とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

一流打者はスピードボールをどうやって打つか?

2021-04-11 17:09:17 | 整形外科・手術
ピッチャープレートからホームベースまでの距離は18.44 mなので、150 km/h以上のボールを投げる投手の場合、単純に計算してもボールが届くまでの距離は0.4秒程度です。心理学者によると、人間は刺激が加わってから反応するまでに、何をするかわかっている場合でも少なくとも0.25秒かかり、どのような動きをするかを決定しなければならない場合には反応時間は2倍になるそうなので、理論的には投手の手を離れてから反応するのでは、ボールを打つのは不可能です。という訳で、一流打者は投手の体幹や腕などの動きである程度ボールが来る場所を予測してバッティング動作を始めているそうです。確かにバドミントンの国際大会などを観ていても、レシーバーはスマッシュが打たれる前に移動を始めているように見えます。最近ではバーチャルリアリティ(VR)を使って3Dアバターの投手が投げる球の種類やコースを瞬時に回答する、というようなトレーニングも行われているようです。もし超一流打者=予測能力が超すごい打者ということだと、能力のかなりの部分は脳の働きに依存するのでしょうかね?このような能力はある程度トレーニングで改善するようですが、年齢とともに脳機能が低下すると、いくら体が強健でも思うようなプレイはできなくなるのかもしれません。将来的には引退すべき時期を見極めるのにVRが用いられるようになるのかもしれませんが、ちょっと夢がない感じもします。
Liam Drew. How athletes hit a fastball. Nature 592, S4-S6 (2021) doi: https://doi.org/10.1038/d41586-021-00816-3
https://www.nature.com/articles/d41586-021-00816-3

AIを用いた適格基準拡大の試み

2021-04-11 17:07:24 | 癌・腫瘍
治療薬などの臨床試験では、通常厳密な組み入れ基準(適格基準eligibility criteria)が決められているので、その薬が実際に使われるようになっても、臨床試験の適格基準から外れた患者は治療適応にならないことがしばしばあります。例えばeGFR<30の患者は通常骨粗鬆症の臨床試験から除外されるので、実臨床でそのような患者に対してどのような治療を行うかは悩むところです。この論文では肺小細胞癌に対する過去の臨床研究データを用いて、適格基準を緩和した時にどのような効果が得られるかをAI (Trial Pathfinder)を用いてシミュレートしたというものです。その結果適格とされる患者プールは平均で2倍以上になり、全生存期間のハザード比は平均0.05減少しました。適応を拡大するために臨床試験を行うことについてはお金も時間もかかるので、中々製薬会社も良い顔をしないのですが、このようなアプローチが広がれば、より多くの患者に恩恵がもたらされる可能性がありそうです。 
Liu, R., Rizzo, S., Whipple, S. et al. Evaluating eligibility criteria of oncology trials using real-world data and AI. Nature (2021). https://doi.org/10.1038/s41586-021-03430-5

COVID-19の重症炎症に対する治療標的としてのTOP1

2021-04-11 17:05:34 | 新型コロナウイルス(治療)
新型コロナウイルス感染症に対して、ワクチンの有効性は間違いなさそうですが、1年以上が過ぎようとしているのに治療薬としてはステロイド、レムデシビル、トシリズマブくらいしか有効性が示されておらず、特に初期のウイルス血症後に生じる致死的な全身炎症に対しては中々有効な治療法が出てきません。血中IL-6濃度高値が予後不良因子であることから、抗IL-6受容体抗体であるアクテムラには重症化予防効果が期待されていますが、これまでの臨床試験の結果は劇的な効果とは言いがたいものです。この理由としては、IL-6 pathway以外のシグナル系も重症化に関与していることが考えられます。
この論文ではウイルス感染によって生じる 「感染誘発遺伝子プログラムinfection-induced gene program」に注目し、クロマチン構造の変化の解析から、感染誘発遺伝子発現のトランス活性化に重要な分子としてDNA一本鎖の一過的な切断と再結合を触媒するDNAトポイソメラーゼtopoisomerase 1 (TOP1)を同定しました。TOP1を抑制することでSARS-CoV-2感染に伴うIL-6, CXCL2, CXCL3, CXCL8, EGR1, TNFAIP3などの炎症性サイトカインやケモカインの誘導が抑制されました。またTOP1の阻害薬であるtopotecan (TPT)がin vitroのみならず、in vivoにおいてもウイルス感染によって生じる組織炎症を抑制し、死亡率を改善させることを明らかにしました。Topotecanや他のTOP阻害薬であるイリノテカンはFDAで承認された薬剤であることから、重症なCOVID-19患者への応用が期待されます。
Jessica Sook Yuin Ho et al., TOP1 inhibition therapy protects against SARS-CoV-2-induced lethal inflammation. CELL DOI:https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.03.051