とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

新型コロナウイルス抗体製剤のFc部分の重要性

2021-02-17 08:10:17 | 新型コロナウイルス(治療)
新型コロナウイルス感染症に対して、モノクローナル抗体製剤の有効性が示されています。ほとんどはSpikeタンパクを標的とする抗体で、2種類の抗体を混合したREGN-COV2などが海外では使用されています。さて抗体は抗原認識に重要な可変領域(Fab)と定常領域であるFcの合わさった構造を取りますが、Fc部分は抗体依存性免疫増強(Antibody-Dependent Enhancement:ADE)に関与する可能性があるので、ADEを避けるために可変領域だけを切り出して使用するという考え方もあるかと思います。しかしこの論文で著者らはFc領域はSARS-CoV-2ウイルスの感染予防という点では不必要だが、感染が生じた後の症状改善には重要な役割を果たすことを明らかにしています。Fc部分が存在することで炎症症状や呼吸障害の改善が見られますが、この作用には自然免疫の抑制と組織修復の改善が関与していること、抗体製剤の有効性にはCD8+T細胞、単球が重要であることも明らかにしています。今後新たな抗体製剤を開発する上で重要な情報だと思います。 
Winkler et al., Human neutralizing antibodies against SARS-CoV-2 require intact Fc effector functions for optimal therapeutic protection. CELL DOI:https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.02.026 

COVID-19肺炎におけるimmune cell circuits

2021-02-16 23:02:48 | 新型コロナウイルス(疫学他)
医療従事者で「COVID-19はただの風邪」と考えるヒトはあまりいないとは思いますが、それではCOVID-19の病態の特殊性はどのようなところにあるのか?という点についてはまだまだ分かっていないことが沢山あります。新型コロナウイルス感染症の最も重要な病態は肺炎です。この論文で著者らはICUに入院している88人の重症COVID-19肺炎患者から経時的に肺胞洗浄(bronchoalveolar lavage, BAL)サンプルを採取し、COVID-19以外のICU入院重症肺炎患者211名のBALサンプルとの違いを検討しました。
まずCOVID-19患者では、健常人や他の肺炎患者ではほとんど見られないT細胞や単球の割合が多いことが明らかになりました。また肺胞マクロファージ中にSARS-CoV-2のRNAのpositive & negative strandsが認められました。このことはSARS-CoV-2ウイルスが肺胞マクロファージの細胞内で複製されていることを示しています。このようなマクロファージではCCL4やCXCL10などのケモカインの発現が亢進しており、これによってT細胞や単球を局所に誘導すると考えられます。Single cell RNA-sequencingの結果、COVID-19患者肺中のT細胞ではinterferon(IFN)-γの発現が亢進しており、これによって単球・マクロファージの活性化および炎症物質の産生を促進するとともに、単球からマクロファージへの分化を促進すると考えられます。すなわちウイルスの肺胞マクロファージへの感染および細胞内での複製⇑→ケモカイン産生⇑→T細胞、単球の局所への誘導⇑→T細胞によるIFN-γ産生⇑→単球・マクロファージ活性化⇑、炎症増悪→マクロファージの誘導⇑という"immune cell circuits"が回ることで、ウイルスが消失した後も炎症が遷延化すると考えられます。この仮説はあくまでも遺伝子発現から推測されたものですが、COVID-19における炎症遷延を説明するものとして興味深いです。
Grant et al., Nature. 2021 Jan 11. doi: 10.1038/s41586-020-03148-w.

RECOVERY trialでトシリズマブの有効性が示された

2021-02-13 09:42:49 | 新型コロナウイルス(治療)
Preprintではありますが、The Randomised Evaluation of COVID-19 therapy (RECOVERY) trialにおいてtocilizumabの有効性を示す研究結果が発表されました。RECOVERYは英国のNHS hospitalsで行われている、様々な治療薬の有効性・安全性を検証する大規模なtrialで、これまでにもデキサメサゾンが有効であることを示しています。今回の論文は抗IL-6受容体抗体tocilizumabの有効性を示したものです。RECOVERY trialではmain randomisation(Part A: dexamethasone, lopinavir-ritonavir, hydroxychloroquine, azithromycin, colchicine, Part B: 回復期患者血清、抗体製剤, Part C: aspirinの有用性を検証しているもの)の後、COVID-19症状の臨床的な進行が見られた患者(room airでSpO2<92%または酸素吸入要かつCRP≥75 mg/L)に対してsecond randomisationとしてtocilizumabとno additional treatmentの比較をしています。このようなデザインになっているのは他の治療薬に比べてtocilizumabが高価なためだと思われます。結果として4116名(人工呼吸患者14%、非侵襲的な補助呼吸が41%を含む)がランダム化され、2022名がtocilizumab群、2094名が通常治療群に割り付けられました。82%の患者ではステロイド投与が行われていました。Tocilizumabの用量は体重に応じて決定されています(90 kg超では800 mg, 65-95 kgでは600 mg, 40-65 kgでは400 mg, 40 kg以下では8 mg/kg)。この用量を一度IV投与し、改善が見られない場合には12時間から24時間後にもう一度投与します。
結果としては①tocilizumab群で28日以内の死亡率が改善(rata ratio 0.86; 95% CI, 0.77-0.96, p=0.007)②28日以内の生存退院が上昇(54% vs 47%; rata ratio 1.22; 95% CI, 1.12-1.34, p<0.0001)というものです。改善率としては目を見張るようなものではありませんが、他の治療法が奏功しなかった患者に行われた試験であることを考えれば、有望な結果と言えそうです。

ワクチン接種をためらう理由は?(長いです)

2021-02-11 12:01:04 | 新型コロナウイルス(治療)
「ワクチン接種をためらう理由は?(長いです)」
天然痘やポリオの例を見ても、ワクチンが人類の感染症との戦いにおいて強力な武器であることは間違いありません。今回の新型コロナウイルス感染症においても優れたワクチンの開発をうけて、「感染の拡大を抑え込んで日常生活を取り戻したい」と考えている人々にとっては、ワクチンへの反対や拒否は「けしからん」ことなわけです。しかし私の周囲にも「接種するつもりだけど怖い」という声もきかれます。医学・科学リテラシーが高い方でもそうなのですから、一般の方々にとって不安はもっと強いのだと思います。この記事中のDeborah Jones先生のように”But what strikes me is how many people are still hesitating. Vaccine hesitancy will slow down our return to normal.(田中訳:しかし、びっくりするのは[ワクチン接種を]まだためらっている人がたくさんいることです。ワクチンを躊躇することは正常への復帰を遅らせるのにね)” というような上から目線の言い方では、迷っている人にはきっと納得してもらえないでしょう。かといって「感染予防効果は**%で重症化予防効果は**%です。**%に副作用が、**%に重篤な副作用がでます」と詳しく説明をうけても、「10万人に1人というワクチンの重篤な副作用は、通常の薬で副作用が出るよりも少ないです」と言われても、基本的に安全よりも安心を優先させるのが人間の常なので(交通事故にあうよりも飛行機事故にあう方が怖い)、なかなか決めきれないわけです。
集団免疫という観点からはなるべく多くのヒトにワクチン接種を受けていただいた方が良いわけですから、全国民に強制的に接種という(全体主義的な)国があっても不思議ではありません。一方で「私は接種したくない」という自由を尊重するというのも、民主国家のあるべき姿であり、過度の同調圧力が働いて、未接種者を差別したり疎外したりというのは避けたいところです(ありそうな未来ではありますが)。それではこのような中で国としてワクチン接種率を高めたいとすれば、どうすれば良いのでしょうか?
まずワクチン接種をためらう理由を思いつくままに列挙してみます。「ワクチンにはマイクロチップが入っていてCIAに行動を観察される」というようなトンデモ理由はとりあえず除外します。
1. これまでに経験のないワクチンなので(副作用が)怖い
2. 発熱や注射部位痛などの副反応が怖い
3. デメリットを上回るメリットが理解できない
4. ワクチン自体の有効性を信じていない
5. 変異したウイルスには無効なので接種しても無意味
6. たかが風邪のウイルスに対してそんな大げさなことはしたくない
7. 実験台になるのが嫌
8. ワクチンを打たなくても私は感染しない
9. 注射が嫌
10. とにかく嫌
など様々な理由がありそうです。
大きく①副作用や副反応に対する(当然の)恐怖、②科学的なようで科学的ではない理由、③心理的な壁、その他、などに分類できそうです。
①(1, 2, 3など)は当然の不安です。これについては副反応・副作用の頻度や程度といったデメリットと、感染予防や重症化防止というメリットを理解し、メリットが大きいことを納得してもらうしかありません。私は積極的に接種するつもりですし、デメリット<<<メリットだと考えているのですが、それでも未経験なものに対する恐怖は(ある程度)あります。
②(4, 5, 6など)を主張する方々は、一見科学的な理由を主張されます。例えば「ワクチンを接種しても感染した例が報告されている(田中の意見:ワクチンの効果は集団として威力を発揮するので、一例一例の感染を取り上げるのは科学的ではないと思います)」「95%の有効性といっても95%が感染しないという訳ではなく接種の有効性は否定的(田中の意見:そもそも感染しない人がほとんどなのであたりまえで、ワクチンとはそういうものです。だからと言って有効性が否定されるわけではありません)」「変異したウイルスには無効だから接種しない(田中の意見:完全に無効だと証明されたわけではないですし、日本でドミナントな従来タイプには有効なのですから、これをもって接種しない理由にはならないと思います)」。6を主張される方は「重症化する人は一部でほとんどは軽症」ということを根拠にされます。重症化するのがごく一部であることは間違いありませんが、それを言えばポリオもそうです。現時点ではどのような方が重症化するのかがまだ完全には分かっていませんし、感染防御のために現在病院でいかに特別な対策(コスト的にも、マンパワー的にも)を必要としているかを理解していただく必要があると思います。「そんなのは必要ない」と言われればそれまでですが、病院では感染対策は十二分に行わないといけないのが実情です。これ以外にも先端的な基礎研究を根拠にするバージョンもありますが、多くの場合は正確な理解に欠けた議論になっているように思います。このような方々に納得していただくのはかえって難しい(きちんと説明してもまた新たな根拠を出してくる)ので静観するしかないのですが、接種率が高くなってきた場合には宗旨変えをされるケースも多いかもしれません。
③(上記以外)については個人の意思を尊重するしかありませんが、時々いる医療従事者で7(まず初めに医療従事者に接種するなんて、我々を実験台にしようとしているのか)のようなことを仰る方は、これまで治験などの臨床試験に参加されてきた方々のことをどう考えているのでしょうか?そもそも世界的に見ると何千万人もすでに接種しているわけですし。。
ということで私自身はワクチンは接種したほうがいいと考えており、患者さんに聞かれたらそのようにお話ししているのですが、国全体としてワクチン接種を推進していこうと思えば、反対・拒否される方々の理由や背景を十分に理解した上で、それに応じてコンセンサスを形成していくしかないのではないか、と思います。
個人的には「コロナワクチン接種後に高齢者死亡!!」というような詳細な背景や解析をすっとばしたセンセーショナルな見出しで煽るマスメディアやSNSは勘弁してほしいですがε-(-ω-; )
Nature NEWS 10 FEBRUARY 2021
”Trust in COVID vaccines is growing. Survey spanning several countries finds encouraging trends, but researchers warn vaccine hesitancy could slow pandemic recovery.”by Emiliano Rodríguez Mega

COVID-19における抗リン脂質抗体の重要性

2021-02-06 19:12:30 | 新型コロナウイルス(疫学他)
重症なCOVID-19患者では血栓形成が促進しており、重症化と関連していることが知られています。またこのような患者で抗リン脂質抗体(aPL抗体, anti-phospholipid antibodies)が出現する頻度が高く、抗リン脂質抗体症候群と共通した病態が存在するのではないかとされていました。この論文で著者らは入院COVID-19患者において8種類の抗リン脂質抗体(aPL抗体, anti-phospholipid antibodies)の存在を検討し、52%の患者で少なくとも1つのaPL抗体が存在することを明らかにしました。aPL抗体の中ではaPS/PT IgGが24%と最も多く、aCL IgM 23%, aPS/PT IgM 18%の順でした。高いaPL抗体を有する患者では好中球の過活性化が生じており、感染制御や血栓形成に重要とされているneutrophil extracellular traps(NETs)形成が促進していました。また臨床的には血小板増加、重症肺炎、低eGFRと相関していました。高いaPL抗体を有する患者から得られたIgGはin vitroで好中球を活性化し、NETs形成を促進しました。またIgGをマウスに投与すると血栓形成を促進しました。これらの結果はCOVID-19患者では何らかの機序でaPL抗体産生が亢進しており、これが血栓産生および重症化と関連している可能性を示唆しています。
Zuo et al., Sci Transl Med. 2020 Nov 18;12(570):eabd3876. doi: 10.1126/scitranslmed.abd3876. Epub 2020 Nov 2.
Prothrombotic autoantibodies in serum from patients hospitalized with COVID-19.