4 異星人
並木道をさらに進むと、面白いベンチが見つかった。
屋根のあるベンチである。
後ろに、立派なトイレがある。
そのベンチで鹿族の中年の男とうさぎ族の若い男は絵をかいている。
我々は興味を持って声をかけた。
中年の男は自分の家を持っている
けれど、若い男はホームレスだという。
それでも、若い男の方が絵ははるかにうまい。
向こうに見える低い山を描いている。
どこかセザンヌを二人ともまねしているのかと思われる。
このあたりの伯爵は芸術、特に絵を好むという。
白壁に囲まれた町の中央の城のそばに美術館を置いている。
時々、展覧会が開催される。
入選した者には年金が支払われる。
中でも優秀なものには名誉博士を与え、
住宅などの生活が保障されるということだ。
全国から集まる若者には、金のないものも多く、
ホームレスも沢山になり、そういう者のためにも、
ベンチには屋根がつけられ、万一のためにも、泊まれるようにしてある。
この国は大変温暖な気候である。
ホームレスが生きるのに困ることがないように、政治も自然もそうなっているらしい。
中年の男は言った。
「わしは日曜画家になりさがったが、
この男は才能がある」と若い男を指さした。
うさぎ族の男は髭もそり、
耳の長い所でやっとうさぎ族と分かるほど、顔が整っている。
服も小奇麗なブルーのトレーナーを着て、全体に清潔な印象を受けた。
我々は、ホームレスと聞いても信じられなかった。
我々は若者に数日分の食事代になるようにと、この国の通貨を渡した。
これまで書いた数枚の絵を見せてくれた。
その時、空で例の魔ドりがルリ、ルリリと鳴いた。
皆、空を見上げた。
樹木の指に数羽の魔ドリがいる。
「嫌な鳥が来たな」とハルが言った。
「そうですか。」と中年の男は「どうだい」と若い男の意見を聞いた。
「魔ドりは絵をかくには悪い時もあるけど、いい時もあるのですよ。
何かインスピレーショーンみたいなものがわあーと吹き出すようになって、
筆が動くのです。
我々は絵をかいている二人と別れて、
さらに歩いた。
歩いている最中も、今のホームレス画家やゴッホなどの印象派の画家の話に花を咲かせた。
「魔界も物語に必要な時があるということかな」とハルは言った。
ゴッホの話は三人に人気があった。
「それだけの才能があっても、
生きている間、認められない。信じられませんな」とハルが言った。
「それはきっと以前の絵の形式がいいという思い込みがあるからでしょ。
新鮮なイメージで絵が創造されると、
以前の形式しか知らない人には理解できないということはあります。
こういう狭い視野で批判しようとする人はいつの時代にもいるものですよ」と
我は友人の弁護士の理屈を思い出し、同じようなことを言った。
「ゴッホは気の毒でしたな。
この国のような画家を優遇する制度があって、御覧なさい」と
ハルはゴッホに盛んに同情した。
「ゴッホは物自体を見ようとして、それを書きたいと思い、
それが彼の苦悩の一つであったのかも」と吟遊詩人は言った。
「物自体とは」
「物自体とは。例えばそこにある花そのもの、樹木そのものということです。それなら簡単で、分かりやすいかな。それとも、まだ分かりにくいかな」
「確かに花そのものを描く、誰でもやっていること」
「でもね。キリストは野の百合の花は ソロモンの栄華より美しいと言った。その百合の花は、普通に我々が言う百合そのものとは違う。
真理【真如】の世界での百合の花なんですよ。
我々人間は物を見る時、脳の枠をつくり、
それで見ている百合ですから、真理の世界の百合ではない、
禅では主客未分の世界と言いますが、
そうして見られた百合はソロモン王がつくった宮殿やその中のあらゆる豪華で華やかなものよりも百合一輪の方が美しいと言ったのです。」
「ゴッホの描いた椅子はそういう真理【真如】の世界の中での椅子なんですか」
「ゴッホがそれをめざしていたかどうかは分かりませんが、
どちらにしても椅子そのものを描こうとしたのでしょうが、
彼の天才をもってしても、描ききれなかったのではないですか。
それほど、真如の世界に入るということはむずかしいということでしょうね。
昔の偉い僧は修行でそれが出来たということでしょう」
その時、大きさと形がカラスに似た茶色の鳥が
吟遊詩人の肩に何かの液体のようなものを落とした。
すると、不思議や、詩人の服が囚人服に変わってしまったのだ。
小さな穴がいくつもある太い黒い横縞の入った薄汚い黄色い服だ。
「魔ドリのいたずらだ。それにしてもひどい。着替えはないし」とハルが言った。
吟遊詩人はそれほど困った顔をしていない。
「魔界というのはあるようだね」
我々は詩人の言葉に呑気さを感じ、感心した。
しばらくその並木道の所で立ち止まり、
ああでもないこうでもないと話していた。
「どうしたんですか」と言う女の声があった。
吾輩は驚いて、彼女を見ると、見覚えがある。
邪の道を双眼鏡で見た時にブルーの服を着た若い女がいたが、
その女ではないか。
「あら、あなた。川霧さん。
囚人服なんて着て町を歩くと、
皆から、変な目で見られますよ。
この国は囚人には厳しい国ですから」と女は緑の目を光らせて言った。
彼女はいきなりポケットから、横笛を出し、不思議な音色の曲を流した。
不思議や、詩人、川霧の囚人服は消えて、
元の美しい青磁色のジャケットになっていた。
「あたし、知路と申しますの。よろしくね」
我々があっけにとられていると、
彼女は、そばにあった自転車に乗って、さっと消えてしまった。
我々はまた彼女のことをああでもないこうでもないと噂ばなしをして、歩きつづけた。ハルの結論では、あの女は川霧が好きなのかもしれない
気を付けた方がいいという話だった。
やがて、土蔵や焦げ茶色の家が並ぶ所に、
高い時計台があり、その横に案内所があった。そこを我々は中に入った。
案内所の中の壁に、大きな看板がかかっていた。
【異星人 よりの布告
価値観を変える株田真珠党に早急に入ることを歓迎する。 】
「あの看板は何だ」とハルが聞いた。
出てきた初老の鹿族と思われる背の高い男が説明した。
「つまりですね。
株を配当して、金を集める。
あの銅山を株式会社にしようとしているのでしょ。
株主には会社がもうかれば配当が配られるという風ですよ」
「ふうむ。会社組織というのは既にあるというのは知っている。
町のあちこちの看板に、会社の名前のついているのを見た。
しかし、株式会社というのは面白いアイデアではないか」とハルは言った。
「地球では、大変さかんですよ」と我は言った。
友人の弁護士の父親は株で億の単位で儲けて、京都の郊外に豪邸をかまえている。
「株式会社と言えば、我がテラ国ではまだだ。
隣のユーカリ国では、もう採用している」と初老の鹿族の男が言った。
「それを異星人が広めたというのかな」とハルが聞いた。
「そうですよ。そういうのって、異星人が広めたのですよ。
でもね、わが国は伯爵さまがおられるから」
「伯爵さまはそういうの、嫌いと思っているのかね」とハルが言った。
「さあ、好きではないでしょう。我々庶民の多くはそう思っていますよ。
伯爵さまは神々のいる町を理想としていらっしゃるから」
「神々のいる町とは」
「うわさでは、清流に木の水車を置き、町の家々に電気を送るというような自然そのものを大切にした町づくりだそうだ」
「水車で電気をつくる。いいね。
株式会社そのものも面白いアイデアだと思う。
その会社が有望だと思って、お金を投資し、伸びれば自分も配当をもらえる。
経営者は工場をつくったり、機械をつくったりして、会社を大きくするには、資金が必要だ。そういう金は株主から集められる。
中々、合理的ではないのかね」とハルは言った。
「会社というのは生き物なんですよ。
恐竜みたいになってくると、貪欲になる。
こうやって、よその国の惑星にまで入ってきて、
鉱山や工場では、よその惑星だからと言って、
遠慮もなく、労働者をこき使う」と初老の鹿族の男は話す。
「安い賃金で長時間、働かす。
住宅はひどい所に住まわし、安くこき使う。
もう随分と死者が出ているんですよ。
パワハラなんて日常的にありますし、
過労死も、沢山あります。病気になるものもあとをたちません。
新政府は異星人に何も言えない。なさけないですね。
株式会社は放っておくと、そうやって労働者を人間として扱わない。
その方が会社の利益になりますからね。
そうやって、会社は大きくなり、儲けることを背後の株主も喜び、ギャンブラーのような心境になってしまうのですよ。
株主もそうやって儲かるわけですから。
異星人がわがテラ国に入ってきて、
現にそういうことが、起きているわけです」
「確かに、過度の競争が株式会社を利益第一主義に追い立てることはある。
それは良くないことだ。
しかし、会社は働く人達のためにあるというもともとこのテラ国にあった会社の理念をそのまま引き継げば、そんな心配は法律で規制すればいい」
「しかし、カジノと株式会社をセットして、
異星人はわが国に輸出しようとしている。
異星人はカジノを貴族がやっていた歴史があるが、
わが国はそんなことを許さないアニミズムの伝統がある。
わが国には邪の道と言われている所がいくつもあるが、
議論の的になっている森林地帯がある。
そこは熊族の祖先、熊と言う野獣の住処になっていることもあり、誰もよりつかない。
熊の神様が、我々人間が入ることを禁止しているという信仰がある。
それを異星人は新政府に圧力をかけて、
森林と熊を殺し、カジノをつくれと言っているのですよ。」
「それは魔界のメフィストのささやきのようにも聞こえる」とハルが言った。
「魔界? そこまでは考えていません。
異星人の考えている株式会社と、あなたの考えている理想的なスタイルの株式会社とでは相当な違いがあるということですよ」
「お宅は中々の見識を持っているな」とハルは言った。
「私はスピノザ協会の会員なんです」
「ほお。スピノザ主義。
わたしのもろもろの事物の中に、宇宙の真実が表現されているという信条と似ていて、大変面白い」と吟遊詩人が言った。
「スピノザ主義は拝金主義を嫌う。
大自然の中に神を見るのですから。素晴らしい。
その神の愛の意思の流れが我々人間になり、社会になっているのですから、
我々はこの自然の法則の中で、社会の仕組みを考える必要があるのですよ。
一体、熊の住む森林地帯に通じる道を我々は邪の道だなどと断定している。
【確かにこの国にはいくつも邪の道といわれる所があり、本物の魔界【毒界】へ通じる道もあるかもしれないが、この森林地帯は違う 】
近代化路線が自然の法則にのっとって進化するためには、
大自然にひそむ神の意思をくみとらねばならない。
カジノなんてとんでもない。
大森林も熊も一緒になって、我が国の発展を見守ってくれるような近代化が望ましいとは思いませんか。」
我にスピノザ主義の詩句が耳に響いた。
「かぐわしい草花があたりに緑のじゅうたんとなる頃、美しい蝶が舞う。
そして、樹木の上には梅の花から、桜の花へと、満開を楽しむと、それはやがてひらひらと地上に降り、土色の大地は雪が降ったように、白くなる。
その白さの中に春のいのちのピンクが見えるのは何という美しさだ。
スピノザの神はこのピンクのようなものだ」
美しい蝶は今、どこ
美しい鳥は今、どこ
ここはまだ平凡な並木道
雲は悠然と動いているが
川の向こうに城の壁が見え、そこに緑の樹木と果物が見える
ああ、その森と湖と町が混在した神秘な町に早く行きたいものだ
日暮れも近い
並木道に日差しにまぎれて夕べの香気がしのびよる
何故か、心は憂愁にひたる
ああ、ワインがあれば。
5 異星人の文化
我々は話に夢中になり、
「魂の出張所」の中にいることを忘れていたようだ。
それほど、その初老の男の語り口は音楽のようで、
表情も魅力に富んでいた。
風景画が天井一杯に描かれていた。
並木道、川、そうした風景を取り囲むような低い山、
そして真ん中に城壁に囲まれた町の中の御伽の国のような湖と城と樹木。
つまり、このあたりの風景そのものが正確に描かれているようだった。
我々は話に夢中になりながらも、その天井をちらりと見ていたのだと思う。
それで、スピノザ主義の詩句が響いてきたのだと、吾輩は解釈した。
我々は男に勧められるままに、テーブルの前の椅子に座り、
グラスにそそがれたワインを見た。
ワインがあればと思ったら、
目の前にワインが出てきたという不思議な気持ちをハルリラに言った。
「わしはそんな魔法は使っとらんぞ。
こちらの方の接待じゃ、飲むがいい。
わしは飲まん。
アルコールを入れると、魔法の力が落ちるという学説が、最近有力になってきたのでな」
初老の男は微笑して、
吾輩と吟遊詩人にワインを勧めた。
赤いワインは上質で、
吾輩は少し飲んでみたが、陶然とした気分になった。
我々はそのスピノザ主義に傾倒する初老の鹿族の男の弁舌に興味を持ったが、
男の後ろから中年のリス族の女が出てきた。
(少数だがリス族もいるとは聞いていた。)
男の魅力的な発言とは裏腹に、
そのリス族の女は何か陰うつな感じを我々に与えた。
初老の男は用事があると言って、隣の部屋に移った。
リス族の女はやや小太りで、さらに美しい顔立ちをしているようにも思えたが、
一方で納豆のような目をしていて、
暗いねばねばした気を身体全体から発酵させていた。
さらに奥の方の椅子に座って事務をしている若い女がいる。
「案内してくれないか」とハルが少しどもった。
ハルがどもるということは滅多になさそうに思えるので、
心の中に何か嵐のようなものが吹いたのかもしれない。
それが何であるのか、考える間もなく、リス族の女は質問した。
「旅館ですか、ホテルですか」
ハルは「士官したいのだが」と答えた。
「士官って、お城にですか。」
「当たり前でしょ」とハルは答えた。
ハルは相変わらず、
いつの間に百合の花を持っていた。
「花を見詰める。
わしの心を無心にするためさ。
わしの魔法は無心の時に、一番よく働く。
同時に、この花はわしの魔法で長持ちする。
今・ここの百合の美しさを見ることに没頭する。
わしの神経は無心の時に一番働く。
魔法の感受性もよく働く。
そうすると、この『魂の出張所』の雰囲気も隅から隅までよく分かる」
吾輩の耳元でハルはそうささやいたので、吾輩は微笑した。
「そちらの方もですか」と女が聞いてきた。
吾輩と吟遊詩人は顔を見合わせた。
「いや、そちらの方はアンドロメダ鉄道で来た旅人ですよ」とハルが答えた。
「アンドロメダ鉄道」と女は驚いたような顔をして目を大きくした。
「それで、あなたは剣道何段くらいの腕前をお持ちなのですか」
「三段だけど、それはそういう資格を取ったということだけで、実際の実力は相当のものよ」
「でも、あんまり、強そうに見えませんけど」
「俺が猫族だから、そんなことを言うのだな。
猫族はたいてい優しい顔をしている。
あんたはオラウータン族のようだな。
人を顔で判断するものではない。
拙者を侮辱するとただではすみませんよ。
本当を言うと、俺は剣の達人なのじゃ」とハルは言った。
そして、腰の刀に手をかけた。
「乱暴は駄目ですよ。
それに、あたしリス族ですから」
と女はにらむようにハルを見る。
「今、電話機で聞いてあげますから、待って下さい」
地球から見ると、かなり古い感じがして、
大正時代の頃のような電話だった。
受話器を手に持って耳にあて、送話器に向かって話しかけていた。
長い事、連絡しあっていた女は電話を終えてから、
地図を見せて、赤い丸印がついた所を指さして、
「この旅館に行って、待機して下さい」と言った。
「何日ぐらい待機するのだ」とハルが聞いた。
「さあ、それは分かりません」
我々が『魂の出張所』を出ようとした。
その時、もう一人の鹿族の女がこちらを向いてにっこり笑い、
「気をつけていってらっしゃい」と言った。
目が宝石のように輝き、美しい笑顔で、まるで観音菩薩のようだった。
「同じ『魂の出張所』に、魂の色合いが違う女性が二人いた」とハルは言った。
「魂の色合いの差。そんなものを僕も感じた。
ハルさんに少し感化されたのかな。」と我は言った。
ハルは笑った。
「わし等、魔法次元のものは、空海の考えを発展させて、
ヒトには魂のレベルがあるということは前にも言ったことだが。
それはともかく、同じ『魂の出張所』に魂の色合いの美しいものと、曇っているものがいる。」
「確かに、同じ『魂の出張所』に顔立ちは綺麗だが納豆のような目をしたリス族の女と
観音菩薩のような女が勤めていた」と、我は言った。
「おそらく、わしの直観では、あのリス族のような女は異星人の可能性がある。
異星人はもうあちこちにスパイを放っている。
彼らは変身の術を持っている。
この惑星では鹿族やウサギ族あるいはリス族にまぎれこむ。
オラウータン族と、わしは少し茶化したが
本当はサイ族の可能性がある。
彼女は銅山の本局に情報を提供しているのかもしれない。
これで、我々のような旅人がこの向日葵惑星にいることが本局に知られる。
我々が彼らにとって利益になる人物か害になる人物か徹底的に調べられるだろう」
「僕と吟遊詩人はただの旅人ですよ。
ハルさんは士官という目的があるから、
異星人に目をつけられるかな」
「わしはこのテラ国がいい国になることを願っているだけさ。
異星人はよその惑星をコントロールしようというのだから、
そして、金とダイヤを儲けようというのだから、
吾輩はもしかしたらにらまれるかもしれないな」とハルは笑った。
「異星人はみんな、あんな魂の色合いをなしているのですか」、
「魔法次元の秘密の教科書には、
同じ人間でも、一日の内に極端な例では五十から百五十まで、経験するという。
普通のアンドロメダのヒトの例では、百ぐらいの所をうろうろしているのだろう。
異星人はよからぬ目的を持って、
よその惑星に来てやっていることを考えると、魂の色合いが美しくなるのは無理だろう。
あの納豆のような目をしたリス族の女は八十か七十ということだろう。」
「血圧なら、貧血で、倒れてしまいますね。
しかし魔界のささやきがあったのかもしれない。
中々こういう問題はむずかしい」
「そうよ。そうなれば、魂の色合いの曇った連中は自分の魂が曇ったことに気がつく。
曇ったまま、気がつかないというのは不幸なことさ。
百七十の高貴な魂のなかにも、三十の地獄のものが混じるとかいう話は聞いたことがある。
二十の地獄の魂のなかにも、高貴な百七十のものがまじるとかいうのも聞いたことがある。」
「それは魔法で分かるのですか」
「魔法でわかる場合もあるし、
言葉で分かる場合もある」
「言葉で」
「言葉をぞんざいに扱ってはならぬ。言葉で魂の色合いが分かる場合があるのだ」
「言葉は神なりきともいいますからね。
それに、魂は進化するものではありませんか。
魂はみがき、学習することにより、進化するのだと思います」と吟遊詩人が言った。
「なるほど、それは面白い。魂は生きものだから、流動的なのでしょう。」
再び、並木道をしばらく歩く。
豪華な喫茶店のような所に来た。
我々はのどが渇いていたし、
疲れていたという気持ちで、中に入った。
入り口にいた女中は刀をあずかりますと言った。
ハルは武士の魂を預けるのは伯爵【殿様】に会う時ぐらいだと思っていた。
「これはわしの魂じや。持って入るぞ」
「いえ、それはなりませぬ。
それではお城からのお達しに違反します。
ここは星印のついた喫茶なのです」
確かに天界から響くような音楽がなり、
美しいステンドグラスに金色の陽光が差し込み、
壁には素晴らしい風景画がいくつもかかって、椅子もテーブルも豪華だった。
「それでは仕方ない」とハルはあずけた。
コーヒーとパンを注文した。
食べて、窓から往来の様子を眺めていた。
ハルのような武士はあまりみかけない。
和服姿の商人風の男とネクタイに背広のサラリーマン風の男が目立つ。
突然、彼の前に半袖の黄色いTシャツを着た大男が現れた。
白熊族なのだろうか、肌が物凄く白い。
大きな顔、大きな丸い目、腕も太い。
しかし、顔の表情は柔和でひどく優しい雰囲気が漂っている男だ。
大男はずっとレストランの中を一通り、眺める。
そして、我々の方に視線を向けた。
空いている席が他にもあるのに、「ここに座ってよござんすか」と言った。
なんだか、毛むくじゃらの大男の癖に、言葉は女っぽい。
「いいぞ」とハルは言った。
「お宅も士官を志しているのですか。
実を言って、わしもそうじゃ。
わしは水車をつくることを得意としている。
ここの殿様は町づくりに水車の電気エネルギーを使うと言っているそうだ」と大男は言った。
「水車の技術を持っているのか。
それなら、採用されるかもしれんぞ」
「旅は道ずれ、世はなさけ。
一緒に城に行きませんか」
彼は座り、ハルと同じものを注文した。
「腕が太いなあ」とハルは言った。
「そうでしょ。腕相撲なら、誰にもまけません。それに相撲も強いですよ」
しかし、この男はひどく気が弱いのが表情で分かる。
これは猫の秘伝で分かると吾輩は思っていた。
それともハルの魔法が伝染してきたのか判断に迷う。
「しかし、おぬしは腕相撲の力で、城には雇ってもらうのではなく、水車の技術でしょ。
全国版の新聞広告によると、腕に自信のあるものは高給によって雇う」と書かれているのだぞ」
「その通りです。
わしは水車をつくりたいので、ここに流れる川に鉱毒がまじっているのを危惧しているのです。」
「鉱毒」
「そう、銅山があるのですよ。
車と大砲と戦車をつくるために必要なんでしょうけど」
「そんなら、理解のある伯爵【殿様】に頼めばなんとかなるのでは」
「いや、それが鉱山と工場は殿様の管轄の地域を少し離れていましてね。
異星人が占拠しているのですよ」
「異星人については、ペンギン族の老人もそう言っていたな。」
「ああ、あの方」
「知っていますよ。あちこちに、神出鬼没で顔を出します。
私の話も、彼から、得たもので。惑星の温暖化のことを言っていました。
アンドロメダのこの向日葵惑星の近くの惑星で、
温暖化で文明が滅びたという情報が入ったと、
あの例のペンギン族の老人が言っていました」
「何者だい」
「仙人でしょう」
「仙人か。話には聞いていたが」とハルは言った。
「それはともかく、この国は 鹿族が多い。
惑星全体としても鹿族とうさぎ族と温厚な気質の祖先を持っているのが多い。
少数にオラウータン族とか熊族などいる。
この異星人というは一説によると、サイ族ということらしい。
いつの間に住み着いて占拠して、国のあちこちを買い占めている」
「異星人というからには、どこかの惑星から来たのですか」
「いや、それが皆目分からん。なにしろ、向日葵惑星は文明段階がまだ低い。
そこを狙われた アシアン巨大島に秘密の国があって、
そいつらがこちらをねらってきたという説もある。
あそこは寒冷地、国家なぞ昔からないというのが説。
今のところ、あの科学技術のレベルから見ても、よその惑星から来たというのがもっぱらの噂。
なにしろ、秘密のヴェールを閉じて我々に見せないように、隠密裏に行動するのが得意です。
今の所、もめごとを起こす気はないらしく、経済活動を狙っているらしいのです」
「この国の価値観も変えたいらしい」
「価値観」
「競争と金銭がかれらの価値観。
我らの惑星にはアニミズムの素朴な信仰があります。
近代化を進めようとしてはいますが、神々はまだ死滅していない。
ですから、違和感を感じます。
それに、一説によると彼らはミサイルと特殊爆弾を持つとも言われている。
人数は少数でもあなどれないのはここですよ。
彼らはそういう怖ろしい武器を持っている。
それで、よその惑星に来て、あんな勝手なことをしていられる。
これをどうすべきかですよ」
ハルはカント九条の説明をして、
白熊族の大男が感心してポカーンとしているのに、さらに続けて言った。
「カント九条を作っても、警察力は必要だ。
警察の特殊部隊が迎撃用の大砲を持ってはどうかな。
大砲で、異星人の銅山の本局を攻撃できる」とハルは言った。
「それでは異星人と同じことを言っていることにならないかな。
異星人は新政府に銅を売り込み、それで大砲をつくれと勧めているのですよ。
儲かりますからね。
つまり、異星人にとっては、大砲なんか怖くないんですよ。
大砲は隣のユーカリ国相手の武器競争を駆り立てる。
自分たち異星人は儲けようという死の商人の魂胆がありありと分かるではありませんか」
「それなら、気球で銅山の本局に乗り込み、
我ら剣の達人が襲い、彼らを縛り上げる」
「不意打ち作戦ですか。
面白いけど、うまくいきますかね。
向こうだって、そのくらいのことを考えている。
強力な武器で反撃してくるかもしれませんよ。
それに、今、説明してくれたカント九条の理念に反するではありませんか。
カント九条は素晴らしいが、防衛のための力は必要だとおっしゃるのでしょう。
もちろん、必要ですよ。
それと並行して、お互いの文化の交流をすることの方が平和への近道という気がするのですがね」と大男は言った。
「貴公はみてくれと違って、意外に理想主義者だな。
面白い意見だ。で、異星人の文化は」
「彼らは踊りが好きなのですよ。
その踊りの衣装には、莫大な金をかけるらしく、踊りも様々なものがあるらしいのです」
「ほお、それでは接点があるではないか。
踊りの中には、神々がいらっしゃるものだからな」
吟遊詩人がヴァイオリンを奏でた。
レストランにちらほらいる客の目が輝き、うっとりするような顔をした。
そして、詩人は歌った。
「おどれよ。踊れ。
自分を忘れてしまうまで踊ろうよ。
さすれば、もろもろの自然の事物は宇宙の真実が表現されたものとなる
花も
昆虫も
空の川も
小川も
我を忘れて 夢中で踊れば、全ては友達になる
全ては一個のいのち 全ては友達、一個の明珠
それが分かれば、異星人の価値観も変えられる
そして、鉱毒も消え、清流がよみがえる」
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