6月6日(木)ボロメーオ・ストリング・クァルテット ベートーヴェン・サイクル Ⅱ
~サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 2013~
サントリーホール(小)ブルーローズ
【曲目】
1.ベートーヴェン/弦楽四重奏曲 第10番 変ホ長調 Op.74「ハープ」
2.ベートーヴェン/弦楽四重奏曲 第11番 ヘ短調 Op.95「セリオーソ」
3.ベートーヴェン/弦楽四重奏曲 第12番 変ホ長調 Op.127
ボロメーオカルテットの名前は聞き覚えはあるが、どこのどんなカルテットかはわからなかった。けれどサントリーホールブルーローズの目玉シリーズともなっているチェンバーミュージックガーデンでベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲演奏を託されたカルテットとあっては是非聴いてみたい、ということで、今夜の回を選んだ。
アメリカで結成され、世代的には中堅の多国籍のプレイヤーが集まったこのカルテットの演奏を聴いた印象を一言で表せば「明快」という言葉が相応しい。紙の譜面ではなくMacbookを使うのが以前から話題になっているそうだが、デジタルツールを活用するから演奏が明快なんて短絡的なことではないが、譜めぐりの煩わしさや紙の厚みといったものから解放されたメリットを活用して、メンバーはパート譜ではなくスコアを見ながら演奏することで、音楽の構造やそれぞれのパートの役割を視覚的にも確かめながら演奏できることが、こうした明快な演奏を生み出す一つの大切な要素と言えるかも知れない。実際、各パートがあうんの呼吸でしっかりとかみ合い、迷いのないアプローチで風通しの良いすっきりした響きと演奏を聴かせてくれた。
これを主導するのはファーストヴァイオリンのニコラス・キッチンで、澄んだ鮮やかな音色が引き立つ。これと対照的なのが、ヴィオラの元淵舞。熱くて濃い働きかけでファーストヴァイオリンとのコントラストを鮮やかに浮き上がらせる。チェロのイーサン・キムは、柔らかく味のある歌と語りかけが印象的で、アンサンブルの要となってバランスを取り持つ。セカンドヴァイオリンのクリストファー・タンは出しゃばることなくしっかり存在感を示し、アンサンブルの色合い作りに一役買っていた。
このように、プレイヤー個々で見れば、それぞれの個性が出ているが、様々な個性のベクトルがひとつの目標に向かって集まることで、このプレイヤー達がアンサンブルでやりたいこと、目差していることがより鮮やかに強く表出されているのが感じられた。勢いがあってダイナミックに音楽を掘り下げて行く姿は明快で明るい。
「ハープ」はこうした明快さや快活さがよく出た快演。「セリオーソ」は剥き出しの闘争心でこれでもかと迫ってくるが、その勝ち誇ったような表情からは余裕すら覗えた。休憩後に演奏した作品131も、このような自信に満ちたアプローチで実に鮮やかに弾き進んでいった。エネルギッシュで快活な演奏は爽やかではあるが、この曲では駆け引きとか、アイロニーとか、或いは崇高な神々しさとか、プラン通りにやるだけでは片付けられない謎めいたところや、人知を超えたようなものが欲しくなる。ベートーヴェンの晩年の世界というのは一筋縄では行かない、ということも改めて感じるコンサートだった。
~サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 2013~
サントリーホール(小)ブルーローズ
【曲目】
1.ベートーヴェン/弦楽四重奏曲 第10番 変ホ長調 Op.74「ハープ」
2.ベートーヴェン/弦楽四重奏曲 第11番 ヘ短調 Op.95「セリオーソ」
3.ベートーヴェン/弦楽四重奏曲 第12番 変ホ長調 Op.127
ボロメーオカルテットの名前は聞き覚えはあるが、どこのどんなカルテットかはわからなかった。けれどサントリーホールブルーローズの目玉シリーズともなっているチェンバーミュージックガーデンでベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲演奏を託されたカルテットとあっては是非聴いてみたい、ということで、今夜の回を選んだ。
アメリカで結成され、世代的には中堅の多国籍のプレイヤーが集まったこのカルテットの演奏を聴いた印象を一言で表せば「明快」という言葉が相応しい。紙の譜面ではなくMacbookを使うのが以前から話題になっているそうだが、デジタルツールを活用するから演奏が明快なんて短絡的なことではないが、譜めぐりの煩わしさや紙の厚みといったものから解放されたメリットを活用して、メンバーはパート譜ではなくスコアを見ながら演奏することで、音楽の構造やそれぞれのパートの役割を視覚的にも確かめながら演奏できることが、こうした明快な演奏を生み出す一つの大切な要素と言えるかも知れない。実際、各パートがあうんの呼吸でしっかりとかみ合い、迷いのないアプローチで風通しの良いすっきりした響きと演奏を聴かせてくれた。
これを主導するのはファーストヴァイオリンのニコラス・キッチンで、澄んだ鮮やかな音色が引き立つ。これと対照的なのが、ヴィオラの元淵舞。熱くて濃い働きかけでファーストヴァイオリンとのコントラストを鮮やかに浮き上がらせる。チェロのイーサン・キムは、柔らかく味のある歌と語りかけが印象的で、アンサンブルの要となってバランスを取り持つ。セカンドヴァイオリンのクリストファー・タンは出しゃばることなくしっかり存在感を示し、アンサンブルの色合い作りに一役買っていた。
このように、プレイヤー個々で見れば、それぞれの個性が出ているが、様々な個性のベクトルがひとつの目標に向かって集まることで、このプレイヤー達がアンサンブルでやりたいこと、目差していることがより鮮やかに強く表出されているのが感じられた。勢いがあってダイナミックに音楽を掘り下げて行く姿は明快で明るい。
「ハープ」はこうした明快さや快活さがよく出た快演。「セリオーソ」は剥き出しの闘争心でこれでもかと迫ってくるが、その勝ち誇ったような表情からは余裕すら覗えた。休憩後に演奏した作品131も、このような自信に満ちたアプローチで実に鮮やかに弾き進んでいった。エネルギッシュで快活な演奏は爽やかではあるが、この曲では駆け引きとか、アイロニーとか、或いは崇高な神々しさとか、プラン通りにやるだけでは片付けられない謎めいたところや、人知を超えたようなものが欲しくなる。ベートーヴェンの晩年の世界というのは一筋縄では行かない、ということも改めて感じるコンサートだった。