11月15日(金)マグダレナ・コジェナー(MS) &プリヴァーテ・ムジケ
~愛の手紙~
王子ホール
【曲目】
♪ ヴィターリ/美しき瞳よ
♪ ディンディア/酷いアマリルリ
♪ カッチーニ/聞きたまえ、エウテルペ、甘い歌を
♪ ブリセーニョ/カラバンダ・チャコーナ(器楽曲)
♪ メールラ/今は眠るときですよ(子守歌による宗教的カンツォネッタ)
♪ サンス/カナリオス(器楽曲)
♪ ディンディア/穏やかな春風がもどり
♪ マリーニ/星とともに空に
♪ フォスカリーニ/パッサメッゾ(器楽曲)
♪ モンテヴェルディ/苦悩はとても甘く
♪ カプスベルガー/トッカータ・アルぺジアータ
♪ カプスベルガー/わたしのアウリッラ
♪ ディンディア/ああどうしたら? 物悲しい哀れな姿でもあなたが好き
♪ カプスベルガー/幸いなるかな、羊飼いたちよ
♪ フォスカリーニ/チャッコーナ(器楽曲)
♪ ストロッツィ/恋するヘラクレイトス
♪ サンス/曲芸師(器楽曲)
♪ メールラ/そう思う者はとんでもない
♪ モンテヴェルディ/ちょっと高慢なあの眼差し
【アンコール】
♪ カプスベルガー/Già Risi
♪ ディンディア/Sfere Fermate
♪ フレスコバルディ/そよ風が吹けば
コジェナーと聞けば「今売れっ子の歌手」というぐらいの知識と、プログラムへの興味、会場が王子ホールということで「行ってみようか」という気になった。で、これは大正解! 会場に着いたのがギリギリになってしまい、プロフィールも曲目解説も、せっかく載っていた歌詞対訳も読めずに聴き始めたが、早々と心はコジェナーの世界に染まってしまった。ルネサンス時代のイタリアの街中にタイムスリップし、路地でいつ果てるとも知れぬリュートの調べをバックに、とびきり容姿端麗の歌姫が熱い吐息とともに発する歌に酔い酔いしれている気分。
コジェナーのバックを務めるプリヴァーテ・ムジケはギターやリュート、テオルボなどの撥音楽器に低音の弦楽器、打楽器という編成の楽団で、コジェナーと共に、途切れることのない一種絵巻物のような世界を繰り広げて行った。 爪弾くギターを先頭に、アンサンブルのプレイヤーたちとコジェナーがステージに入場したときからコンサートは始まっていて、曲間も殆ど空けることなく、休憩も入らずに演奏は連綿とと続いて行った。プリヴァーテ・ムジケの演奏は絵巻物の背景。それは草原の上を吹き抜ける風のようでもあり、そこを渡り歩く遊牧民のようでもあり、永遠に続く自然や人々の営みが伝わってくるよう。
そこにコジェナーの歌が入るや、鮮やかな光と色が加わる。コジェナーの声は高級なシルクのような肌触りと光沢があり、滑らかで繊細に、何の無理も気負いもなく喜怒哀楽を歌に乗せる。歌を聴くときは必ず見る歌詞対訳は客席が暗くてよく見えず、いつもならそれでも懸命に読もうとするのだが、演奏そのものが伝えるメッセージが歌詞の意味を越えて強く訴えて来るように感じ、早々に対訳を見るのはやめてステージに見入った。実際、歌詞から解放されて演奏の世界に入り込むことができたと思う。
コジェナーの歌は自然に聴き手の身体に染み渡り、吟遊詩人の歌物語を聴くように、ワクワクしたりうるうるしたり、不安に駆られたり幸福に包まれたり… あらゆる感情を呼び起こす。それを、際立った濃厚な語り口や、アグレッシヴな表現を用いることなく、終始落ち着きを保ちながら一見さらりとやってしまうところに、コジェナーの歌手であり役者としての完璧と言える卓越した技を感じずにはいられない。ときにラテン音楽のようにノリノリで楽しげな歌と器楽アンサンブルのライブ感たっぷりの心躍るステージは、古いルネサンスの音楽を、今の世の音楽として生き生きと甦らせた。
コンサートが始まってすぐに「これはCDが欲しい」と思い、終演後、ニューアルバム「愛の手紙」を買ってコジェナーにサインをもらった。並んでいるときに初めてプロフィールを読んでチェコ出身であると知り、急いでネットでチェコ語を調べ、サインをもらったとき「デクイー(ありがとう)」、と伝えた。マグダレナさんも「デクイー」と返してくれた。サインをもらったCDは今夜の曲目をほぼ網羅している。輸入盤で日本語の歌詞対訳は入っていなかったが、会場では見れなかったプログラムの対訳をじっくり眺めながら、素晴らしかったリサイタルを追体験したい。
~愛の手紙~
王子ホール
【曲目】
♪ ヴィターリ/美しき瞳よ
♪ ディンディア/酷いアマリルリ
♪ カッチーニ/聞きたまえ、エウテルペ、甘い歌を
♪ ブリセーニョ/カラバンダ・チャコーナ(器楽曲)
♪ メールラ/今は眠るときですよ(子守歌による宗教的カンツォネッタ)
♪ サンス/カナリオス(器楽曲)
♪ ディンディア/穏やかな春風がもどり
♪ マリーニ/星とともに空に
♪ フォスカリーニ/パッサメッゾ(器楽曲)
♪ モンテヴェルディ/苦悩はとても甘く
♪ カプスベルガー/トッカータ・アルぺジアータ
♪ カプスベルガー/わたしのアウリッラ
♪ ディンディア/ああどうしたら? 物悲しい哀れな姿でもあなたが好き
♪ カプスベルガー/幸いなるかな、羊飼いたちよ
♪ フォスカリーニ/チャッコーナ(器楽曲)
♪ ストロッツィ/恋するヘラクレイトス
♪ サンス/曲芸師(器楽曲)
♪ メールラ/そう思う者はとんでもない
♪ モンテヴェルディ/ちょっと高慢なあの眼差し
【アンコール】
♪ カプスベルガー/Già Risi
♪ ディンディア/Sfere Fermate
♪ フレスコバルディ/そよ風が吹けば
コジェナーと聞けば「今売れっ子の歌手」というぐらいの知識と、プログラムへの興味、会場が王子ホールということで「行ってみようか」という気になった。で、これは大正解! 会場に着いたのがギリギリになってしまい、プロフィールも曲目解説も、せっかく載っていた歌詞対訳も読めずに聴き始めたが、早々と心はコジェナーの世界に染まってしまった。ルネサンス時代のイタリアの街中にタイムスリップし、路地でいつ果てるとも知れぬリュートの調べをバックに、とびきり容姿端麗の歌姫が熱い吐息とともに発する歌に酔い酔いしれている気分。
コジェナーのバックを務めるプリヴァーテ・ムジケはギターやリュート、テオルボなどの撥音楽器に低音の弦楽器、打楽器という編成の楽団で、コジェナーと共に、途切れることのない一種絵巻物のような世界を繰り広げて行った。 爪弾くギターを先頭に、アンサンブルのプレイヤーたちとコジェナーがステージに入場したときからコンサートは始まっていて、曲間も殆ど空けることなく、休憩も入らずに演奏は連綿とと続いて行った。プリヴァーテ・ムジケの演奏は絵巻物の背景。それは草原の上を吹き抜ける風のようでもあり、そこを渡り歩く遊牧民のようでもあり、永遠に続く自然や人々の営みが伝わってくるよう。
そこにコジェナーの歌が入るや、鮮やかな光と色が加わる。コジェナーの声は高級なシルクのような肌触りと光沢があり、滑らかで繊細に、何の無理も気負いもなく喜怒哀楽を歌に乗せる。歌を聴くときは必ず見る歌詞対訳は客席が暗くてよく見えず、いつもならそれでも懸命に読もうとするのだが、演奏そのものが伝えるメッセージが歌詞の意味を越えて強く訴えて来るように感じ、早々に対訳を見るのはやめてステージに見入った。実際、歌詞から解放されて演奏の世界に入り込むことができたと思う。
コジェナーの歌は自然に聴き手の身体に染み渡り、吟遊詩人の歌物語を聴くように、ワクワクしたりうるうるしたり、不安に駆られたり幸福に包まれたり… あらゆる感情を呼び起こす。それを、際立った濃厚な語り口や、アグレッシヴな表現を用いることなく、終始落ち着きを保ちながら一見さらりとやってしまうところに、コジェナーの歌手であり役者としての完璧と言える卓越した技を感じずにはいられない。ときにラテン音楽のようにノリノリで楽しげな歌と器楽アンサンブルのライブ感たっぷりの心躍るステージは、古いルネサンスの音楽を、今の世の音楽として生き生きと甦らせた。
コンサートが始まってすぐに「これはCDが欲しい」と思い、終演後、ニューアルバム「愛の手紙」を買ってコジェナーにサインをもらった。並んでいるときに初めてプロフィールを読んでチェコ出身であると知り、急いでネットでチェコ語を調べ、サインをもらったとき「デクイー(ありがとう)」、と伝えた。マグダレナさんも「デクイー」と返してくれた。サインをもらったCDは今夜の曲目をほぼ網羅している。輸入盤で日本語の歌詞対訳は入っていなかったが、会場では見れなかったプログラムの対訳をじっくり眺めながら、素晴らしかったリサイタルを追体験したい。