路地裏のドリブラー

純粋にサッカー選手を夢見る小学生兄弟のサッカーブログ

軽量化マシンへ

2015-04-07 10:11:04 | まったり

あえて『騎馬戦』この言葉をもう一度

子供は自分の「馬」ではない。

何かの大きなサッカー大会や、バルサスクールでも見かけてきたが、
親父が試合に参加している子供をコーチの内緒で呼びつけて叱りつけているシーン。
「あ~らら、あ~らら」

親父にとって息子は『分身』そのものだ、ましてや長男ともなれば、気が気でない。
ものすげえ、理解できる。
コーチから注意されている我が子を見ていても、まるで自分が言われている様に反応・・
試合を観戦していても何故だか自分の手足が動いてしまうことも(笑)

以前、ピッチサイドで試合観戦している俺の足元に大きな穴が掘れているのを
嫁に見られて笑われた事があった
『おめぇがやってんのか?あほ。』『帰って仕事でもしてろ…』だと。

うるへー、ワシラは共に戦っとるんじゃぁ!( ̄。 ̄;)
(↑これが大きな勘違いであった)

もしも
今のご時世がバブルなら、週末の俺はきっと真キイロの911カレラの2シーターに乗って彼女を乗せて江ノ島辺りにドライブでもしているだろう♪
子供の週末に付き合わざるを得ない癖して、「こんなにお前に協力しているのに!」はイエローカード。


子供が親父を肩車できるかな?
むりくり坊主の肩に乗って、うぉーりゃー!走れ~!あの7番削ったれ~!止まれ~!
3人抜け~!
シュートは枠内だろ!先読みしろや~、首ふれや・・・


う~~~~~う~~~~
お父さんが、お父さんが、重たいんだよー(+_+)


先ずはね、クソ重たい『親父』を降ろして軽量化しないと
車でもそうだよ、ジムカーナ車に80kgの口ウルサい親父積んでたら早いもんも遅くなるわな。

コーチにも居ますよ、我が子にばかり『声掛け』『求めてる』コーチ!か?
俺は色々見た。見えてしまった、か。お陰で一目で分かるよ、「親を背負っている子」は。

笑顔の子供らは好きだったけど、やな思いも時にはさせてしまった、俺には向かないと思った。だからコーチとか、そういうの辞めた。
きっぱり辞めて晴れて反対側の保護者にまわったった( ̄0 ̄)


足でグランド掘らないように、深いフィールドチェアー買って、お口チャックしているよ。
心なしか坊主が軽やかに、楽しそうにプレーしているよ。より軽量化に成功した様子(笑

どうせなら「馬」じゃなく、我が自慢のマシンの『軽量化』を図ろうかと♪(^^v

ようやく入れた

2015-04-06 21:25:49 | まったり
管理画面に入れなくなって。
またまた、このまま止めちゃおうかと思っていたが先日は弟のトレセンで何人かの方にお会いし、「最近ブログあげないの?」「俺、見てたんだよね」と言われる。

こんな近い関係のお方が見ていた、だなんて知れば余計にこのブログあげづらくなる(笑)
最近PCの調子が悪いのか、何だか管理画面に入れないんだよね・・・と昨日こぼしていた。
悔しいからさっき弄繰り回していたら何故か入れた。・・・俺程度のPC頭脳ではよう分からん。



勉強部のKouは嫌々ながらも私のフライに付き合ってくれてます(笑
実は大人がちびる位難しい川の難しいヤマメなんだよ・・。



奴にサッカーをやらせて以来、
じっくりと奴の話を聞く事も、俺の思っている事を伝えてこられなかったんで
まあ、やっと親子らしい、というか・・・
まだまだ甘えっ子だった奴を辛く厳しくやりすぎたせいで何となくギクシャクしていたので、、
なんだか、ああ、こいつにとっては可哀想な日々を送ってしまったかな?と
今となっては思う。
Kouと一緒に川を歩くんだわ、
今まで、サッカーサッカーで足早に6年が過ぎ、サッカーの事しか会話が無かったからね。
そんな時間を取り返すように奴とは川を歩きながら話している。




さて、兄Kouはこの3月末に正式にクラブへ退部の意思を伝えに行ってきた。
(我は・・・・実は泣いた。)

奴の決断に泣いた。しかし、その晩、監督に話しを聞くと、
「いやあ、Kouなりに強い意志を感じました。私としては引き止めようと思っていましたが、逆にKouを応援をする気持ちになりました。」と。


「勉強」これが一番懸念していた事なんだよなぁ~
自分なりに気が付いたんだから、無駄ではないだろう、誰が何て言おうが関係ない。
それがおめえの「サッカー」なんならそんで良しぢゃあ!

第40回 宮ヶ瀬湖マラソン大会に出場してみる

2015-02-23 16:45:56 | まったり

兄Kouは4年生の時3位、5年生の時に10位、6年生は悪天候中止
弟Kaeは初参戦




ご無沙汰していました。
昨年末から書くに書けない様な事が一気に押し寄せ、ていた。
少しづつここで解凍していこうと思っている。

こんなブログなんて「百害あって一利なし」だろ。そう思い、
止めてしまおうか、とも思ったが。
せっかく三日坊主の馬鹿親父がここまでせっせと書いてきたんだからやっぱ続けようかと(笑

さて、
兄Kouは訳あってSC相模原Jrに今は行っていない。(正式には今の所、休部扱いだが)
個別指導の塾に通い始め、毎夜、猛勉強に励んでいる。
特別、成績が悪い訳では無かったが、良くは無い成績。
これまでも勉強らしい勉強なんてしていなかった。このままで良いのか?残り中2、中3での学校成績で人生の矛先が決まってしまうと言っても過言では無いだろう。

忙し過ぎるサッカードブ漬け生活には親として、なんとなしに抵抗があった。
年末の遠征でちょっとしたトラブルがあり、正月休みの間坊主なりに色々考えていた。

「パパ、俺やっぱサッカー好きだし、仲間とは会いたいけど・・、
うん??いや、これからもサッカーやりたいからこそ、俺、暫くサッカー辞めるわ・・・」
「高校でもサッカー続けたいから、高校選べるくらいの頭、つくらないとマズいわ・・」
「勉強してこなかったツケだわ」

初めて初めて、奴の口から出た「辞める」 親として奴の言いたい事はほぼ、理解した。
サッカーやりたいからこそ、今の2年間サッカー辞める。か・・。
ほほう、俺は納得だな。
勿体ない?んなことねえよ、サッカーの為に勉強すんだろ。
んじゃ、本部にそう言って来い♪


そんなKouも
これまでSC相模原でつけた体力だけは失いたくないと、相当走りこんでいる。
マラソン出ようかな

スタートに並んでみたら(中学の部3Km)寂しい程の出場選手数だが、
中2中3のランニングシャツに、異様に短い短パン君ばかり
う、バリバリの陸上部やんけっ!(汗



弟Kaeは去年が雪で流れたんで(3・4年生の部2Km)初参戦となった。
確か兄Kouが4年の時、優勝したコ○ソンの子は7分50秒で異様に早かったような。
Kaeは目指すは8分切りだ~と気合充分。

1人だけで帰ってきた(^^;




表彰式

すんごいアップダウンだよ・・・と。


4位でも十分やんけ、、「勉強部」が良く頑張った♪ぷ(^^;





8分切れたかな??


優勝。さすが負けん気の弟。
「途中でさ、超息苦しくなったけど、『やベー、カウンターくらってるー!』と思って走ってた」 だって。

よくがんばりました(^^V

今年もお世話になりました

2014-12-30 14:09:46 | まったり

兄kouは厚木で試合だと。久々にママと観に行ったら左前でプレーしていた。
初めて兄のハットトリックを見たような・・とママが泣く(^^。。
kouもこの試合の後、直ぐに富士遠征を控えている。



さてこの頃
弟kaeはジュビロ磐田Jr(U-12)ウインターカップにSC相模原トップクラスU-12で参戦。
2泊3日の遠征に出発していた。

最終日だけ夫婦で見に行こう

つま恋リゾート
ホテルあり、ゴルフに本気カートに、アーチェリーに乗馬に、レジャー満載
ここは、サッカー以外で是非来たいなと思う。



VS 平針ジュニアサッカークラブ(4-0 kae1)


VS 豊橋トレセンU-12(3-2 ○)

初日
予選Dグループ
VS 名古屋グランパス三好(0-1 ●)
VS 泉佐野JFC(1-1 △)
フレンドリー
VS 豊橋トレセン(4-0 ○ kae1)
VS TENアスリード(1-2 ●)

2日目
予選Dグループ
VS アンドリュースFC(0-0 △)
VS ジュビロ掛川(1-2 ●)
フレンドリー
VS 豊橋トレセン(1-0 ○)

3日目
オープン戦
VS 滋賀湖南TC(3-0 ○ kae1)
VS 平針ジュニアSC(4-0 ○ kae1)
VS 豊橋トレセン(3-2 ○)

U-12相手に終始強気な坊主にママもご満悦。



兄Kouの今回の遠征は何だか問題ありで書ききれない。ぷ。
今度書くか。。
「3歩歩いて2歩下がる」坊主の成長振りである。しゃあない。


でもさ、最近兄Kouも良く頑張ってると思うよ。(親馬鹿目線ではあるが・・)


来年も宜しくお願い致します!!  

佐野裕哉選手

2014-12-11 19:54:06 | まったり

鳥屋小学校にて
佐野選手と兄Kou、弟Kae



残念な知らせが入ったのは先々週
「佐野選手が退団し、これからは海外でプレーをします。」
「これまでのU-11・U-12のトップクラスコーチもお辞めになります。」
「12月、今月中です・・」

さすがに坊主たちは涙。涙。。


「最後にお会いできるのは来週の水曜日のスクールとなります」
そう言われ、坊主たちは想いを手紙に綴ったのだが・・

関西に遠く離れた私の父親が急に亡くなり、水曜日のスクールには二人とも行けなくなってしまった。
落ち込み、、しくしく、する坊主。(佐野さんに、佐野さんに、、会えなくなる・・)
爺ちゃんじゃなく、そっちな。そうだわな。

泣きっ面にハチか
本当に悲しい事と言うのは重なるものだ。


父親の葬儀事を済ませ、神奈川に戻り、SC相模原の他コーチにその事を伝えると、
直ぐに佐野選手、いや「佐野コーチ」に伝えてくれたらしい。
佐野さんからお電話を頂いた。

「いや、僕も彼らには会いたかったんで、自分がKouとkaeに会いに行きますから!」
「せっかくなら球でも蹴ってサヨナラをしたいな」
なんとも、
勿体ないお話しである。しかし、最後だから、ご好意に甘える事にしました。
そんな訳で今日は鳥屋小学校グランド


中学から駆けつけたKou、何をどう言ったら良いのか分からない様子で
「ちわっす。今日はありがとうございます」
Kae
「お~~、佐野コーチだ~~~!」

学校の担任の先生(毎年冬に必ず天皇杯を観に行くほどのサッカー好き)
が何故かカメラ持参(^^;

2人は、佐野選手から、ありがたいお言葉を少しづつ頂きながら3人で球を回していた。
私は涙を堪え、見守る。。。

こんな選手、指導者は居ないよ。
他人をほぼ!?信用しない私が安心して心地よく坊主らをお任せできたコーチ。
前、宮川コーチもそうだったが、兄Kouのサッカー、気持ちを認めてくれたコーチだった。
熱くて、熱心で、怖くて、優しくて、。

それにまだ3年生だった弟Kaeの球を転がす様子を見て、
「おい、Kouの弟か?」
「君ならトップクラスの5,6年で出来るよ、厳しいけど頑張ってみるか?」
と声を掛けてくれた。
勿論これにはSC相模原の各コーチ・スタッフ様のご理解あっての事だが、
こうした、人生のターニングポイントとして確実に彼らの心の中に生き続ける恩師なんだと
確信している。




決して「モノ」では無い、佐野さんから最後に頂いたシューズや手袋

坊主たちはガラスケースに仕舞い、大事な瞬間に身につけるらしい。
これらを手にして、2人は何やら心に誓ったらしい。


佐野裕哉選手、万歳!
今までの感動をありがとう。我が家はこれからの佐野選手のご活躍を心から応援致します。(--。。。