少し前も年賀状じまいの話題を他所で書いたことがありましたが、ネットニュースの見出しで、「年賀状じまいのやり方」とか「こうすれば成功する、年賀状じまい」とかよく見るようになりましたね。
僕はLINEとかを一切使っていないんです。既読とかつくじゃないですか。リアルタイムで自分の行動を把握しようとする人間に虫唾が走るんで。カップルや夫婦でお互いの位置情報が見られるようにしている人も多いですが、僕には無理ですね。
そんな風にネットツールで人とつながったりというようなことを積極的にはしていないので、一年に一回くらい連絡していないと老後に暇になって懐かしい人に会いたいなと思った時に連絡できないだろうなと思い年賀状を送っていますが、送る方は特に返信の期待なんかしていないんだから、年賀状受け取っても読んで放っておけばいいのにっていつも思いますね。
結局のところ「年賀状をもらっても返信をしない自分」=「自分が悪者」と思っている「とてもいい人」なだけで、相手のことを考えているのではなく、
自分に言い訳をしているだけ。
なんですよね(笑)。
だって、普段から定期的に連絡とっている友人なら「年賀状やめるね」って言えば「そうなんだ、了解」または「自分は習慣だから送れる時には送るけど返信とか気にしないで」って返答だけで波風なんかまったく立たないですよね。一方で、波風が立つかもと思うような相手には今後自分から連絡を取ることなんかまずないですよね。じゃ、悪く思われても思われなくても関係ないじゃないですか(笑)。簡単な足し算引き算の話。
僕は嫌いな人間との関係をかなり切れ味良く(笑)スパッと切るのですが、そういうことができない友人知人も結構いますね。そっちの方が多いのかな。
友人知人が人間関係で悩んでいる時に横で見ていて(君と〇〇さんでは基本的な人間のつくりが水と油なんだから、無理だと思うよ。そんなに悩むくらいなら理由なくてもいいからさっさと切ればいいでしょ。)と思うので、相談されたらそう伝えるのですが、
「でもさ、でもさ・・・」
って煮え切らない人が多いですね。それを見てると(優柔不断だな、僕が今すぐこいつ切ったろうか)と思うんですが(笑)。
そういう人は何かその人物を切る理由を必死に探しますね。それが見つかったらなぜ自分が〇〇さんを切ることにしたのか一生懸命に説明してくれるんですが、そんなのを聞かされながら、
(長々説明してくれているけれども、それは僕に対しての説明ではなく、お前が自分自身に対してしている言い訳だということに早く気づけよ(呆)。そこまでして自分が悪者じゃないと思いたいのか。)
と思いながら、辛抱強く聞きます。
最初の一回だけはね。
自分自身への言い訳を僕に聞かせるようなようなことを二回されたら、僕はサヨナラしますね、永遠に。
皆さん、そんなに悪者になりたくないですか?
僕は全然平気なんだけど。最後は一人だし。
職場の上司同僚でもさっと切って、最低限のコミュニケーションのみの関係にすることもよくありますし。そういう人に飲みとかに誘われても全部断りますしね(そういう人に限って「いい人」なんで自分が切られていることに気づかないことが多い)。
潤滑油?そんなのいらないでしょ、職場の人間と言っても嫌いな人間なんだから(笑)。
昔の職場でとことん嫌いだった上司が僕が転職した後で戻ってきてほしいって打診してきたことはありましたが、まっぴらごめんだとお答えしました。
アドラー心理学ぽくなってきたな(笑)。
あれが流行ったということは自分が悪者になりたくない人が多いということの裏返しなんでしょうね。
年取ったら大半の人とは会わなくなるんだから誰に悪く思われようと気にしなくていいと思うんだけど。
そうはいかないんだよぉ、と思うなら必死で年賀状書き続けなさい(笑)。
・・・そして、振り出しに戻る(笑)。
因みにアドラー心理学の真の意味は全く知りません。嫌われる勇気って見出し語の印象だけで書いているので、内容に誤解があってもご容赦願います(笑)。
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