2月21日(土)東京藝術大学バッハカンタータクラブ
藝大内 奏楽堂
【曲目】
1.バッハ/カンタータ 第156番「墓に片足を入れ」BWV156
S:中須美喜/A:野間愛/T:金沢青児/B:青木海斗
2. バッハ/3つのヴァイオリンのための協奏曲ニ長調 BWV1064r
Vn:丸山韶、吉田爽子、高橋奈緒
3. C.P.E.バッハ/クレドへの序奏 H.848
4.バッハ/ミサ曲 ロ短調 BWV232より「ニカイア信条」(クレド)
S:中須美喜/A:前島眞奈美/B:青木海斗
【アンコール】
バッハ/カンタータ 第29番「神よ、われ汝に感謝す」BWV29~第2曲
【演奏】
櫻井元希 指揮 東京藝術大学バッハカンタータクラブ
「バッハってホントにいいなぁ!」
芸大バッハカンタータクラブの演奏会を聴いたあとは、いつでもこう心から実感するのだが、今日の定期演奏会でもそれをつくづく感じた。今回の定期のプログラム後半には大作「ロ短調ミサ」の最も大規模な章である「クレド」が置かれ、メンバーのバッハ演奏に賭ける変わらぬ本気度が窺えたが、早々と前半の曲目からバッハの世界に陶酔した。
カンタータ156番は、山本楓さんが奏でる優しく愛撫するような温もりのあるオーボエで始まった。このカンタータは、肉体がどんなに病に蝕まれようとも、魂はいつでも健やかに保ち、神様に全てを委ねることの意味を説いているが、山本さんのオーボエは、そんな疲れ果てた瀕死の病人に、勇気と癒しを与えるように胸に沁みた。
続く「アリアとコラール」でも、そんな癒しの調べが聴こえてきた。中須さんが歌うコラールから伝わる清澄でひた向きな思い、金沢さんのアリアはそんなコラールの思いの行間を優しく満たす。更にそこへ心から慈しむように奏でられる弦楽器のオブリガートの何と柔らかなライン!この弦楽合奏が、コラールとアリア全体を優しく包み込み、極上の幸福感をもたらした。続くアルトのアリアで、神へ身を委ねる気持ちは確信へと高まる。前回も心温まる慈しみ深い歌を聴かせてくれた野間さんが、今日も心からの共感へと導いてくれた。歌っている顔の表情が歌詞とぴったり合っていることで、益々歌に気持ちが入って行けた。
アリアでの確信を、青木さんの朗々とした美声によるレチタティーヴォが受け継ぐことで、確信は揺るぎないものとなる。全曲を締めくくるコラールが、その揺るぎない確信を唱和するのを聴いて、身も心も清められた気持ちになった。カンタータクラブの演奏からは、いつものように愛や慈しみ、励ましが切々と伝わってきた。
2曲目は弦楽器と通奏低音だけによるコンチェルト。コレルリを思わせるイタリア的で明るく軽やかなメロディーとリズムが心を浮き立たせた。3人のヴァイオリンのソリスト達が模倣したり受け渡したりする妙技が耳を引いた。トップのソロを受け持った丸山さんは、去年も「ブランデンブルク」で柔らかく流麗なヴァイオリンを聴かせてくれたが、今日の演奏でもこの音楽に相応しいフワッとしたニュアンスが表現され、他の二人のソリストもこれに自然に呼応して素敵なアンサンブルを聴かせてくれた。
プログラム後半、ロ短調ミサの「クレド」に先立って演奏されたのはエマヌエル・バッハの「クレドへの序奏」。これは実際にロ短調ミサの「クレド」を単独で演奏する際の序奏として作曲されたということで、クレドへの期待感を高める厳かさがあった。
そして始まった「クレド」。前半のカンタータではコラールでしか聴けなかったカンタータクラブの素晴らしい合唱を、ここではたっぷりと堪能できたことが何より嬉しい。このクラブの合唱は、ギュッと濃厚なエキスが詰まり、艶やかな響きが美しいだけでなく、活きが良くて瑞々しく、喜びに満ちている。
実際のクリスチャンは少数でありながら、「神を信じる」という言葉が確信と幸福感を伴って伝わってくるのは、バッハの音楽に対する共感と愛情の証しだろう。それは、この章の中央に位置する「クルチフィクスス」のような幸福とは対極の悲痛な場面などでも心からの共感が伝わってきた。ソロでは、ここで初登場となったアルトの前島さんの、こぼれるような笑みから歌われる、柔らかく奥行きのある表情の歌がとても良かった。
今日の演奏会では是非やってもらいたいアンコールがあった。僕にとってはロ短調ミサでは絶対に欠かせない終曲の「ドナ・ノービス・パーチェム」を聴きたかった。そして鳴り響いたのは、歌詞は異なったが、まさに期待していた音楽の原曲。合唱とオーケストラが一丸となって実現した輝かしく感動的な演奏に目頭が熱くなった。本当に素晴らしい!
来年の定期演奏会では、この大曲を全曲披露することが決まっているという。1年半をかけて仕上げようとする団員たちの意気込みはスゴイ。カンタータクラブのロ短調ミサと言えば、2000年の定期演奏会で、それまでずっと指導教官をやっていらした小林道夫氏が退官を前にこの曲を取り上げたときの感銘深い演奏が未だに記憶に刻まれている。
今日の演奏では、例えば第8曲の厳粛な音楽から、華やかな第9曲へ移行する際の劇的な変化などで、未消化な部分を感じるところもあったが、1年後のステージでは、カンタータクラブはきっと様々な課題を克服して、一層素晴らしい演奏を聴かせてくれるに違いない。
最後にこの素晴らしいカンタータクラブへお願いが一つ。カンタータクラブは、バッハの演奏でピリオド楽器やピリオド奏法を用いることがとっくに主流になっていた2000年のロ短調ミサの演奏会でも、モダン楽器による伝統的な奏法で演奏していたが、気が付くと、楽器はモダンのままだが、奏法はいつからか古楽器奏法を取り入れるようになった。更に今日気づいたのは、チェロのエンドピンを使っていなかったこと。
古楽器の響きを追及すること自体に異は唱えないが、モダン楽器を使うことは是非とも続けて欲しい。それは、古楽器を扱わない学生に対して、バッハのこんなにも豊かで奥深く、素晴らしい世界への扉を閉ざして欲しくないため。カンタータクラブには、合唱などに美校の学生が加わることがあるほど、バッハを愛する人に開かれた集団で、これは本当に素晴らしいことだと思う。
時代考証や真の演奏効果を徹底的に追及するなら、昨今広がりを見せつつある、合唱での1パート一人という編成もありかも知れない。しかし、それをやってしまうと、カンタータクラブのおかげでバッハの素晴らしさを体験できるはずの多くの学生を締め出すことになってしまう。アルトのソロに女声を起用しないことも然り。カンタータクラブは、「モダン楽器と大所帯の合唱」という、ハイレベルなバッハを演奏する集団としては特異な、しかし素晴らしい独自の存在として今後も歩み続けてもらいたい。
2014年 東京芸術大学バッハカンタータクラブ藝祭演奏会
2014年 東京芸術大学バッハカンタータクラブ定期演奏会
拡散希望記事!STOP!エスカレーターの片側空け
藝大内 奏楽堂
【曲目】
1.バッハ/カンタータ 第156番「墓に片足を入れ」BWV156
S:中須美喜/A:野間愛/T:金沢青児/B:青木海斗
2. バッハ/3つのヴァイオリンのための協奏曲ニ長調 BWV1064r
Vn:丸山韶、吉田爽子、高橋奈緒
3. C.P.E.バッハ/クレドへの序奏 H.848
4.バッハ/ミサ曲 ロ短調 BWV232より「ニカイア信条」(クレド)
S:中須美喜/A:前島眞奈美/B:青木海斗
【アンコール】
バッハ/カンタータ 第29番「神よ、われ汝に感謝す」BWV29~第2曲
【演奏】
櫻井元希 指揮 東京藝術大学バッハカンタータクラブ
「バッハってホントにいいなぁ!」
芸大バッハカンタータクラブの演奏会を聴いたあとは、いつでもこう心から実感するのだが、今日の定期演奏会でもそれをつくづく感じた。今回の定期のプログラム後半には大作「ロ短調ミサ」の最も大規模な章である「クレド」が置かれ、メンバーのバッハ演奏に賭ける変わらぬ本気度が窺えたが、早々と前半の曲目からバッハの世界に陶酔した。
カンタータ156番は、山本楓さんが奏でる優しく愛撫するような温もりのあるオーボエで始まった。このカンタータは、肉体がどんなに病に蝕まれようとも、魂はいつでも健やかに保ち、神様に全てを委ねることの意味を説いているが、山本さんのオーボエは、そんな疲れ果てた瀕死の病人に、勇気と癒しを与えるように胸に沁みた。
続く「アリアとコラール」でも、そんな癒しの調べが聴こえてきた。中須さんが歌うコラールから伝わる清澄でひた向きな思い、金沢さんのアリアはそんなコラールの思いの行間を優しく満たす。更にそこへ心から慈しむように奏でられる弦楽器のオブリガートの何と柔らかなライン!この弦楽合奏が、コラールとアリア全体を優しく包み込み、極上の幸福感をもたらした。続くアルトのアリアで、神へ身を委ねる気持ちは確信へと高まる。前回も心温まる慈しみ深い歌を聴かせてくれた野間さんが、今日も心からの共感へと導いてくれた。歌っている顔の表情が歌詞とぴったり合っていることで、益々歌に気持ちが入って行けた。
アリアでの確信を、青木さんの朗々とした美声によるレチタティーヴォが受け継ぐことで、確信は揺るぎないものとなる。全曲を締めくくるコラールが、その揺るぎない確信を唱和するのを聴いて、身も心も清められた気持ちになった。カンタータクラブの演奏からは、いつものように愛や慈しみ、励ましが切々と伝わってきた。
2曲目は弦楽器と通奏低音だけによるコンチェルト。コレルリを思わせるイタリア的で明るく軽やかなメロディーとリズムが心を浮き立たせた。3人のヴァイオリンのソリスト達が模倣したり受け渡したりする妙技が耳を引いた。トップのソロを受け持った丸山さんは、去年も「ブランデンブルク」で柔らかく流麗なヴァイオリンを聴かせてくれたが、今日の演奏でもこの音楽に相応しいフワッとしたニュアンスが表現され、他の二人のソリストもこれに自然に呼応して素敵なアンサンブルを聴かせてくれた。
プログラム後半、ロ短調ミサの「クレド」に先立って演奏されたのはエマヌエル・バッハの「クレドへの序奏」。これは実際にロ短調ミサの「クレド」を単独で演奏する際の序奏として作曲されたということで、クレドへの期待感を高める厳かさがあった。
そして始まった「クレド」。前半のカンタータではコラールでしか聴けなかったカンタータクラブの素晴らしい合唱を、ここではたっぷりと堪能できたことが何より嬉しい。このクラブの合唱は、ギュッと濃厚なエキスが詰まり、艶やかな響きが美しいだけでなく、活きが良くて瑞々しく、喜びに満ちている。
実際のクリスチャンは少数でありながら、「神を信じる」という言葉が確信と幸福感を伴って伝わってくるのは、バッハの音楽に対する共感と愛情の証しだろう。それは、この章の中央に位置する「クルチフィクスス」のような幸福とは対極の悲痛な場面などでも心からの共感が伝わってきた。ソロでは、ここで初登場となったアルトの前島さんの、こぼれるような笑みから歌われる、柔らかく奥行きのある表情の歌がとても良かった。
今日の演奏会では是非やってもらいたいアンコールがあった。僕にとってはロ短調ミサでは絶対に欠かせない終曲の「ドナ・ノービス・パーチェム」を聴きたかった。そして鳴り響いたのは、歌詞は異なったが、まさに期待していた音楽の原曲。合唱とオーケストラが一丸となって実現した輝かしく感動的な演奏に目頭が熱くなった。本当に素晴らしい!
来年の定期演奏会では、この大曲を全曲披露することが決まっているという。1年半をかけて仕上げようとする団員たちの意気込みはスゴイ。カンタータクラブのロ短調ミサと言えば、2000年の定期演奏会で、それまでずっと指導教官をやっていらした小林道夫氏が退官を前にこの曲を取り上げたときの感銘深い演奏が未だに記憶に刻まれている。
今日の演奏では、例えば第8曲の厳粛な音楽から、華やかな第9曲へ移行する際の劇的な変化などで、未消化な部分を感じるところもあったが、1年後のステージでは、カンタータクラブはきっと様々な課題を克服して、一層素晴らしい演奏を聴かせてくれるに違いない。
最後にこの素晴らしいカンタータクラブへお願いが一つ。カンタータクラブは、バッハの演奏でピリオド楽器やピリオド奏法を用いることがとっくに主流になっていた2000年のロ短調ミサの演奏会でも、モダン楽器による伝統的な奏法で演奏していたが、気が付くと、楽器はモダンのままだが、奏法はいつからか古楽器奏法を取り入れるようになった。更に今日気づいたのは、チェロのエンドピンを使っていなかったこと。
古楽器の響きを追及すること自体に異は唱えないが、モダン楽器を使うことは是非とも続けて欲しい。それは、古楽器を扱わない学生に対して、バッハのこんなにも豊かで奥深く、素晴らしい世界への扉を閉ざして欲しくないため。カンタータクラブには、合唱などに美校の学生が加わることがあるほど、バッハを愛する人に開かれた集団で、これは本当に素晴らしいことだと思う。
時代考証や真の演奏効果を徹底的に追及するなら、昨今広がりを見せつつある、合唱での1パート一人という編成もありかも知れない。しかし、それをやってしまうと、カンタータクラブのおかげでバッハの素晴らしさを体験できるはずの多くの学生を締め出すことになってしまう。アルトのソロに女声を起用しないことも然り。カンタータクラブは、「モダン楽器と大所帯の合唱」という、ハイレベルなバッハを演奏する集団としては特異な、しかし素晴らしい独自の存在として今後も歩み続けてもらいたい。
2014年 東京芸術大学バッハカンタータクラブ藝祭演奏会
2014年 東京芸術大学バッハカンタータクラブ定期演奏会
拡散希望記事!STOP!エスカレーターの片側空け