかったので日本語に切り替えてチケットを見せてもらった。11.5ユーロのやっぱりステージが見えない席だった。「その場所なら1枚確保してあるんで…」とお断りした。
次に声をかけてきたのは体格のいいおっさん。「これ、100ユーロで譲りますよ」チケットをみると60ユーロだ。このおっさん、一般人風のくせに一儲けするつもりか。でも席は良さそう。「70ユーロ!」と値引き交渉。「だめだめ!」「じゃあ80ユーロ」「だめ、100ユーロじゃなきゃ譲らん」なんだこの儲け根性は… その横柄な態度も気に入らなかったが、「もういい、中で売ってくる」とか言って行ってしまった。100ユーロで売れる当てがあるんだろうか。まあいい。
チケット入手!
そして今度は若い男が来た。「シリーズ券があるんだけど、今日は連れが来れないのでどうですか? 70ユーロで良い席ですよ。」 70ユーロで良い席… これは買いだ! そこにさっきのダフ屋が「そのチケット、高く買うよ」と割り込んできた。「これは売ることはできないんだ。それにもうこの人に譲ることにしたから。」と断ってくれた。このチケットは1枚で「リング」4回分のシリーズ券。今日はその初日だから人に手渡すことはできないというわけ。
そのダフ屋に「こっちのチケットなら売ってもいいよ」とさっき12ユーロで買ったチケットを見せたら「買う買う」と飛びついてきた。12ユーロで売ってこれでチャラだ。でもこの12ユーロのチケット、このダフ屋はいくらで売るつもりなんだろうか…
「チケットは僕が持ってるからついてきて。中では僕を見失わないでくださいね。」と言われ一緒に中へ入る。
席は3階(Galerie)中央の前方、ステージをほぼ正面に見渡せる願ってもない席だ。「どう?良い席でしょ?」「ホント、最高の席ですね。しかも70ユーロだなんて!あなたがチケットを譲ってくれる前に、ダフ屋の券をちょっと買う気になったんですけど、50ユーロのチケットを180ユーロで売ろうとしたんですよ。」「それはあり得ないですね。僕はまともな人間ですからね。」と言って4回分の通し券を見せてくれた。 | 座った席(Galerie Mitte Rechts 4-13)からの眺め |
額面は288ユーロ。4で割ると72ユーロだけど70ユーロにまけてくれたわけだ。それに通し券だからその分お得料金だろうし、かなり得しちゃったことになる。「1ヶ月前にインターネットで買おうとしたらもう全部売り切れになっちゃって…」「僕はこの券、去年の8月に買ったんですよ。」
セット券はそんな前に売り出していたのか。
こうして手に入れた「ラインの黄金」の公演は、もうそのすごさ、素晴らしさに打ちのめされた。この青年は終演後も最後までずっと手すりの前で拍手を送っていた。帰り際に「ありがとう、おかげで最高の体験を味わえましたよ。」とお礼を言って握手をして別れた。気持ちのいい人だった。
ウィーン国立歌劇場の売り切れ公演のチケットを手に入れるには…
① 開演の1時間前までには会場へ行く
② 「Suche Karte」の紙を持って入口付近に立つ。必ず何人かが声をかけてくれる。
③ ダフ屋から買うのは最後の手段
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