下記の記事は日本経済新聞オンラインからの借用(コピー)です
海外における新型コロナのワクチン接種の光景を見て、ちょっとした違和感を覚えた方もいるのではないか。皆が袖をまくりあげ、肩に注射針が「ブスッ」と垂直に突き刺さる。この「筋肉注射」は長年、ある事情があって日本国内ではなじみがなかった。4月以降、高齢者を皮切りに始まる予定の一般人への集団接種では、この注射の方法がちょっとした「波乱の要因」になるかもしれない。
注射の打ち方にはおおむね、皮内注射、皮下注射、静脈注射、そして筋肉注射の4種類がある。日本では毎冬に打つ季節性インフルエンザの予防接種を含め、一般的にワクチンは針先を皮下組織にもっていく皮下注射で打つことが多い。皮膚を少しつまみ斜め30度の角度で刺すイメージだ。
対し、筋肉注射は皮下組織のさらに奥にある筋肉にまで針を到達させなければならない。まさに突き刺すという言葉がピタリとあてはまる。針も太く長めで2㌢ほど挿入する。慣れないと見た目には、やはりぎょっとする。
実は多くの国で、大半のワクチンはこの筋肉注射で接種するのが常識になっている。赤みや腫れといった局所の反応が起きにくく、皮下注射よりも抗体ができやすいとされる。要は副作用の懸念が減り、効果もより期待できるというわけだ。
しかし、日本の予防接種では皮下注射という「ガラパゴス化」が続いた。1970年代、国内で薬剤の筋肉注射によって「大腿四頭筋拘縮症」を発症するケースが相次いだ。患者の数は約3600人にのぼり、社会問題にもなった。
以降、筋肉注射による医薬品投与は敬遠された。副作用については解熱剤や抗菌薬との関連性がわかり、予防接種との因果関係は認められなかった。日本小児科学会などは事実上の国際標準である筋肉注射への移行を要望したが、なぜか受け入れられなかった。
今回、新型コロナのワクチンでは、ファイザーにしろモデルナにしろ筋肉注射で臨床試験を実施した。海外での主要データをもとに国内の審査も進むため、この投与法を採用せざるを得ない。「筋肉注射を」という医療界の要求が皮肉な格好で実現したことになる。
見た目からかSNS上では「筋肉注射は痛そう」というイメージが広がっているようだ。ただ、「脳の仕業」ともいわれる痛みの感じ方は個人差がとても大きい。投与する医薬品の種類や量、そもそも注射を打つ医師や看護師の「腕前」でも変わってくる。
予防接種の場合、人によって「血管迷走神経反射」と呼ぶ症状が出ることもある。不安や痛みへの恐怖のさなか、針が刺さる際の刺激を引き金に心拍数や血圧の低下を招く。失神してその場に倒れ込むケースもあるが、副作用ではなく一種の生理的反応で、その場できちんと対処してもらえれば深刻になることはまずない。
数百人に1人の割合で、どんなワクチンでも起きる。ただ、医療機関で個別接種するのと違い、今回のように集団接種だと注射を打った直後に失神する人の姿を目の当たりにするかもしれない。痛みで倒れる動画がネットで拡散されることだってあるだろう。
「ワクチンを正しく理解する上で、こうした事態が起きてもとにかく大騒ぎしないこと」と岡部信彦・川崎市健康安全研究所所長は警鐘を鳴らす。
(編集委員 矢野寿彦)
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