アメリカ大統領選の行方
*カマラ・ハリスの登場とトランプの自爆
11月5日、米国と世界の行方を左右する米大統領選が実施される。銃撃事件が幸いし、選挙情勢は大きく(トランプ優位)に傾きかけ、(ほぼトラ)(確トラ)とまで囁かれ始めたが、バイデンの引退、カマラ・ハリスの登場で勝負は一転、土俵中央に引き戻され、どちらかと言えば、トランプの勢いに急ブレーキが掛り始めた。バイデンを嫌っていた若者や非白人の有権者が一斉に息を吹き返した。(嫌バイデン・嫌トランプ)の閉塞感から解放された(ダブルヘイタ―)と言われた有権者達、とりわけ若者・女性や黒人・ヒスパニックは、こぞって選挙に目覚め、投票率は大幅に上昇するものと予想され、ハリス有利な展開となった。
トランプに付き纏う(嘘つき・ポピュリスト)のレッテルに加えて、今迄バイデンに対して(老人だ)とこき下ろしていたレッテルが、20歳も年下のエネルギッシュな相手の出現で、ブーメランとなって自分に跳ね返って来てしまった。これを反映し、好感度調査では無党派層中心に、ハリスが勢いを増し、トランプを大きく引き離しつつある。ハリス陣営は僅か一週間で308億円の選挙資金を集め、その内66%が政治献金は始めてという新しい層からであった。更には、選挙ボランテイアの申し入れが後を断たないとも報じられている。トランプはこりもせず、集会でハリスを口汚く罵り、こき下ろしているが、バイデンには通じても女性のハリスには完全な空振り、空回りで、逆にトランプ持ち前の(下品・粗野・女性蔑視・民族差別)を一層際立たせ、トランプの好感度を下げる結果に繋がっている。更に副大統領候補のヴァンスの存在がトランプの足を引っ張っている。元々コチコチの反トランプで、(暴行魔)、(頭の足りない大バカ者)とまでこき下ろしていたヴァンスであるが、共和党上院議員のポストを得る為、熱烈なトランプ支持者に豹変し、トランプのご機嫌を取る為、Maga(=Make America Great Again)を連呼、その発言はトランプを真似て過激極まりない。暴走車トランプに暴走エンジンを取り付けたような感じで、流石に共和党員の中にさえ批判的な声が出始めている。ヴァンスが自分の妻と同じヒンドゥのインド系移民であるカマラ・ハリスを「子どもがいない惨めな変わり者女」と呼んだ侮蔑の映像がSNSで拡散し、各メディアも大きく報道しており、トランプが火消しに躍起となっているが、共和党支持者の女性からも女性蔑視との非難の声が上がり始めている。過去の自分に対する非難の発言に気付いていないトランプは彼を評価しているが、次期大統領候補として疑問視する声が根強く、トランプ自爆の暴走エンジンに成り兼ねない。
ただしかし、2016年の選挙で総得票数でトランプを280万票も上回っていたヒラリー・クリントンが大統領選でトランプに負けた例もある様に、有権者が投じた総得票数で勝者が決るのではない。アメリカの大統領選挙では(首都ワシントン及び各州)に対し人口比等に応じて選挙人が割り当てられて居り(全米総合計で538人)、殆どの州(註)では、州得票数の勝者がその州の選挙人を総取りし、其の選挙人の過半数(270人以上)を取った候補が大統領選に勝利するシステムをとっている。(註;得票率で選挙人を配分する州は、ネブラスカ州とメーン州の2州のみ)。
大きな票田は、カリフォルニア州(55人)、テキサス州(38人)、フロリダ州(29人)、ニューヨーク州(29人)の後に、イリノイ州(20人)、ペンシルベニア州(20人)が続いているが、共和党を支持する傾向がある州は赤い州(red state)、民主党を支持する傾向がある州は青い州(blue state)と呼ばれて居る。 カリフォルニア州、ニューヨーク州は青い州で岩盤であるのに対し、テキサス州は赤い州となっているが、最近テキサスでは 民主党支持が伸びて居りトランプが此の州を失えば、勝利の可能性は、ほぼゼロとなる。
大統領選で最も注目されるのは、民主・共和両党の間で支持が揺れる州、いわゆる「スイングステート」と呼ばれる激戦州で、代表的なのは、選挙人29人を抱えるフロリダ州である。カトリック系の黒人やヒスパニックの人口が増えて居り、世論調査ではトランプの支持率が伸びているものの、ハリス登場で大きくスイングする可能性が出て来た。
又2016年の大統領選でトランプの勝利を決定づけた「ラストベルト(錆びついた工業地帯)」の州も目が離せない。ラストベルトとは、米国中西部から北東部に位置する、鉄鋼や石炭、自動車などの主要産業が衰退した工業地帯の呼称で、ペンシルベニア州(19)、オハイオ州(18)、ミシガン州(15)、ウィスコンシン州(10)などが含まれるが、2016年の大統領選で、トランプはこの4州で勝利したものの、2018年の中間選挙での上院選で、共和党は民主党に敗北して居り、又直近の世論調査では、4州のうちトランプが優勢なのはオハイオ州(州都;シンシナテイー)のみ、しかも0.6ポイントの僅差である。激戦州でも都市部は民主党、農村部・郊外は共和党支持の傾向が強い為、トランプは郊外在住の女性、若年層、黒人、ヒスパニック系の支持を期待しているが、トランプの口汚い人種差別・性差別攻撃はトランプのコアの支持層(低学歴・白人)には受けても、支持を期待する層の離反に繋がりかねないし、共和党が発信しようとした「団結の訴え」にも反する為、ジレンマに立たされている。トランプは神妙に団結を訴える演説を始めても最初だけで、途中から軽薄な本性が現れ、全くそれに反する人種差別、性差別等の分断を煽る方向に走ってしまうのである。
更に民主党には、(ランニング・メイト=伴走者)とも呼ばれる副大統領候補には魅力的な人材が揃って居り、ハリス支持を加速させる事が期待される。ラストベルト・ペンシルベニア州の知事で、かつて州の司法長官も務めたジョシュ・シャピーロ氏(51)や、アリゾナ州選出の上院議員で、元宇宙飛行士のマーク・ケリー氏(60)などが有力候補だが、ペンシルベニア州(19)とアリゾナ州(11)は、共に激戦州で、2人は過去に選挙でトランプ氏が支持した候補に勝った経験がある。また、バイブルベルトのノースカロライナ州(16)のクーパー知事、ケンタッキー州(8)のベシア知事など合わせて7人の名前が挙がっている。
副大統領候補は最終的に下馬評に無かった異色の(ミネソタ州知事・ワルツ氏)に決まった。所謂地方の叩ぎ上げで、「裏庭のバーベキュー・パーテイーに居る様な気さくな人物」と評されて居り、(検事でシャープ)なハリスと(泥臭い)知事の絶妙な組み合わせと民主党応援者を活気づかせている。
トランプはバイデンを「老人で弱弱しい」と声高に攻め立て点数を稼いでいたが、全て水泡に帰してしまい、一から戦略の立て直しの必要に迫られているが、今のところハリスの悪口を言うことぐらいしか攻撃手段を見出せていない。更に、この10年民主党から離反した黒人層を、人種が同じハリスが呼び戻す可能性が極めて大きいし、トランプが在任中3人もの判事を送り込み、保守派で固めた連邦最高裁が女性の「中絶を選ぶ権利」を否定した為、キリスト教・福音派以外の女性から総スカンを食らって居り、この影響も大きい。福音派の連中もトランプの離婚履歴、強姦など不道徳行為に加え、トランプ支持のコアである低学歴白人層が求める下品で口汚い悪口は聖書の教えに反すると離反の動きも出始めている。自身も被害者となった銃規制も争点になるが、どう対応するのか難しい判断が求められる。
**南北戦争の危険
色々な条件を検討するとトランプが当選する可能性は極めて低いし、アメリカや世界の自由主義陣営にとって混乱回避という点で極めて好ましい結果と言える。
しかし前回大統領選で敗北を認めず「選挙は盗まれた」として、バイデン勝利を副大統領として認めないようペンス副大統領に求めたが、選挙結果の認定を阻止する権限は憲法上認められていないとして拒否したのに対し、トランプは演説等でペンスを激しく非難し、これに呼応した支持者が「ペンスを吊るせ」と処刑を呼びかける等、議会乱入事件に繋がった。ペンスは州兵を動員,暴徒鎮圧を図った。
今回の選挙はトランプにとって、何が何でも勝利し自らが抱える裁判を無効にすることも大きな目的であり、勝利の見込みが無いと判断すれば、どの様な手段をとるか充分注視・監視する必要がある。特にハリスの身辺警護も極めて重要である。
トランプは自分が負けるのは選挙が盗まれた時(不正があった時)だけであると言い続けて居り、3月自分が今回の選挙で負けたら、米国の自動車業界と国は血の海になると政治的暴力を扇動するような発言をしている。いまだに、前回の選挙は不正によって盗まれたとしてバイデン勝利の選挙結果を認めておらず、2021年1月の連邦議会議事堂襲撃事件は、無数の人がその映像を見ているにもかかわらず、事件が本当にあったかさえ否定してしまう。「覚えておいたほうがいい」と、トランプは言った。「皆さんが見ていることは......実際に起きていることとは違うのだ」と、そして恐ろしい事にそれを信じ込み狂喜する低学歴の白人が多数いる事である。
元々南北戦争以来、アメリカの政治と社会には分断の芽が大きくなりつつあった。1964年人種差別を禁じる公民権法が成立したその時から、社会の分断を強めて来たのである。人種差別から解放された黒人の人口増、移民の増加がそれに拍車をかけた。
1950年代のアメリカは、人口の89%を白人が占めた。アメリカ独立戦争に関わった(建国の父)達と同じWASP(白人・アングロサクソン・プロテスタント)が、権力や影響力のあるポジションを牛耳っていた。だが今、白人の割合は59%まで低下し、2040年には50%を割り込む勢いである。400年のアメリカの暦史で初めて、アメリカは白人の国であると言えなくなりつつある。どんな集団にとっても、長年享受してきた権力を手放すのは容易な事ではない。白人至上主義者たちが、「おまえらに取って代わられてなるものか!」と叫びながら星条旗を肩に行進しているのは、その典型的な例である。主流派としての優位を失うに従い、白人は怒りを募らせ、変化に反発するようになった。その集大成がトランプだ。なにしろトランプは、エリートや政治機構や民主主義を敵と呼び、民意を代表するのは自分だけだと主張してアメリカ底辺の低学歴白人層の喝采を取り付けアメリカの分断を煽り先鋭化させたのである。これにマスコミも加わった。1996年に開局したFOXニュースは保守色が強く、白人中心主義的で、場合によっては白人至上主義的な切り口でニュースを報じてきた。2015年以降は、トランプ支持を前面に押し出した。白人が支配していた時代から多様な時代へと変貌を遂げたが、それに伴い過激な言論が増えて、一部のトランプ支持者は自分にとって心地よい政治的・文化的報道だけを信じるようになった。
民主党はリベラル・都市部・高学歴・民族的多様性、共和党は保守的・農村部・低学歴・白人などの特徴を持つ政党に変化し、両党共に穏健派は姿を消し、両党のイデオロギー的な重複はなくなった。両極化によって政治は機能不全に陥いる可能性が強くなった。
19世紀中頃、奴隷制存続を主張するミシシッピー州やフロリダ州など南部11州が合衆国を脱退し(アメリカ連合国)を結成し合衆国にとどまった北部23州と戦争となった。これが4年間続いた南北戦争である。
大統領選に全てを択すトランプにとって敗北は破滅を意味しかねない。MagaではなくMtga(Make trump great again)の為には支持者を扇動し何をやりだすか、危険が付き纏う。