旧知のホームレス、A氏と久しぶりに会って食事をした。
こざっぱりした服装。白髪交じりの頭はきれいに整えられている。
いわゆるホームレスには見えないからレストランで食事を
していても違和感はない。
初めて会ったのはおととし。大震災のあと。
その頃、私達の共通の友人が、彼を社会復帰させようと試みた。
が、彼はお坊ちゃま育ちで贅沢(?)。
しかも自分はいい大学を出てるし、能力もあると自負している。
人に使われるなんて絶対いやだと、友人の好意を拒否し、
いまもホームレス生活を続けている。
だけど60歳を過ぎて、雨風をふせぐ場もない。
寂しくないだろうか、心細くないだろうか……と思い、
「助け合うような仲間はいるんですか? ホームレスの」
と訊いてみた。
「いませんよ、そんなもの。僕は絶対にホームレスなんかと
付き合えない。あいつら、最低ですよ」
言下に、彼は答えた。
「寿町の、さなぎ食堂を知ってます?」
「ああ、知ってるけど、寿の中にある店なんでしょ?
ちょっとねえ」
「清潔だし、安くておいしいですよ、さなぎ食堂は」
「そうかもしれないけど……」
「さなぎの家は?」
「知ってるけど、ドヤの連中とかホームレスが集まるとこは
あんまり近寄らないようにしてるんですよ。
だってほんとに、どうしようもない連中だもの。
汚いし、無知だし、挨拶ひとつできないんですよ」
でも、あなただって、世間からはその連中と同じに
見えるんですよ、と私は内心で呟く。
彼は続ける。
「僕が政治家だったら、あの連中、問答無用で
まとめてトラックに放りこむ。そんで風呂へ入れて
あとは施設に押し込みますね。外へ出さない」
「施設なら寿にもあるけど、そういうところで
他人と一緒に規則正しい生活をするのがいやだ、
という人が多いでしょ、ホームレスには。
Aさんだってそうなんでしょ?」
たまらず、私は言った。
「まあね、そうなんですけどね」
でも、自分はあいつらと違う。育ちが良くてインテリだから、
と言いたげに、彼は顔をしかめた。
A氏は生活保護も決して受けない。
「僕はそこまで落ちたくない」
と言う。
生活保護は黙っていてもくれない。役所へ「ください」と
「お願い」に行かなければならない。
プライドの高い彼は、死んでもそんなことなど
したくないのだろう。
プライドのありようというのは、人によって異なる。
この寒い時期、図書館や、明け方までいられるマクドナルドが、
彼の命綱だ。
だけどどこでも、彼がホームレスだということは
ばれているだろう。
「そろそろお席を……」と慇懃無礼に促されることもあるようだ。
ホームレスになる前、ずいぶんと借金を踏み倒したらしく
「いまも逃げてる身なんですよ」と笑いながら彼は言う。
何人もの人に迷惑をかけているわけだが、それを言う彼の
顔には、くったくなど見られない。
申し訳ないことをした、というニュアンスもない。
要するに、借金からは逃げたけど、生活保護を受けてる
わけじゃなし、自分はホームレスとしてちゃんと自活している。
誰の世話にもなってない……というところで、
彼は自分のプライドを保っているのだ。
常識からすればなんだか変だが、私はわかるような気がした。
私だって、人から見れば「なんでそんなことを」と
思うようなところにこだわり、「だからなんなの」と
呆れられるであろうことを、自分のプライドにしている。
それを後生大事に抱え込んでいる。
そうじゃないと生きていけない。
向き合ってハンバーグステーキを食べ、
「じゃ、またいつか」と挨拶して、A氏と別れた。
新年の風は冷たかったが、まあこんなもんだろう、と納得した。
冬だからねえ……。