年は新年を向かえたが、いつまでも幼稚な近代人、便利とかアホなグッズに身を任せ、ちょ~うド阿呆なカーチェイスを広げる中、昨今食べ物で言うお店、これにその食堂を営む店主が、どうやらアホなテレビ系人には、こう見え、
:自分の行ける道として食堂の主人は、食堂を営んでいるのだろう!
と、こう錯覚する(らしい)!アホな現代人で、昨今多いラーメンやを見て分かる通り、お店を開く理由が所謂自己表現をする為!っと、こう信じて疑わない・・・(アホ)
ラーメンやもそうだろうが、地域の食堂を営む女主人が、お店を開いてごはんを出すのは、おんなのこが好きな子に向けお弁当を上げる!と言うおんな心と同様、自分(女子)の思う気持ちを持って、やって来る子にごはんを食べて貰いたいから食堂をやるのである。いちいち、自分に掲げる看板があり、その所以で、女主人は食堂を営むのでは決してない!!
もはや、自分はラーメンやの主人なのだ!と言うバカげた理屈で、看板ラーメン屋を営むのはちゃんちゃらおかしいわけだ!
のん気の処女娘は、このことをまだよく理解しずらい。
いやいや、女学校があり、女学生が女学校を渡るとき、果て同じクラスの女の子友達と会いたい、遊びたいから学校に行くわけだ!はっきり言って、このおんなのこが女学園に行く理由も定められず、ただガリ勉張りに手を出す女学生などは、お店を出す理由が’自分の為’などと、高が知れる理由をぶちまける!
テレビと言うのはあって、僕は持たないので気にしたことなどないけれども、この詰まらんテレビ系の職業人の言い寄りは、まあ女子的に言う、
’好きな子にお弁当を上げる!’
的な生き方で、自己のあり様を決しているわけではほとほとなく、アホな輩は自分に付加されたアイドル系職業人と言う自分が、選ばれた自分と錯覚、世を見誤ってしまう。
いや~、(見てお分かりの通り!)テレビちんの生き方と言うのは詰まらん・・。少年と女子が、同時並行で、お芝居をしても意味はなく、僕はこの辺の近代人の薄らっぺらい感覚に、ほとほとムカつくのである。
女子が、自己発見的自分で生きていこうとするのはちょ~う詰まらんわけだ!(昔からいる)詰まらんのに自分は選ばれたナンバーワン!娘と錯覚、テレビ人のあり様がこの世の全てなのだ!と、嘘言い張る今の人は、いやー世にある真実で、この、
:○○
この、おんなのこ的性向を知らないわけだ・・・!
まだ見ぬ自分の行く末を僕が上に言う、
:○○
に、当て嵌めれば、おんなのこの行く末など等の最初から決まっている!
ではでは、食堂の女主人なんかやって来る女学生にごはんを食べさせるのだ!と言う後家さん張りの言い方で、(ここは!)幕を閉じるとしよう!
では、さようなら~!