11月23日(木)バッハ・コレギウム・ジャパン:歌劇「ポッペアの戴冠」
~モンテヴェルディ生誕450年記念~
【演目】
モンテヴェルディ/歌劇「ポッペアの戴冠」(演奏会形式)全3幕
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台本:フランチェスコ・ブゼネッロ
東京オペラシティコンサートホール タケミツメモリアル
【配役】
ポッペア:森麻季/ネローネ:レイチェル・ニコルズ/オットーネ:クリント・ファン・デア・リンデ/オッターヴィア:波多野睦美/フォルトゥナ/ドゥルジッラ:森谷真理/ヴィルトゥ:澤江衣里/アモーレ:小林沙羅/アルナルタ/乳母:藤木大地/ルカーノ:櫻田亮/セネカ:ディングル・ヤンデル/メルクーリオ:加耒徹/ダミジェッラ:松井亜希/パッラーデ:清水梢/兵士Ⅱ:谷口洋介
【舞台構成】田尾下哲
【演奏】
鈴木優人指揮 バッハ・コレギウム・ジャパン
モンテヴェルディ生誕450年の今年、バッハ・コレギウム・ジャパンが、宗教作品の大作「聖母マリアの夕べの祈り」の名演(9月)に続き、今度は世俗作品の大作にして傑作オペラ「ポッペアの戴冠」で、歴史的名公演を実現した。
オペラハウスのレパートリーとして親しまれているオペラで一番古いものがモーツァルトだとすれば、更に100年も前に作られたこのオペラは、私達に馴染みのものとは毛色が異なる。普段のオペラシティコンサートホールと違って真っ暗な客席に、ステージだけが仄かに照らされ、古代ローマ帝国の物語を、小編成のオーケストラの伴奏で、入れ替わり立ち替わり現れる大勢の登場人物によるレチタティーヴォ風の歌が淡々と続くのを聴いているうちに、最初はウトウトしてしまうこともあったが、ひと度モンテヴェルディの音楽と、歌と器楽演奏の魅力に呼び覚まされるや、1幕後半からは音楽とドラマにすっかりハマってしまい、どんどん引き込まれて行った。
凄いと思ったのは、モンテヴェルディの音楽そのものと、それを体現した演奏陣の両方。最初こそ、もともと小規模なオケなのにトゥッティで演奏するのは時たまの間奏的な部分だけで、専ら数名による通奏低音が続くことが物足りなく、これが4時間続くのか、と思ってしまったが、これが登場人物のキャラクターや心情を見事に弾き分け、音楽が手に汗握るほどスリリングで雄弁に迫ってくることを感じてからは、時間を忘れてオペラに没頭してしまった。
例えば、殺人の犯人と決めつけて責めるネローネと、それに抗いつつ罪を被ろうとするドゥルジッラのやり取りの対比のダイナミズムなど。そうした個々のダイナミックな展開に、要所で登場するトゥッティによる器楽演奏がズームアウトでググーッとオペラ(物語)の全体像を俯瞰し、オペラ全体をさらにドラマチックに演出する。そこに、ネローネとポッペアの甘く官能的な愛のデュエットや、オッターヴィアの悲哀、アモーレの快活さなどの各シーンが細やかで彩り豊かなニュアンスを添え、あらゆる魅力を具えたオペラに仕上がって行く。
これはモンテヴェルディによって構築された音によるマジックの賜物だし、緻密で優れた台本のおかげでもあろうが、鈴木優人指揮バッハ・コレギウム・ジャパンと歌い手たちの卓越した演奏があって初めて体感できる魅力だろう。
多くの登場人物がそれぞれに大切な役割を果たすこのオペラは上演が難しいと思うが、今日のキャストは出番の少ない役に至るまで本当に粒ぞろい、と言うか輝いていて、一人一人コメントしたいところだが、ここでは出番が多い役の一部についてだけ述べたい。
まずタイトルロールのポッペアを歌った森麻季は、后となる気品と貫録を具え、男を引き寄せるフェロモンも漂わせ、表情豊かな美声で聴衆を魅了した。以前森さんの歌を聴いたときは、線の細さに物足りなさを感じたが、体格もふくよかになり(決して太ってはいない!)、表現がぐっと豊かになった。
ネローネ役のレイチェル・ニコルズは、残虐で冷徹なローマ皇帝の役柄を、憎らしくなるほど見事に表現した。フランス大統領選挙で話題を呼んだ極右のマリーヌ・ル・ペンと顔が似ていると思ったのは、ルペンに抱くイメージとの共通点を感じたからだろうか。そのネローネと不倫関係にあるポッペアへ未練タラタラのオットーネをひたすら愛し、殺人の罪まで被り、オットーネと2人、流罪となることを喜ぶドゥルジッラを歌った森谷真理は、情熱や一途さだけでなく、知性とのバランスも取れた強さが光る歌を聴かせてくれた。
そして、ルネサンス、バロックの声楽界を常にリードしている波多野睦美が歌うオッターヴィアは、オットーネにポッペア殺しを命じる場面でも「こんなはずじゃなかった」的な人間臭さをムンムンと漂わせ、終幕でポッペアがネローネの后となった華やかな音楽に続いて、流刑を言い渡された悲哀の表現は、パッサカリア調の奏楽とも相まって、このオペラが本当のハッピーエンドオペラでないことを如実に伝えていた。もう一人、オペラの要所で大切な役を果たす愛の神アモーレ役の小林沙羅は、瑞々しく生き生きと、天真爛漫に「愛」を歌い、聡明さも感じさせ、深刻なオペラに「爽やかな愛の風」を吹かせ、「魔笛」に出てくる三人の童子を思わせた。
終演後は、演奏会形式のバロックオペラの上演とは思えないような熱い大喝采とブラボーが飛び交った。この反応は全く自然で、オペラのスタンダードナンバーの上演と引けを取らない強いインパクトと感動を与えてくれ、モンテヴェルディの年に、その真価を明確に示したと言える。次は本格上演で是非観てみたい。
バッハ・コレギウム・ジャパン:聖母マリアの夕べの祈り 2017.9.24 東京オペラシティコンサートホール
CDリリースのお知らせ
さびしいみすゞ、かなしいみすゞ ~金子みすゞの詩による歌曲集~
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台本:フランチェスコ・ブゼネッロ
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【配役】
ポッペア:森麻季/ネローネ:レイチェル・ニコルズ/オットーネ:クリント・ファン・デア・リンデ/オッターヴィア:波多野睦美/フォルトゥナ/ドゥルジッラ:森谷真理/ヴィルトゥ:澤江衣里/アモーレ:小林沙羅/アルナルタ/乳母:藤木大地/ルカーノ:櫻田亮/セネカ:ディングル・ヤンデル/メルクーリオ:加耒徹/ダミジェッラ:松井亜希/パッラーデ:清水梢/兵士Ⅱ:谷口洋介
【舞台構成】田尾下哲
【演奏】
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モンテヴェルディ生誕450年の今年、バッハ・コレギウム・ジャパンが、宗教作品の大作「聖母マリアの夕べの祈り」の名演(9月)に続き、今度は世俗作品の大作にして傑作オペラ「ポッペアの戴冠」で、歴史的名公演を実現した。
オペラハウスのレパートリーとして親しまれているオペラで一番古いものがモーツァルトだとすれば、更に100年も前に作られたこのオペラは、私達に馴染みのものとは毛色が異なる。普段のオペラシティコンサートホールと違って真っ暗な客席に、ステージだけが仄かに照らされ、古代ローマ帝国の物語を、小編成のオーケストラの伴奏で、入れ替わり立ち替わり現れる大勢の登場人物によるレチタティーヴォ風の歌が淡々と続くのを聴いているうちに、最初はウトウトしてしまうこともあったが、ひと度モンテヴェルディの音楽と、歌と器楽演奏の魅力に呼び覚まされるや、1幕後半からは音楽とドラマにすっかりハマってしまい、どんどん引き込まれて行った。
凄いと思ったのは、モンテヴェルディの音楽そのものと、それを体現した演奏陣の両方。最初こそ、もともと小規模なオケなのにトゥッティで演奏するのは時たまの間奏的な部分だけで、専ら数名による通奏低音が続くことが物足りなく、これが4時間続くのか、と思ってしまったが、これが登場人物のキャラクターや心情を見事に弾き分け、音楽が手に汗握るほどスリリングで雄弁に迫ってくることを感じてからは、時間を忘れてオペラに没頭してしまった。
例えば、殺人の犯人と決めつけて責めるネローネと、それに抗いつつ罪を被ろうとするドゥルジッラのやり取りの対比のダイナミズムなど。そうした個々のダイナミックな展開に、要所で登場するトゥッティによる器楽演奏がズームアウトでググーッとオペラ(物語)の全体像を俯瞰し、オペラ全体をさらにドラマチックに演出する。そこに、ネローネとポッペアの甘く官能的な愛のデュエットや、オッターヴィアの悲哀、アモーレの快活さなどの各シーンが細やかで彩り豊かなニュアンスを添え、あらゆる魅力を具えたオペラに仕上がって行く。
これはモンテヴェルディによって構築された音によるマジックの賜物だし、緻密で優れた台本のおかげでもあろうが、鈴木優人指揮バッハ・コレギウム・ジャパンと歌い手たちの卓越した演奏があって初めて体感できる魅力だろう。
多くの登場人物がそれぞれに大切な役割を果たすこのオペラは上演が難しいと思うが、今日のキャストは出番の少ない役に至るまで本当に粒ぞろい、と言うか輝いていて、一人一人コメントしたいところだが、ここでは出番が多い役の一部についてだけ述べたい。
まずタイトルロールのポッペアを歌った森麻季は、后となる気品と貫録を具え、男を引き寄せるフェロモンも漂わせ、表情豊かな美声で聴衆を魅了した。以前森さんの歌を聴いたときは、線の細さに物足りなさを感じたが、体格もふくよかになり(決して太ってはいない!)、表現がぐっと豊かになった。
ネローネ役のレイチェル・ニコルズは、残虐で冷徹なローマ皇帝の役柄を、憎らしくなるほど見事に表現した。フランス大統領選挙で話題を呼んだ極右のマリーヌ・ル・ペンと顔が似ていると思ったのは、ルペンに抱くイメージとの共通点を感じたからだろうか。そのネローネと不倫関係にあるポッペアへ未練タラタラのオットーネをひたすら愛し、殺人の罪まで被り、オットーネと2人、流罪となることを喜ぶドゥルジッラを歌った森谷真理は、情熱や一途さだけでなく、知性とのバランスも取れた強さが光る歌を聴かせてくれた。
そして、ルネサンス、バロックの声楽界を常にリードしている波多野睦美が歌うオッターヴィアは、オットーネにポッペア殺しを命じる場面でも「こんなはずじゃなかった」的な人間臭さをムンムンと漂わせ、終幕でポッペアがネローネの后となった華やかな音楽に続いて、流刑を言い渡された悲哀の表現は、パッサカリア調の奏楽とも相まって、このオペラが本当のハッピーエンドオペラでないことを如実に伝えていた。もう一人、オペラの要所で大切な役を果たす愛の神アモーレ役の小林沙羅は、瑞々しく生き生きと、天真爛漫に「愛」を歌い、聡明さも感じさせ、深刻なオペラに「爽やかな愛の風」を吹かせ、「魔笛」に出てくる三人の童子を思わせた。
終演後は、演奏会形式のバロックオペラの上演とは思えないような熱い大喝采とブラボーが飛び交った。この反応は全く自然で、オペラのスタンダードナンバーの上演と引けを取らない強いインパクトと感動を与えてくれ、モンテヴェルディの年に、その真価を明確に示したと言える。次は本格上演で是非観てみたい。
バッハ・コレギウム・ジャパン:聖母マリアの夕べの祈り 2017.9.24 東京オペラシティコンサートホール
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