7月1日(金)青木尚佳(Vn)/今井 正(Pf)
浜離宮朝日ホール
【曲目】
1. タルティーニ/ヴァイオリン・ソナタ ト短調「悪魔のトリル」
2.ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ 第8番ト長調 Op.30-3
3.シマノフスキ/ノクターンとタランテラ Op.28
4.サン=サーンス/ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ニ短調 Op.75
【アンコール】
1.ラヴェル/ハバネラ形式の小品
2.クライスラー/愛の喜び
3.ドビュッシー/美しき夕暮れ
世界が注目するヴァイオリン界の若きホープ、青木尚佳さんが、4年間研鑽を積んだ英国王立音楽大学の卒業式を前に、留学前に行ったリサイタルから4年たった同じ日に、同じ会場でリサイタルを開いた。元々稀有の才能と実力を持った青木さんだが、今夜のリサイタルは4年間の目覚ましい躍進と活躍を物語って余りある素晴らしいものとなった。
冒頭に置かれたタルティーニの開始早々で、青木さんは大きく包み込む熱を帯びたヴァイオリンで聴き手の心を惹きつけた。この演奏を一言で表すとすれば「粋」。青木さんの演奏からは鮮やかな身のこなしで和服を羽織り、キュッと帯を締めて着こなして行く粋な所作が感じられた。音の端々まで気高い魂が行き届き、一つ一つの音が立ち上がってくる。
それが「悪魔のトリル」のカデンツァに突入するや、にわかに音楽の表情が殺気立ち、鬼気迫る妖気に支配された。重音にトリルが入るおどろおどろしいラインでは、悪魔に両肩を掴まれ、小刻みに揺すられているうちに異界へ運ばれていくような感覚で、この音楽の魔性に心を奪われてしまった。
次のベートーヴェンでは、タルティーニで聴かせた「粋」に、スリルと諧謔とロマンティシズムが加わり、美しいフォームを保ちながらも起伏と変化に富んだ演奏を生き生きと聴かせた。第1楽章は急流を渡る舟のイメージ。今井さんのピアノは渓谷を勢いよく流れる水。青木さんはオールを巧みに操って、快活なピアノの流れに乗って川を下って行く舟。そんなスリリングで絶妙なバランス感覚のデュオを楽しんだ。時おり勢いよく上がった冷たい水しぶきが、パシャッと顔に当たるような感覚も心地よい。
第2楽章は今井さんの左手から醸し出されるベースラインの妙が、音楽に立体感と動きをもたらした。青木さんが要所で聴かせるハッと息を呑む語りかけの美しさ、一つの旋律を二人で繋いで行く自然な息づかい… この楽章が単なる「ロマンチックな小品」ではないソナタの1つの楽章としての存在感をしっかりと主張してきた。
屈託なく駆け抜ける第3楽章は愉快で爽快!デュオが愉しげに笑い、ウキウキした気分を余すことなく届けてくれた。形式ばった演奏でも、鼻息荒い演奏でも、大袈裟な演奏でもない、ベートーヴェンの意気揚々としたスピリッツをシャープに伝える、内容の濃い充実の極みと言いたい演奏に大喝采!
黒のシックな衣装から、リラのエレガントな衣装にお色直しした後半の最初はシマノフスキ。妖しげな魅力を湛えたノクターンの妖艶な歌いまわしの魅力に心を奪われたかと思うと、後半のタランテラでは題名通りの踊りの世界に引き込まれた。ステージに1人、スポットライトを浴びたダンサーが高度な技を次々と決めながら踊りまわり、それをスポットライトが追うエキサイティングな光景が浮かんできた。
最後のサン=サーンスのソナタはまさしくリサイタルの集大成として、聴衆を最大のクライマックスへと導いた。パワーみなぎる快活な第1楽章から一転、濃厚で熱い歌を切々と聴かせた第2楽章の懐の深さ、第3楽章のスケルツォからは、心の奥深くに潜んでいた記憶に触れるような懐かしさを感じた。
そして圧巻は第4楽章。青木さん自身が書いたプログラムノートによれば「約8割が16分音符で埋め尽くされている」この楽章は、まさに16分音符の饗宴!青木さんは一音ごとの弓の返しで、細かい一つ一つの音全てに魂を入れ、意思を与えていた。それらの音符たちは青木さんの抜群のコントロールに乗って手をつなぎ、快活に踊り始める。そこから音価の長いフレーズに移ったときの解放感ときたら!引力から解かれて宇宙空間に飛び出すような爽快さ。終盤でのヴァイオリンとピアノでの、連続する16分音符がぴったりと噛み合ったアクロバティックなパッセージで、ドキドキ・ワクワク度が更に上昇、二人はフィギュアのアイスダンスのような駆け引きと呼吸合わせで一気に見事な高みへ登りつめた。スゴイの一言しかない!
サン=サーンスのこのソナタは初めて聴いたが、音楽としても飛び切りの名品ではないか。もっと頻繁に演奏されていい曲だ。それとも、この演奏だからここまでいい曲に感じたのだろうか。
今夜の演奏で青木さんに感じたのは、懐が深く貫禄が備わったこと。アンコールで演奏した3曲の小品も含め、作品を一段高い位置から俯瞰して音楽づくりをする姿勢を以前に増して感じた。青木さんは英国王立音楽大学卒業後もロンドンで更なる研鑽を積むとのこと。青木さんには際限が見えない底力が秘められていて、それがどんどん開花していく様子は頼もしさを通り越して「怖さ」さえ感じる。これからも一瞬たりとも目が離せない一番の注目ヴァイオリニストだ。
会場で配られたパンフレットの青木さん自身の手によるプログラムノートも良かった。調性がどう移り変わり、どんな形式で書かれ… などという無味乾燥な解説ではなく、曲のどこのどんなところに注目し、どんな魅力があるのか、ということをわかりやすく的確に書いてくれていたのが嬉しかった。
青木尚佳と仲間達 2015.4.5 スタジオリリカ
中島由紀(Pf) & 青木尚佳(Vn) デュオリサイタル 20103.12.28 サロンテッセラ
(私信)終演後にワグネルのコンサートのチケットをくださった「えん」のお仲間の方へ(お名前を失念してすみません):私は行けないため、うちの音楽好きの学生に譲りました。悪しからず…
浜離宮朝日ホール
【曲目】
1. タルティーニ/ヴァイオリン・ソナタ ト短調「悪魔のトリル」
2.ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ 第8番ト長調 Op.30-3
3.シマノフスキ/ノクターンとタランテラ Op.28
4.サン=サーンス/ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ニ短調 Op.75
【アンコール】
1.ラヴェル/ハバネラ形式の小品
2.クライスラー/愛の喜び
3.ドビュッシー/美しき夕暮れ
世界が注目するヴァイオリン界の若きホープ、青木尚佳さんが、4年間研鑽を積んだ英国王立音楽大学の卒業式を前に、留学前に行ったリサイタルから4年たった同じ日に、同じ会場でリサイタルを開いた。元々稀有の才能と実力を持った青木さんだが、今夜のリサイタルは4年間の目覚ましい躍進と活躍を物語って余りある素晴らしいものとなった。
冒頭に置かれたタルティーニの開始早々で、青木さんは大きく包み込む熱を帯びたヴァイオリンで聴き手の心を惹きつけた。この演奏を一言で表すとすれば「粋」。青木さんの演奏からは鮮やかな身のこなしで和服を羽織り、キュッと帯を締めて着こなして行く粋な所作が感じられた。音の端々まで気高い魂が行き届き、一つ一つの音が立ち上がってくる。
それが「悪魔のトリル」のカデンツァに突入するや、にわかに音楽の表情が殺気立ち、鬼気迫る妖気に支配された。重音にトリルが入るおどろおどろしいラインでは、悪魔に両肩を掴まれ、小刻みに揺すられているうちに異界へ運ばれていくような感覚で、この音楽の魔性に心を奪われてしまった。
次のベートーヴェンでは、タルティーニで聴かせた「粋」に、スリルと諧謔とロマンティシズムが加わり、美しいフォームを保ちながらも起伏と変化に富んだ演奏を生き生きと聴かせた。第1楽章は急流を渡る舟のイメージ。今井さんのピアノは渓谷を勢いよく流れる水。青木さんはオールを巧みに操って、快活なピアノの流れに乗って川を下って行く舟。そんなスリリングで絶妙なバランス感覚のデュオを楽しんだ。時おり勢いよく上がった冷たい水しぶきが、パシャッと顔に当たるような感覚も心地よい。
第2楽章は今井さんの左手から醸し出されるベースラインの妙が、音楽に立体感と動きをもたらした。青木さんが要所で聴かせるハッと息を呑む語りかけの美しさ、一つの旋律を二人で繋いで行く自然な息づかい… この楽章が単なる「ロマンチックな小品」ではないソナタの1つの楽章としての存在感をしっかりと主張してきた。
屈託なく駆け抜ける第3楽章は愉快で爽快!デュオが愉しげに笑い、ウキウキした気分を余すことなく届けてくれた。形式ばった演奏でも、鼻息荒い演奏でも、大袈裟な演奏でもない、ベートーヴェンの意気揚々としたスピリッツをシャープに伝える、内容の濃い充実の極みと言いたい演奏に大喝采!
黒のシックな衣装から、リラのエレガントな衣装にお色直しした後半の最初はシマノフスキ。妖しげな魅力を湛えたノクターンの妖艶な歌いまわしの魅力に心を奪われたかと思うと、後半のタランテラでは題名通りの踊りの世界に引き込まれた。ステージに1人、スポットライトを浴びたダンサーが高度な技を次々と決めながら踊りまわり、それをスポットライトが追うエキサイティングな光景が浮かんできた。
最後のサン=サーンスのソナタはまさしくリサイタルの集大成として、聴衆を最大のクライマックスへと導いた。パワーみなぎる快活な第1楽章から一転、濃厚で熱い歌を切々と聴かせた第2楽章の懐の深さ、第3楽章のスケルツォからは、心の奥深くに潜んでいた記憶に触れるような懐かしさを感じた。
そして圧巻は第4楽章。青木さん自身が書いたプログラムノートによれば「約8割が16分音符で埋め尽くされている」この楽章は、まさに16分音符の饗宴!青木さんは一音ごとの弓の返しで、細かい一つ一つの音全てに魂を入れ、意思を与えていた。それらの音符たちは青木さんの抜群のコントロールに乗って手をつなぎ、快活に踊り始める。そこから音価の長いフレーズに移ったときの解放感ときたら!引力から解かれて宇宙空間に飛び出すような爽快さ。終盤でのヴァイオリンとピアノでの、連続する16分音符がぴったりと噛み合ったアクロバティックなパッセージで、ドキドキ・ワクワク度が更に上昇、二人はフィギュアのアイスダンスのような駆け引きと呼吸合わせで一気に見事な高みへ登りつめた。スゴイの一言しかない!
サン=サーンスのこのソナタは初めて聴いたが、音楽としても飛び切りの名品ではないか。もっと頻繁に演奏されていい曲だ。それとも、この演奏だからここまでいい曲に感じたのだろうか。
今夜の演奏で青木さんに感じたのは、懐が深く貫禄が備わったこと。アンコールで演奏した3曲の小品も含め、作品を一段高い位置から俯瞰して音楽づくりをする姿勢を以前に増して感じた。青木さんは英国王立音楽大学卒業後もロンドンで更なる研鑽を積むとのこと。青木さんには際限が見えない底力が秘められていて、それがどんどん開花していく様子は頼もしさを通り越して「怖さ」さえ感じる。これからも一瞬たりとも目が離せない一番の注目ヴァイオリニストだ。
会場で配られたパンフレットの青木さん自身の手によるプログラムノートも良かった。調性がどう移り変わり、どんな形式で書かれ… などという無味乾燥な解説ではなく、曲のどこのどんなところに注目し、どんな魅力があるのか、ということをわかりやすく的確に書いてくれていたのが嬉しかった。
青木尚佳と仲間達 2015.4.5 スタジオリリカ
中島由紀(Pf) & 青木尚佳(Vn) デュオリサイタル 20103.12.28 サロンテッセラ
(私信)終演後にワグネルのコンサートのチケットをくださった「えん」のお仲間の方へ(お名前を失念してすみません):私は行けないため、うちの音楽好きの学生に譲りました。悪しからず…