横浜ことぶきと大阪あいりん地区。
両地区は“どや街”“寄せ場”としてワンセットでよく紹介されるが、
根本的決定的に違うことが一つある。
それは、住民票。
寿の簡易宿泊所には住民票がおけるが、あいりんはおけない。
昔っからこの制度は変わらない。
政令都市の自由度なのか?なんなのか?
飛鳥田市政の名残なのか?
大阪は排除で横浜は寛容なのか?
行政の理由は分からない。
分からないが、その結果はここに来て大きく異なる社会を創り上げた。
「寿は10年先を予測できる町」
念仏の様に唱えてきた結果が、住民票の有無からあいりんと比較するとよく分かる。
これまでさなぎの活動が続けられたのは、寿に住む人たちが、生保として簡易宿泊所に居住できる市民権が得られたからである。
最も大事な居場所の確保。
さなぎ達が一番大切に考えている、人生の安心、そのひとがその人らしく生きていくために必要なことは、居場所と生きがい。
居場所が住民票によって保証されている安心感は絶大。
大阪の場合は、生保認定された時から、あいりん地区を出なければならないのである。
この違いが、同じ“どや街”と称された町を擁する現在の2つの政令都市の行く末を大きく分けた。
大阪では、あいりん地区から出された生保の高齢者が、地域から鼻つまみ者のして扱われ、孤独死している。 あいりんにいれば、教会やボランティアやドヤ仲間と一緒に居られたのに・・・・。
寿では全く反対の現象が起こっている。
住民として、介護、看護、医療の対象に、ヘルパー、ナース、医師、みまもりの学生などが、「人のつながり」ネットワークを創り、「福祉の力で人に見守られる安心」を感じて一生を終えている。それどころか、近年は近隣の区からは認知症や癌の末期、各種障がい者で家族を持たない人たちが、「寿ならなんとかしてくれるだろう」と逆に送り込まれて来ている。寿はその人達をも受け入れ飲み込んでいる。すごい町である。
その人達の受け入れのKEY WORDは「話しをしようよ」という「受容」の気持ちである。大切なのは何億かけて創った「はまかぜ」よりも、「そうだね」と相づちうつおばちゃんヘルパーのひと言ひと言である。
これからの大阪はさらに変わろうとしている。
今をときめく大阪維新の会。
この会の党首の原則原理は合理化と競争の原理であり、強力な指導力と、見事なまでの
対立軸作製能力に裏打ちされて、人気を博している。
最近の党首のスピーチには、田中角栄やアドルフ・ヒトラーのエネルギ-を彷彿とさせる強さがある。
強さとは弱さの裏返しである。10年後にとんでもない弱さが待っているような気がする。
急激な改革や変化は中国文革のような、大切なものを失ってしまうことにもなりかねない。
あいりん地区から路上生活者仕事を失った高齢者、各種依存症の人たち、各種障がいをもつ人たち、認定されていない潜在的障がいをもつ人たちが、きれいさっぱりと消えさってしまいそうな維新が起こりそうだ。
党首は“あいりん問題を半年で片付けたヒーロー”になるであろう。
消された人々は、大阪の町にちりばめられ、マスコミの対象にもならず静かに消えていくのである。
10年先、寿とあいりんは決定的に違う町になる。
ニッポンの縮図、ニッポンの未来。
みなさんはどちらを望みますか?
両地区は“どや街”“寄せ場”としてワンセットでよく紹介されるが、
根本的決定的に違うことが一つある。
それは、住民票。
寿の簡易宿泊所には住民票がおけるが、あいりんはおけない。
昔っからこの制度は変わらない。
政令都市の自由度なのか?なんなのか?
飛鳥田市政の名残なのか?
大阪は排除で横浜は寛容なのか?
行政の理由は分からない。
分からないが、その結果はここに来て大きく異なる社会を創り上げた。
「寿は10年先を予測できる町」
念仏の様に唱えてきた結果が、住民票の有無からあいりんと比較するとよく分かる。
これまでさなぎの活動が続けられたのは、寿に住む人たちが、生保として簡易宿泊所に居住できる市民権が得られたからである。
最も大事な居場所の確保。
さなぎ達が一番大切に考えている、人生の安心、そのひとがその人らしく生きていくために必要なことは、居場所と生きがい。
居場所が住民票によって保証されている安心感は絶大。
大阪の場合は、生保認定された時から、あいりん地区を出なければならないのである。
この違いが、同じ“どや街”と称された町を擁する現在の2つの政令都市の行く末を大きく分けた。
大阪では、あいりん地区から出された生保の高齢者が、地域から鼻つまみ者のして扱われ、孤独死している。 あいりんにいれば、教会やボランティアやドヤ仲間と一緒に居られたのに・・・・。
寿では全く反対の現象が起こっている。
住民として、介護、看護、医療の対象に、ヘルパー、ナース、医師、みまもりの学生などが、「人のつながり」ネットワークを創り、「福祉の力で人に見守られる安心」を感じて一生を終えている。それどころか、近年は近隣の区からは認知症や癌の末期、各種障がい者で家族を持たない人たちが、「寿ならなんとかしてくれるだろう」と逆に送り込まれて来ている。寿はその人達をも受け入れ飲み込んでいる。すごい町である。
その人達の受け入れのKEY WORDは「話しをしようよ」という「受容」の気持ちである。大切なのは何億かけて創った「はまかぜ」よりも、「そうだね」と相づちうつおばちゃんヘルパーのひと言ひと言である。
これからの大阪はさらに変わろうとしている。
今をときめく大阪維新の会。
この会の党首の原則原理は合理化と競争の原理であり、強力な指導力と、見事なまでの
対立軸作製能力に裏打ちされて、人気を博している。
最近の党首のスピーチには、田中角栄やアドルフ・ヒトラーのエネルギ-を彷彿とさせる強さがある。
強さとは弱さの裏返しである。10年後にとんでもない弱さが待っているような気がする。
急激な改革や変化は中国文革のような、大切なものを失ってしまうことにもなりかねない。
あいりん地区から路上生活者仕事を失った高齢者、各種依存症の人たち、各種障がいをもつ人たち、認定されていない潜在的障がいをもつ人たちが、きれいさっぱりと消えさってしまいそうな維新が起こりそうだ。
党首は“あいりん問題を半年で片付けたヒーロー”になるであろう。
消された人々は、大阪の町にちりばめられ、マスコミの対象にもならず静かに消えていくのである。
10年先、寿とあいりんは決定的に違う町になる。
ニッポンの縮図、ニッポンの未来。
みなさんはどちらを望みますか?
ただ、事実と違う内容なので…
『それは、住民票。
寿の簡易宿泊所には住民票がおけるが、あいりんはおけない。』
『大阪の場合は、生保認定された時から、あいりん地区を出なければならないのである。』
これらは、全く事実誤認です。
あいりんでも、簡宿に住民票をおけます。日雇労働者でも、年金生活者でも、生活保護受給者でも、たくさんの方が簡宿に住民票をおいています。
生保認定されたら、あいりん地区を出なければ…も違います。生保受給者が不況で「寄せ場」機能の低下した、あいりん地区で、最も多い住民層ですから。
「かつて横浜の行政に深く関わった、現在関西在住の方」からです。
ご指摘ありがとうございます。
おそらく、住民票認可の程度の差としてそのかたはお話になったんでしょう。
いずれにしても、特区構想の大阪あいりんと保守的みまもりの横浜ことぶき、今後の変化は注目ですね。