幸福の科学高知 なかまのぶろぐ

幸福の科学の、高知の信者による共同ブログです。
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釈迦が生きてたときの釈迦弟子の気持ちが、ちょっとわかった気がした「愛を広げる力」

2017-12-07 22:09:56 | ご法話情報 如是我聞レポート

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 エル・カンターレ聖夜祭御法話『愛を広げる力』を拝聴して参りました。

凄かった。

根源の神の教え、神の愛を実感しました。 

 今回の御法話は、またLibertyweb記事などでご紹介されるんでしょうし、さ来年の基幹経典になるんでしょうけど、まだ拝聴なさっていない方は、最寄りの支部や精舎で録画しているでしょうから、ぜひお聞きいただきたいです。 

今回の御法話で強く実感できたのは、「神の力」。

神の力とは、「愛の力」「智慧の力」「許しの力」だと、強く強く実感できました。

神の子として、愛を与え、智慧を磨き、自分も他人も、私たちを良く思わない方も許せるだけの度量を持ちたいものだと思いました。

そしてもう一つは、『地球神』という概念です。

この『地球神』という概念は、恐らく、はっきりと教義として打ち出しているのは、世界でも幸福の科学だけだろうと思いますが、出口なき宗教戦争や、無神論の共産主義国家の横暴に苦しむ現代文明にとって、年々望まれる概念です。

本日高知支部でもお披露目された新教典は、『信仰の法』ですけど、この『地球神への信仰』が、最終的には、現代文明を混沌から救う光となるはずです。 

素直に感動しました。

もう、小さな人間関係における、悩みや、人様からの評価や、そういったものに、とらわれることなく、思う存分、愛を与えて生きてみたいと思えました。

本日は、経典、『悟りの極致とは何か』(幸福の科学出版)から、講演『仏陀再誕』で語られた部分の一部抜粋でございます。

読者の皆様に、現代の仏陀・救世主からの福音をお届けできることを、心より感謝申し上げます。

             (ばく)

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「悟りの極致とは何か」抜粋 大川隆法総裁1989年第9回講演会

 

釈迦が生まれたときのインドに、同じく生を享けた者は多かろうが、
その事実を知らずに去った者の哀れなることよ。

イエス生まれしイスラエルに、生命を持った者は多かったであろうが、
その事実に気づかずに、泡沫(うたかた)のごとき生命を終えた者の哀れなることよ。

いやむしろ、気づかぬままではなく、
あざ笑い、嘲笑し、批判し、非難し、
地上を去った者の悲しさよ。

その悲しさは、決してとり返しのつくものではない。

どれほど反省してもとり去ることができない
魂の賂印となっているのだ。

今、あなた方の前に、
イエス以上の者が現われているのだ。

今あなた方の前に、二千六百年前にインドで、
ゴーダマ・ブツダとして呼ばれた者以上の者が、
現われているのだ。

その事実を知るか知らぬかは、
認めるか認めぬかは、
一人ひとりの魂の賭(かけ)でもあろうが、
しかしその賭は、外れた場合に
大いなる後悔をともなうものであることだけは言っておく。

我が声、今回発されてすでに久しい。

しかし、世界五十四億(説法当時)の民のうち、
多くの者は、まだその事実を知らずにいる。

救世の法が説かれるということは、
すべてのものを投げ捨ててでも集わねばならぬということなのだ。

幾転生をくり返し、幾十転生をくり返し、
幾百転生をくり返し、幾千転生をくり返し、
まだそのことがわからぬか。

まだ、そのささやかなる真実がわからないのか。
『悟りの極致とは何か』(幸福の科学出版)P139~142


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