11月19日(土)堤剛(Vc)/須関裕子(Pf)
東京文化会館50周年記念フェスティバル プレミアムコンサート
東京文化会館小ホール
【曲目】
1. ベートーヴェン/ヘンデルの「ユダス・マカベウス」の主題による12の変奏曲ト長調 WoO.45
2.ブラームス/チェロ・ソナタ第2番 へ長調 Op.99
3.バッハ/シャコンヌ
4.シューマン/民謡風の5つの小品集Op.102
5.カサド/愛の言葉
【アンコール】
1.ドビュッシー/亜麻色の髪の乙女
2.シューマン/アダージョとアレグロ
世界を舞台に長年活躍を続ける堤剛が、東京文化会館で行なわれている開館50周年記念コンサートの一環として小ホールで開かれたリサイタルを夫婦で聴いた。堤さんの人間味溢れる味わいと、確かな技が一体となった演奏は、いつ聴いても安心して身を任せられ、心に滋養を与えてくれる。
堤さんのチェロの演奏は、音楽の核心からブレることがない。芯のある濃い音で、そうした核心を捉え、気を衒うことなく伸びやかに、歌心いっぱいに、能動的な音楽を聴かせてくれる。その歌には、凛とした気高さがあり、新鮮な輝きと煌めきがある。それに、噛めば噛むほど味が出るスルメのように、聴き込めば聴き込むほどに、作品の深いところに導いてくれて、その音楽の様々な味わいを楽しませてくれる。
ブラームスのソナタからは、晩年の作品であっても、若き日のブラームスの情熱も刻印されているのと同時に、第2楽章や第4楽章などからは「これでいいのだ!」という、静かで確信に満ちた自信が伝わってくる。これも、堤さんの変わらぬ若さと、長年の経験の積み重ねの現れだろう。
シューマンで聴かせた躍動感やロマンティシズム、カサドの曲から体感した熱い血潮の流れ、アンコールのドビュッシーで聴かせた芳しさ・・・ どれもが、その曲が放つ魅力を十分に伝える演奏だ。バッハのシャコンヌという曲は、古今東西の、自らの道を究めようとする音楽家にとって、避けて通れない、必ず挑戦すべき高い山のような存在なのだろうか。堤さんは、チェロで演奏しやすいように移調した譜面ではなく、ヴァイオリンの譜面から直接弾くことを試みた、ということだが、堤さんの並々ならぬ覚悟が伝わってきて、その気迫に息苦しくなるほどだった。堤さんの挑戦は、これからもまだまだ続くことだろう。
今回堤さんが共演相手として選んだピアノの須関さんは、繊細で美しいタッチと自然な呼吸で、堤さんのチェロを引き立て、気持ちよく弾けるような気配りが随所で感じられた。時には堤さんと火花を散らしあう場面も欲しい気はしたが…
ところで、今回もまたもや携帯の話をしなければならない。シューマンの「5つの小品」の演奏中、「デンワデス」みたいなヘンな声に続き、けたたましい着信音が鳴り響いた。さらにもう一度ヘンな声が聞えたときは本当に切れそうになった。終演後、ロビーでこれと同じ着信音と思われる音が聞こえたので音の方をみたら、ケータイの操作などおよそできそうにない婆さんだった。本気で「演奏中に鳴らしませんでした?」と訊こうとしたのだが、奥さんに止められたので思い留まった。それに、注意しても多分わかってもらえなさそう。。。 鳴らしたのがあの婆さんだったかと思うと、どうしようもない不可抗力だったかも、という気分になった…
東京文化会館50周年記念フェスティバル プレミアムコンサート
東京文化会館小ホール
【曲目】
1. ベートーヴェン/ヘンデルの「ユダス・マカベウス」の主題による12の変奏曲ト長調 WoO.45
2.ブラームス/チェロ・ソナタ第2番 へ長調 Op.99
3.バッハ/シャコンヌ
4.シューマン/民謡風の5つの小品集Op.102
5.カサド/愛の言葉
【アンコール】
1.ドビュッシー/亜麻色の髪の乙女
2.シューマン/アダージョとアレグロ
世界を舞台に長年活躍を続ける堤剛が、東京文化会館で行なわれている開館50周年記念コンサートの一環として小ホールで開かれたリサイタルを夫婦で聴いた。堤さんの人間味溢れる味わいと、確かな技が一体となった演奏は、いつ聴いても安心して身を任せられ、心に滋養を与えてくれる。
堤さんのチェロの演奏は、音楽の核心からブレることがない。芯のある濃い音で、そうした核心を捉え、気を衒うことなく伸びやかに、歌心いっぱいに、能動的な音楽を聴かせてくれる。その歌には、凛とした気高さがあり、新鮮な輝きと煌めきがある。それに、噛めば噛むほど味が出るスルメのように、聴き込めば聴き込むほどに、作品の深いところに導いてくれて、その音楽の様々な味わいを楽しませてくれる。
ブラームスのソナタからは、晩年の作品であっても、若き日のブラームスの情熱も刻印されているのと同時に、第2楽章や第4楽章などからは「これでいいのだ!」という、静かで確信に満ちた自信が伝わってくる。これも、堤さんの変わらぬ若さと、長年の経験の積み重ねの現れだろう。
シューマンで聴かせた躍動感やロマンティシズム、カサドの曲から体感した熱い血潮の流れ、アンコールのドビュッシーで聴かせた芳しさ・・・ どれもが、その曲が放つ魅力を十分に伝える演奏だ。バッハのシャコンヌという曲は、古今東西の、自らの道を究めようとする音楽家にとって、避けて通れない、必ず挑戦すべき高い山のような存在なのだろうか。堤さんは、チェロで演奏しやすいように移調した譜面ではなく、ヴァイオリンの譜面から直接弾くことを試みた、ということだが、堤さんの並々ならぬ覚悟が伝わってきて、その気迫に息苦しくなるほどだった。堤さんの挑戦は、これからもまだまだ続くことだろう。
今回堤さんが共演相手として選んだピアノの須関さんは、繊細で美しいタッチと自然な呼吸で、堤さんのチェロを引き立て、気持ちよく弾けるような気配りが随所で感じられた。時には堤さんと火花を散らしあう場面も欲しい気はしたが…
ところで、今回もまたもや携帯の話をしなければならない。シューマンの「5つの小品」の演奏中、「デンワデス」みたいなヘンな声に続き、けたたましい着信音が鳴り響いた。さらにもう一度ヘンな声が聞えたときは本当に切れそうになった。終演後、ロビーでこれと同じ着信音と思われる音が聞こえたので音の方をみたら、ケータイの操作などおよそできそうにない婆さんだった。本気で「演奏中に鳴らしませんでした?」と訊こうとしたのだが、奥さんに止められたので思い留まった。それに、注意しても多分わかってもらえなさそう。。。 鳴らしたのがあの婆さんだったかと思うと、どうしようもない不可抗力だったかも、という気分になった…