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東京二期会オペラ劇場「イドメネオ」

2014年09月12日 | pocknのコンサート感想録2014
9月12日(金)東京二期会オペラ劇場

新国立劇場オペラパレス


【演目】
モーツァルト/「イドメネオ」
【配役】
イドメネオ:与儀 巧、イダマンテ:山下牧子、イリア: 新垣有希子 、エレットラ:大隅智佳子、アルバーチェ: 大川信之 、大司祭:羽山晃生、声:倉本晋児

【演出】ダミアーノ・ミキエレット
【装置】パオロ・ファンティン【衣裳】 カルラ・テーティ 【照明】 アレクサンドロ・カルレッティ

【演奏】
準・メルクル指揮 東京交響楽団/二期会合唱団

数あるオペラのなかでモーツァルトのオペラは一番数多く観ているが、「イドメネオ」ははるか昔に武蔵野で演奏会形式のステージを観て以来。「イドメネオ」は、上演機会が少ないモーツァルトのオペラセリアの中で近年になって注目されていて、この二期会の公演もアン・デア・ウィーン劇場との共同制作、指揮は僕のお気に入りのメルクルということで期待して出かけた。

予習もせず数十年振りに聴いたオペラの印象だが、最初はストーリーの展開がゆっくりで、一つ一つのアリアがやたらと長く、ちょっと冗長に感じることはあったものの、全幕を通して至るところ、生き生きとした息づかいに溢れた魅力的な音楽が散りばめられ、ソロやアンサンブル、合唱など演奏形態も多彩、ストーリーが緊迫してくる終盤では完全にオペラの世界へ引き込まれ、モーツァルトの劇作家としての面目如実な姿を見た思いがした。しかし、モーツァルトが最も得意としたオペラブッファではなくオペラセリアで3時間以上聴衆の心を捉え続けるには、ブッファ以上に歌手やオーケストラには非凡さが求められるのも確かで、この点において今日のキャストは大健闘したと言っていい。

まずは最も出番が多く負担も重いタイトルロール、イドメネオ役の与儀巧を称賛したい。磨きのかかった艶のある美声で滑らかに歌われるイドメネオの数々の歌は、激しい苦悩の吐露には少し優等生的ではあるが、最後までスタミナ切れすることなく豊かな感情表現を聴かせて十分な存在感を示したと言える。

歌の力で最も惹き付けたのは大隈智佳子のエレットラ。オペラの設定では、エレットラは嫉妬深くて執念深く、最後まで毒づく忌まわしき存在ということになっているが、モーツァルトはこのエレットラに、最高にチャーミングで美しいアリアや、愛ゆえに苦悩する人間の本質を捉えたアリアを与え、もしかすると最も魅力的な役に仕立て上げ、「イドメネオ」を単なる道徳的なラブストーリーで終わらせるのではなく、そこに赤裸々な人間模様を描き出そうとしたのでは。そんなモーツァルト「肝入り」のエレットラを、大隈さんはとても色っぽくチャーミングに歌い、演じた。色香の漂う艶っぽい声と豊かな表情でイダマンテに対する熱い恋心を歌い、最後でイダマンテとイリアが結ばれる場面での激しい苦悶を、魂ごと体当たりしてくるような迫真の歌で表現。これぞ本物の「狂乱の場」と呼びたい見事なエレットラだった。

エレットラの心をそこまで虜にしたイダマンテ役の山下牧子もいい。濃厚で深みのある声と表現力は、役どころの男らしい頼もしさをよく出していた。山下さんはもっと淡白なイメージだったが認識を新たにした。イリアを歌った新垣有希子は、知性と女性らしさのバランスが取れ、登場するシーンそれぞれに説得力のある歌を聴かせた。

メルクル指揮の東響も素晴らしかった。柔軟で瑞々しく生気溢れる序曲から快調な出だし。歌のサポートに回っても、筆先を丁寧に揃え、透明色の絵具をたっぷりつけて、リズム感のある筆運びで鮮やかな色彩のスケッチを描いて行く感触。繊細で自然な歌や語り口にはメルクルの感性が光り、ここぞという場面でのドラマチックな表現にはメルクルの統率力が冴えた。東響の美しいサウンド、柔軟なソロパートの妙技にも耳を奪われた。

さて、これほど演奏陣が公演の成功に向けて貢献したにもかかわらず、とんでもない演出がこの努力をぶち壊してくだすった。ネタバレになるが、ライブでのショックに対する免疫をつけておくためにこの先を読んでおくのもアリかも。

そもそも全幕を通して、無数の靴が散らばる砂地の殺伐とした舞台は、モーツァルトの優美な音楽に相応しくなく気に入らなかったが、こうした無機質な舞台はよくあること。血を連想するように赤ワインを撒き散らしたり、大量のスーツケースを放り投げたり、群衆が一斉に身体中をかきむしるシーンなんかも、よくわからないが「勝手にやってくれ」で済んだ。それにしても意味不明で謎解きを強要するシーンの多いこと!

許せなくなってきたのは終盤。イリア役の新垣さんは本当の妊婦さんかと思っていたら、実はイダマンテと恋仲になる前から身ごもっていた、という設定らしい。しかもこのお腹の赤ちゃんは、最後にお告げを下す神だった?アホらしいがまだ我慢できる。許せないのは、モーツァルトがあんなに素敵なアリアを与えたエレットラを、最後の最後まで徹底的に貶めたこと、そして何よりも絶対に許せないのは、オペラの主役であるべき素晴らしい歌や音楽がまさに舞台の真ん中で行われている真っ最中に、その周りで目障りこの上ない独りよがりの芝居をキャストに演じさせて音楽を妨害したこと。最後のイドメネオの歓喜のアリアはこれで台無しにされ、大団円で華やかに締めくくる大切な役割を担った合唱やオーケストラの後奏は、意味不明のイドメネオの弔いシーンや奇抜な出産シーンで蹴散らされてしまった。

これは歌い手や演奏者達への嫌がらせでしかなく、何よりもモーツァルトの音楽に対する冒涜に他ならないではないか。これが「世界を席巻する」演出?冗談じゃない!二期会もとんでもない演出を持ってきたものだ。「ダミアーノ・ミキエレット」この名前は絶対に覚えておいて、この男の演出するオペラには二度と行かないようにしなければならない。こんな演出家はまさに「だみやのぅ!」

【追記】
「大団円で華やかに締めくくる大切な役割を担った合唱やオーケストラの後奏は、意味不明のイドメネオの弔いシーンや奇抜な出産シーンで蹴散らされてしまった。」
と書いたが、この上演では合唱がカットされたらしい。どうりで合唱の印象が無かったわけだ。モーツァルトが書いた音楽をカットだ?だとすればこれは前代未聞の暴挙だ。益々腹が立ってきた!(9/15)

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