facciamo la musica! & Studium in Deutschland

足繁く通う演奏会の感想等でクラシック音楽を追求/面白すぎる台湾/イタリアやドイツの旅日記/「ドイツ留学相談室」併設

新国立劇場オペラ公演 「イェヌーファ」

2016年03月08日 | pocknのコンサート感想録2016
3月8日(火)新国立劇場オペラ公演
新国立劇場

【演目】
ヤナーチェク/「イェヌーファ」

【配役】
ブリヤ家の女主人:ハンナ・シュヴァルツ/ラツァ:ヴィル・ハルトマン/シュテヴァ: ジャンルカ・ザンピエーリ/コステルニチカ:ジェニファー・ラーモア/イェヌーファ:ミヒャエラ・カウネ/粉屋の親方:萩原 潤/村長:志村文彦/村長夫人:与田朝子/カロルカ:針生美智子/羊飼いの女:鵜木絵里/バレナ:小泉詠子/ヤノ:吉原圭子

【演奏】
トマーシュ・ハヌス指揮 東京交響楽団/新国立劇場合唱団
【演出】クリストフ・ロイ
【美術】ディルク・ベッカー
【衣装】ユディット・ヴァイラオホ【照明】ベルント・プルクラベク【振付】トーマス・ヴィルヘルム
【舞台監督】斉藤美穂


ヤナーチェクのオペラ「イェヌーファ」は、お恥ずかしながら、今回の公演のことを知るまでその存在すら知らなかった。しかし、「シンフォニエッタ」や弦楽四重奏曲、ピアノソナタなどから聴き取れるヤナーチェクの音楽の濃厚さ、沸き上がる熱い血や苦悩、その中から覗く冷静な「眼差し」が、オペラでどのような形で現れるかという興味と、この公演の高い前評判も加わり、期待して出かけた。そして、今夜の上演を観て聴いて、その期待を更に上回る感嘆と感動を味わった。それは、作品そのものの素晴らしさと、公演の質の高さの両者がもたらしたものだった。

予習もせず初めて接する作品だったが、その素晴らしさはハンパではなかった。物語は非常にショッキングで残酷な内容ではあるが、様々な「事件」を巡り、登場人物たちの多面的で多層的な心を見事に描き出し、単なるサスペンスとは異なる深みを生み出していた。これは、台本としての完成度の高さもあるが、この台本に音をつけたヤナーチェクの卓越した作曲の手腕に依るところが計り知れないほど大きい。

大編成のオーケストラを使いながら、その手法はとても室内楽的で、細やかに、明瞭に、人の心の奥深くに潜むもの、それが微妙に変化する様子を描き出し、ストーリーの要所を的確に押さえ、聴き手の耳を常に釘付け状態にする。苦しみや恐れ、怒りなどを鮮烈に深く鋭く切り込んで表現する一方で、愛や慰め、悲しみの表現では、音楽に人間的な温かみと、独特な匂いが具わる。この人間臭さが、ヤナーチェクの真骨頂ではないだろうか。これがあることで、血も凍るようなおぞましい物語であっても、観る者の心に「救い」をもたらしてくれる。

それから、音楽のなかに度々現れる「沈黙」の効果!時間が止まったような「静寂」から、実際に放たれる音以上に様々な「意味」を投げかけてくる。これは、闇雲に休符を入れればできることではなく、ヤナーチェクの感性の成せる業であると同時に、ヤナーチェックが求めた沈黙の「意味」を、演奏でどう実現できるかが鍵となる。それを見事にやってのけたのが今夜の演奏だった。

トマーシュ・ハヌス指揮の東響は、こうした沈黙での間の取り方や、その前後の処理に限らず、オペラの全編に渡って常に登場人物の歌に寄り添い、その場その場の情景と人間の感情を、研ぎ澄まされ、深くてクリアな筆致で見事に聴かせてくれた。ヴァイオリンやクラリネットのソロ、チェロのユニゾンなどが聴かせる単旋律の歌も惚れ惚れするほど素晴らしい。この「歌」があったことで、「イェヌーファ」というオペラが熱い血が通っている作品であることを、随所で示してくれた。

もちろん楽器による「歌」だけではなく、歌手達による歌もケタ外れのハイレベルが揃った。凄味さえ感じる貫禄の歌唱で聴き手の心を集めたベテランのハンナ・シュヴァルツは、その存在感で圧倒していた。コステルニチカを歌ったラーモアは、キリッと引き締まった厳しさを持ち、継母の権威や嬰児殺害の非情さを聴かせる一方で、苦悩する姿やイェヌーファへ注ぐ愛の深さでも、卓越した振幅の表現力で聴き手に迫って来た。タイトルロールのミヒャエラ・カウネは、様々な感情を吐露するこの役を、密度の濃い歌唱で無駄なものを取り払ってリアルに表現し、聴き手の心を掴んだ。ラツァ役のハルトマンも素晴らしい。この役に相応しいブレのない熱い歌は、この物語のその先まで確信できるような強さに貫かれていた。

シュテヴァを歌ったザンピエーリ、そして外国人キャストを脇で固めた日本人キャスト、それから合唱も皆文句なしの出来栄え。共通して言えることは、余計な肉を削ぎ落とし、凝縮された濃密な表現で、このオペラの核心をくっきりと浮かび上がらせていたこと。それが、上演全体の精度を高め、上演に深みをもたらした。

シンプルだけれど、やはり無駄なものを切り詰めたロイの演出も良かったのではないだろうか。出口の見えない密室性と、清廉さや真実を象徴するような白を基調とした配色の部屋、窓の外に見える麦秋の景色が雪に覆われ、やがて雪解けを迎えるという変化は、時間の経過と共に人の心の変化や、神様の「目」さえ感じさせた。最初から最後まで舞台に現れ、苦悩の表情を見せたコステルニチカは、タイトルロール以上に存在を示し、観ている者に、残酷で非道な物語の不可避性を認めさせた。同様に、第1幕ではラツァを心配そうにずっと見守るバレナ(小泉詠子)の印象的な姿が、ラツァが起こしてしまった事件の必然性を感じさせ、同情さえ誘った。

幕切れの輝かしい大きなクライマックスには、それまでに起きた全てのことが凝縮され、ただおめでたいだけではない、様々な意味が込められているのが感じられ、「痛み」を伴った感動が心の底から湧き上がってきた。

ソリスト、合唱、オーケストラ、舞台、演出どれをとっても秀でた上演が、ヤナーチェクが音楽でこの作品に託した真の姿を顕わにし、それは結晶となって輝いた。僕にとって今夜の「イェヌーファ」は、これまで観たオペラ上演の中でも指折りの、記憶に深く刻まれる上演となった。公演は3/11の1回を残すのみ。是非ともできるだけ多くの人にお勧めしたい!

拡散希望記事!STOP!エスカレーターの片側空け

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« イタリアを凝縮 ディープな... | トップ | 仲道郁代 ピアノリサイタル »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (IANIS)
2016-03-12 23:31:56
3.11に観ました(翌日と合わせて)。感動。
ロイの演出、出演者の凄みさえ感じさせる声と演技(オッシャル通り、ハンナ・シュヴァルツとジェニファー・ラーモア)、そしてハヌイ指揮に応えた、東響の信じられない位素晴らしい演奏(なお、翌日のエッティンガー指揮によった「サロメ」も凄い演奏でした)・・・。
返信する
JANISさまへ (pockn)
2016-03-15 09:28:13
オペラ通のJANISさんがそこまで絶賛される公演とうかがい、益々良いオペラが観れた!という思いを強めています。「イェヌーファ」、なかなか日本のオペラ公演の演目には上がりませんが、他のヤナーチェクのオペラ共々、これをきっかけにどんどん取り上げてもらいたいですね!
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

pocknのコンサート感想録2016」カテゴリの最新記事