とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

近年のヨーロッパにおける洪水頻発期間は過去500年と異なった特徴を有する

2020-07-29 18:23:51 | その他
「近年のヨーロッパにおける洪水多発期間は過去500年とは異なる特徴を有する」
ー神よねがはくは我をすくひたまへ 大水ながれきたりて我がたましひにまでおよべり  (詩篇 第六十九篇)ー

 この度の球磨川や最上川の氾濫による大きな被害状況を見ると、もう少し有効な対策が取れないものかと、もどかしく悲しい気持ちになってしまいます。被害にあわれた方々には心よりお見舞い申し上げます。最近このような豪雨や洪水が増えているように感じますが、これも地球温暖化の影響でしょうか。
 実はヨーロッパでも近年洪水が頻発しているようです。今週号のNatureに掲載されたGünter Blöshlらの論文では、過去500年のうちヨーロッパで洪水が頻発した期間を同定し、最近の傾向と比較しています。彼らは洪水に関する信頼できる記録を元に、ヨーロッパにおける「洪水多発期間(flood-rich periods)」を9つ同定しました。このうち最も新しいのが1990年ー2016年に西ヨーロッパ、中央ヨーロッパ、イタリアで見られたものです(period IX)。この期間を過去のものと比較すると、範囲としては2番目、持続期間としては3番目に大きなものであることがわかりました。またその規模に加えてperiod IXは過去のlood-rich periodsと比較して、下記のような特徴を有することがわかりました。
①過去のflood-rich periodsは洪水の無い期間(interflood periods)と比較して約0.3℃程度気温が低かった(サイクロンによる降雨のためか)のに対し、peirod IXは1.4℃気温が高かった。
②Flood-rich periods, interflood periodsに生じた洪水は、過去には夏に生じたケースが41%, 42%だったのに対し、period IXでは55%が夏に起こっていた。
 このような変化の原因として著者らは北大西洋振動North Atlantic Oscillation(NAO)(北大西洋のアイスランド低気圧とアゾレス高気圧の間で、気圧が伴って変動する現象)の変化を挙げています。ヨーロッパの洪水と比較してアジアなど他の地域ではflood-rich periodsはもう少し限局した範囲で見られるそうです。
 この論文では3D図表や動画を用いて、これまでのflood-rich periodsの特徴を非常にわかりやすく示しています。是非日本についてもこのような解析を行っていただきたいものです。





ブタを用いたヒト移植肺の体外肺灌流

2020-07-15 19:29:37 | その他
現代の移植医療は驚くべきペースで進歩しており、当院でも心移植、肝移植はもちろん、肺移植も行われるようになりました。しかし脳死肺移植の場合には他の臓器移植にも増してドナー臓器の評価は厳格に行われ、提供された肺が条件を満たさない場合には移植はできません。移植医療の常で、ドナー肺の数は移植を必要とする患者数に全く足りていませんが、何らかの問題がある「障害肺」については、残念ながら移植に適さないとして廃棄されてしまう場合もあります。「障害のある、または障害の可能性が有るドナー肺」の積極的な利用を目的として体外肺灌流(ex vivo lung perfusion, EVLP)という方法が開発されています。これは摘出したドナー肺に対して体外灌流を行う方法であり、日本でも京都大学のグループなどが積極的に研究を進めています。EVLPのメリットは、時間をかけて肺機能や損傷程度を評価できること、そして場合によっては体外で損傷を治療できることです。一方で人工的な循環に乗せることによる組織障害のため、長時間維持できない(せいぜい数時間)という問題も指摘されています。
この論文の著者らは以前ブターブタの肺移植において、摘出した肺を他の生きたブタの循環に乗せる(交叉循環システム )ことによって、4日間維持可能であること、そして誤嚥性肺炎で損傷した肺に対して治療介入することで肺の再生と機能改善をもたらすことができることを示しました(Guenthart BA et al., Nat Commun 10, 1985, 2019)。今回の論文で彼らは、移植に適さないヒト肺をブタの体外循環に乗せることで24時間維持可能であり、肺機能の改善が可能であるという驚くべき結果を報告しました。
 肺移植のために摘出されたヒト肺の中で、移植に適さないと判断された6つのドナー肺(適さない理由は肺浸潤や浮腫、誤嚥性肺炎、出血など。1つの肺は実際に臨床的EVLPを行ってだめだったもの)を生きたブタの循環器系に接続し、体外循環を行いました。このうち1つの肺では免疫抑制剤を使用しませんでしたが、その場合には当然激しい拒絶反応が生じ、肺は著しく損傷されました。一方免疫抑制剤+コブラ毒中の補体抑制因子を用いた肺では急性拒絶反応を生じることなく24時間維持が可能でした。24時間後の肺にマクロの損傷はなく、換気状態は改善しており、肺の損傷をあらわす肺重量にも有意な変化はありませんでした。気管支肺胞洗浄液中のIL-1α, β, TNF-αなどの炎症性サイトカインは減少しており、IL-4, 5, 6, 10が上昇していました。病理的にも免疫拒絶を示唆するような像は観察されず、元々の障害像は改善され、再生像も見られたとのことです。
 ブタ循環につなげることによる感染の問題や倫理的問題、そして循環血液量のアンバランスなど、問題は色々とありますが、大変興味深く、他にも応用範囲の広い手法ではないかと感じました。

高難度手術のhigh volume centerへの集中の取り組み

2020-06-30 20:21:29 | その他
高難度の手術をhigh volume centerに集中させることで手術成績を向上させるというのは非常に合理的な方向性だと思います。しかしアメリカでも” For some procedures targeted by these initiatives, there are too few high-volume hospitals.”というような状態だと、日本だと条件を満たす病院はさらに少なくなると思われます。また"Although many studies have demonstrated an association between higher surgical volume and better perioperative outcomes, the underlying mechanisms remain unclear. "とあるように、high volume centerで手術成績がよい真の理由は不明だというのも、確かにそうだろうなと思います。術者の技量だけではなく、病院の設備、術後ケアの手厚さ、リスクマネジメントなど、手術成績にはhigh volumeというだけでは語れない部分も多く、low volumeでも大変よい成績を残している病院も(特に日本では)たくさんあります。また高難度手術を集中させるのであれば、その分その病院への人的配置や診療報酬は手厚くしてあげないと、働いている医療従事者は燃え尽きてしまいます。このあたりは民間保険が中心のアメリカの方が病院間の格差をつけやすいかもしれません。患者の病院へのアクセスをどのように確保するかは、日本人の大好きな「治療機会の平等」のためには重要でしょう。ということで色々と問題はありそうですが、手術を受ける側としてはhigh volume centerで受けたいという希望も強いでしょうから、是非日本でも(厚生労働省には)前向きに検討してもらいたいです。 

牛乳が嫌いな人に朗報?

2020-05-19 19:52:12 | その他
小学校の時の給食で、牛乳が苦手で少しずつしか飲めない生徒を笑かして、せっかく飲んだ牛乳をマーライオンのように噴き出させていたのは私です。牛乳が体に良いのはギュウギュウでコロナウイルスがうつるくらい常識で、改めて言うまでもないことかと思っていました。そんな私のような方々は是非このreviewを読んでください。
1)牛乳の消費やカルシウム摂取が多い国の方が大腿骨近位部骨折が多い(毎日の消費が少ない方が骨折が少ない)。
2)男性では青年期の牛乳摂取が1日あたりグラス1杯増えると将来的に大腿骨近位部骨折のリスクが9%アップする(身長が高くなるからかもしれない)。
3)低脂肪乳(low fat milk)を飲む量はBMI増加と正の相関あり。通常の牛乳(full fat milk)とは相関なし。
4)国際的な比較で毎日の牛乳消費量は乳癌や前立腺癌と正の相関あり。前向き試験でも牛乳の消費量は特に予後の悪い前立腺癌のリスクと正の相関あり。
また「カルシウムとビタミンDを摂取するために牛乳は推奨されているが、そんなのは他の食べ物で十分に取れる」などとバッサリ切り捨てています。
この他にも牛乳協会の人が聞いたら泡を吹いて白目をむくような研究がたくさん紹介されています。やはり「常識は疑え」ですね。でも牛乳は好きです(忖度発言)。 

デバイスをリユースしてみました!

2020-05-09 12:46:32 | その他
医療費の高騰は世界的な問題になっており、特にペースメーカーなどの高額なデバイスについては医療費を押し上げる原因になっています(整形外科領域では脊椎インストルメンテーションや人工関節などが当てはまりそうです)。また発展途上国では高額な医療デバイスが使えないために、必要な患者に適切な治療ができないという状況が生じています。このような中で、リユース品が注目されるというのは当然の流れなのかもしれません。このカナダから出た論文は、心臓ペースメーカーや埋め込み型除細動器について、再滅菌したリユース品と新品で感染率などを比較しています。リユース品は同意を得て死体から回収しているようです(日本だと難しいかもです)。2年間のフォローができたのがリユースを用いた1027例、(97.7%)、新品を用いた3087例 (97.9%) です。結果は両群ともデバイスに関連した死亡はなく、関連しない死亡はそれぞれ4.0%, 3.9%と両者変わらず、感染率も変わらなかったということで、リユースでも(・∀・)イイネ!!という結論なのですが、データを詳細に見てみると"21 infections (2.0%) occurred among patients with reused devices and 38 (1.2%) occurred among patients with new devices (hazard ratio, 1.66; 95% confidence interval [CI], 0.97 to 2.83; P=0.06)"で感染率に関しては結構ギリギリな感じもします。もう少し症例が増えると有意差がでそうです。もちろん医療費のことも考えるとこのような方向性は歓迎すべきかと思いますが、rich peopleの使い古しをpoor peopleに、という健康差別にならないように気をつける必要がありそうです。でも創外固定なんかは昔は再滅菌あたりまえでしたけどね。。
Thomas F. Khairy et al., Infections Associated with Resterilized Pacemakers and Defibrillators. N Engl J Med 2020; 382:1823-1831
DOI: 10.1056/NEJMoa1813876