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なぜか「イライラが止まらない」人に足りていないホルモンとはいったい? 脳科学者の有田秀穂氏による新書『脳科学者が教える「ストレスフリー」な脳の習慣』より一部抜粋・再構成してお届けする。
ダルマの置物が「七転び八起き」できるのは、腹のなかに重しが入っているためです。この重しがしっかりした重量を持っているために、叩かれても小突かれてもすぐにもとの状態に戻ることができるわけです。
もし、ダルマに重しがなかったり軽いものだったりしたらどうでしょうか。コテンと倒れてしまうと、もう起き上がれなくなってしまいます。人間の心の動きもこれに似ています。仕事で失敗をしても、友人とちょっとした行き違いがあっても、すぐに立ち直ることができる人もいれば、ちょっとしたストレスでも落ち込んでしまい、なかなか回復できない人もいます。この違いは、心のなかに重しがどれだけあるかに左右されていると考えることができます。
「ストレスフリーな脳」をつくるホルモン
では、人間にとっての重しに当たるものは、いったい何なのでしょうか。それは、セロトニンという神経伝達物質です。セロトニンは脳内にあるセロトニン神経から分泌される物質で、これが脳内にたっぷり存在していれば、ダルマの重しがしっかりしている状態になります。セロトニンこそが「ストレスフリーな脳」をつくる復元力の源なのです。
ところが、セロトニンの量が減ってしまうと、重しが軽くなってしまいます。そうなると、私たちはストレスに耐える力が弱くなってしまいます。セロトニンは、私たちがストレスを受けても、落ち込んだり、やみくもに対抗したりすることなく、どっしりと落ち着いた気持ちで生きていくために、なくてはならない大切な物質なのです。
たとえば、通勤時間の駅のホームを歩いていると、見知らぬ人の肩がぶつかってきたのに、相手は何もいわずにそのまま去って行ってしまった。そんなときの自分自身の反応が、ときによって変わることはありませんか。
あるときは、ムカッとしてイヤな気分がいつまでも残り、会社に着いても「礼儀知らずなやつだ」と腹を立てているかと思えば、ときによっては「混雑していたのだからしかたがない。あの人にも事情があったのだろう」と考えて、すぐに忘れてしまうこともあります。
これは、セロトニンの状態に違いがあったからかもしれません。脳内のセロトニンの量が充分でないと、重しがうまく働きません。重しのないダルマが、叩かれてもすぐにはもとに戻らないのと同じように、ちょっとしたストレスを受けただけでも平常心を失ってしまうのです。いつまでもうじうじと文句をいい続けたり、場合によってはその場でキレて大声で怒鳴り散らすということにもなりかねません。
しかし、セロトニンがたっぷり脳内に蓄積されていると、ちょっとやそっとのストレスを受けても、すぐにもとに戻ることができます。重しがしっかりしているために、少しのことには動じない状態でいられるからです。
もちろん、ぶつかった瞬間は、ムッとしたり、腹を立てたりするのは人間として当然のことです。ときには「気をつけろ」ぐらいいってもおかしくはありません。
セトロニンが足りないと…
問題はその先です。セロトニンが減っていると、いつまでも腹を立てた状態でいたり、時間が経ってもムカムカし続けてしまうのです。しかしセロトニンがたっぷりあれば、その場で腹を立てたとしても、それでおしまい。そこから先はうだうだと考えることがありません。
ストレスをさらっと受け流せるかどうか、それを左右するのがセロトニンというわけです。受け流すというのは、けっして逃げることではありません。一瞬カッと興奮するかもしれないけれども、すぐにもとの冷静な顔に戻っている様子を思い浮かべるといいでしょう。それがまさに、ダルマに象徴される「心の復元力」を持っている状態です。
それでは、セロトニンはどのようにしてできるのでしょうか。セロトニンを分泌するセロトニン神経は、脳幹という場所に存在する神経です。脳内には合計で約140億個の神経細胞があるといわれていますが、そのうちの数万個がセロトニン神経に当たります。
セロトニン神経の働きについて説明する前に、まずは脳全体について簡単に説明しましょう。脳は複雑な構造を持っていますが、ここでは本書に関係の深い部分に絞って紹介することにします。
1.大脳皮質
脳の外側を覆っている部分で、言語や知能をつかさどっています。人間がほかの動物に比べて高度な知能を持っているのは、この大脳皮質が発達しているためです。
2.大脳辺縁系
大脳皮質の奥にある部分で、感情をつかさどっています。人間だけでなく犬や猫のような動物も持っており、喜怒哀楽や快・不快などの感情や情動もここから発生しています。
3.前頭前野
大脳皮質にあり、人間として社会生活をするのに不可欠な働きをし、集中力や意欲、共感などにかかわっています。
4.視床下部
大脳辺縁系の奥にある構造です。食欲や性欲など、生存に不可欠な行動に関連しています。
5.脳幹
脳神経の中枢部であり、呼吸、血液循環など、生命の維持に不可欠な機能のほか、脳や体全体の活動レベルを調節する働きを持っています。脳幹は進化の過程でもっとも古くから存在する部分で、「最古の脳」とも呼ばれています。
セロトニン神経があるのは、脳幹のほぼ中央に位置する縫線核という部分です。いわば、脳のへその部分にセロトニン神経があるわけです。その位置からしても、セロトニン神経の重要性が想像できるでしょう。
セロトニン神経は、脳全体にさまざまな情報を送って、心と体をコントロールしています。その手段となるのが、セロトニンという神経伝達物質というわけです。セロトニン神経が活発であればセロトニンの分泌が多くなり、弱くなれば分泌が少なくなります。そして、分泌が多ければ、それだけ情報も脳全体に伝わりやすくなります。
とはいえ、1つひとつの神経細胞は、ごく小さいものです。これで、どうやって広い脳全体に情報を伝えることができるのでしょうか。
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その役割を負っているのが、神経細胞から突き出している軸索という器官です。これがケーブルのような役割をはたして次の神経細胞と接続して、次々に情報を遠く離れたところに送り届けているわけです。
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ただし、神経細胞と神経細胞の間には隙間が空いています。そこで、その隙間を越えて情報をバトンタッチするために、神経伝達物質を使っています。詳しくいうと、軸索の末端にインパルスと呼ばれる電気信号の衝撃が到達すると、そこから神経伝達物質が放出されて、さらに次の神経に情報が送られるというしくみになっているのです。
セロトニン神経でいうと、神経細胞のインパルスの衝撃が末端に達することでセロトニンが放出されて、相手の神経細胞の表面にあるセロトニン受容体がそれを受け取るわけです。
セロトニン以外にも、このような神経伝達物質は100種類以上存在しています。そして、神経伝達物質の種類や成分によって、心や体に興奮が引き起こされたり、抑制が利いたりというように、作用が変わってくるわけです。セロトニン神経が活発に働くのは、目が覚めている時間帯です。つまり、朝起きてから夜寝るまで、セロトニン神経は休むことなくインパルスを出し続けていることになります。一方、睡眠中はセロトニン神経の活動が弱くなり、セロトニンはほとんど分泌されなくなります。
有田 秀穂 : 医師・脳生理学者
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