藤井七段が挑む最年少タイトル戦(5)
藤井七段は地元での開幕局に、先月下旬の棋聖戦第2局で披露したダーク調の着物とは打って変わった、白の着物に薄灰色の羽織姿で登場、新たな和服姿にabemaTVでも「着物姿が素敵」「白も映えて生えて大人の雰囲気」等々、女性陣を中心に多くの賛辞が集まったと報じられた。小生はその涼やかな姿から、ふと「漱石の三四郎」が脳裏を過ぎった(小生の勝手な思い込みで全く根拠はない)。
藤井先手で始まった緒戦は、両者の特徴がよく出た一局で、若手のホープ中村太地七段(32)が巧みな表現で総括をした。「木村王位らしく、相手を待ち構え、攻めを呼び込む形を取ったが、藤井7段がそれに乗って終始攻めまくった。最後までアクセルを踏込んだまま攻め続けて倒してしまったという将棋でした」と指摘している。 藤井七段は、木村王位の受けや反撃に注意深くケアし、張り巡らされた地雷や落とし穴を巧みに避けて、自爆することなく寄せ切ったが、渡辺3冠との棋聖戦第2局同様、相手に一度も王手をさせない完勝であった。多くの棋士が藤井の6月からの急成長、その強さに衝撃を受けている。「10代でタイトル獲得の可能性も非常に高い」との呼び声や、中村7段の「彼だけが別のどこかの場所に行ってしまったような何かを感じます」との述懐も多くの棋士が感じていることだろう、すんなり頷ける話である。
今回は年の差30歳の「史上最年長初タイトル獲得者VS史上最年少タイトル挑戦者」であったが、31年前にさらに大きな年齢差40歳の勝負を戦った棋士、南芳一九段(57)によれば、勝利した17歳の藤井について「私がどんな相手からも経験したことのないような強さがあるように思う。今まではむしろ本当の力を発揮できていなかったのではないでしょうか」と賛辞を贈る。中原誠、谷川浩司、羽生善治ら時代の覇者たちとタイトルを争ってきた棋士の言葉だけにその発言は非常に重い。 (史上最年長の66歳でタイトル挑戦者となった大山康晴十五世名人を、26歳の南芳一棋王が迎え撃った1989年度の棋王戦、年齢差史上一位である)
藤井のプロデビュー戦最初の相手を務めた「神武以来の天才」と呼ばれたレジェンド・加藤一二三・九段は王位戦の終局後、「安定した、深く正確な読みに裏打ちされた凄まじいまでの強さ」「欠点や弱点がひとつも見当たらない隙のない将棋だった」と最大級の評価を与えた。
コロナによる2か月、対局の無かった空白期間に藤井7段の将棋は大きく変貌した。詰将棋で鍛えた圧倒的な終盤力と言う大きな武器によって、他の棋士のように終盤の捩じり合いに時間を残して置かなければならない必要性は、左程高くない。従って中盤戦の勝負所、形勢を優位に持っていく場面で長考を厭わず持ち時間を投入出来るのである。コロナ空白期間中に自分の将棋を見直したと述べているが、自分の長所を理解した戦い方に変貌を遂げたのが飛躍の源泉だろうと思う。
本人は初の2日制を終えて「体力的な面で課題が残った」と珍しく疲労感をにじませたが、次戦に備えて対応策を考えておきたいと,全く付け入る隙がない。此の侭では「藤井7段被害者の会」も会員が多くなりすぎて自然消滅になる公算が大きいとの声も上がっている。
藤井挑戦者はちょうど4年前、未だ「将棋の棋士になる為の専門学校とも言うべき奨励会員」3段であったが、奇しくも、地元犬山で開催された羽生王位対木村9段挑戦者による57期王位戦を観戦していた経緯がある。その時の謂わば「棋士見習い」の少年が僅か4年後に同じタイトル戦の、しかもその当時の挑戦者に挑戦する、当にドラマを地で行くような歴史が出来上がったと言えるだろう。
藤井の地元・瀬戸市では、愛知県下で初めてタイトル戦を戦った“おらが町のスター”に大盛り上がり。
応援メッセージ1100枚以上が貼られた名鉄・尾張瀬戸駅横の商業ビル「パルティせと」では、パブリックビューイングのスペースを用意。対局のたびに地元商店街などが自然発生的に応援イベントを開催していたが、瀬戸市と同市の文化振興財団が協力して「瀬戸市文化センター文化ホール(収容約1500人)」、「パルティせとアリーナ(同400人)」、「瀬戸蔵つばきホール(同350人)」の3か所でPVの会場が出来上がった。
この瀬戸市文化センター文化ホールは昨年5月に「瀬戸将棋まつり」を開催し、木村一基九段(当時)と藤井が記念対局を行っている。人気棋士の対局と言うことで、有料にも拘らず日本全国からホールに入りきれない程の申し込みが来たと報じられている。地元では藤井七段のお陰で瀬戸市の知名度が日本規模となった。これを維持拡充する為に子供将棋大会や初心者教室などのイベントを開催し、将棋文化を広げる活動に注力し始めている。藤井7段の扇子に書かれた文字や、詰め将棋の図面を使った瀬戸の焼き物など藤井聡太グッズ″を開発中で、 瀬戸市は「焼き物と将棋の街」に変貌を遂げつつある。 2018年7月に瀬戸将棋文化振興協会が設立され、「入会費・男性5000円、女性3000円で会員を募集したが 、北海道から九州まで、日本中から応募があった。女性の割合が圧倒的に多く、藤井七段のファンがほとんどで、以前遠方から藤井七段のゆかりの地を巡るために訪ねてきた方がいました。藤井聡太効果、恐るべしという感じです」 と担当者が漏らしている。
今や藤井7段とAbemaTVの登場で将棋を知らない人も含め女性を中心に将棋フアンが大幅に増加した。
対局者の食事やおやつ迄が話題となって「将棋飯」と言う造語迄飛び出し、それを提供する店にフアンが集まり、同じメニューにフアンの客が殺到すると言うような社会現象を生み出している。
前ブログで藤井七段インタビュー記事の書き忘れた分を追記して置きたい。
昨年6月、小生も大フアンのNHK桑子真帆アナによるインタビューで、ニュース9で放送されたものであるが、藤井7段の姿を浮き彫りにする素晴らしい内容であった。
藤井の口振りからテレビは「ニュース9」しか見ていない様子が伺え、初めましてで始まったが、どことなく初対面で無いような雰囲気が伺え、何時も見ている美人アナの前のせいか、終始伏し目勝ち、最後まで一度も相手の顔を注視せず消え入りそうな風情に、大丈夫かと心配させたが、話が進むにつれその内容は流石と唸らせるものがあった。番組の最後に桑子アナが、矢継ぎ早の質問に対し藤井の真摯な受け答えに「胸がキュンとした」と感想を漏らしていたが、然もありなんと合点がいった。
**「学校は楽しいか」と聞かれ「家に籠り過ぎると発想に行詰まるので、新しいものに触れることが出来、リフレッシュできる場所として有り難い」。 **又「対局前に願かけとかするか」には「普段通り望めればよいと思っているので、ルーテインワークは一切しない」。 **「有名になり絶えず注目されて負担にならないか」と言う質問には「プレッシャーは無い、勝ち負けにこだわり過ぎるのは良くないので、盤上最善手を真摯に追及するのが良い結果にも繋がると思っている。」 **更にAIさえ予想できず「藤井のAI超えの一手」と評判になった事に関連し、AI将棋について聞かれ、「AIのソフトは従来の人間の価値観を超えた判断を示してくれる等、将棋の考え方の枠を広げてくれ自分も其のお陰で成長出来た。AIとの対局の意義については、常に問われていることだが、生身の人間同士の対局は臨場感が違う、棋士が真剣に向き合っている姿を味わってもらえればと思う。」とパーフェクトな返答である。
このインタビューは藤井7段異例の速さの昇段だった為、5,6,7段の3つを一纏めにした異例の昇進祝いのパーテイー会場で行われたものだが、スピード昇進等により**「藤井フィバーで何時も一挙手一投足が注目されるが、重荷に感じないか」と問われ「特にプレッシャーは無い、勝ち負けにこだわり過ぎるのは良くないので、盤上の最善手を追及するのが好結果に繋がると考えている。」 **更に「将棋が生きていく為の存在になり、苦痛に感じることは無いか」との問いに対しても「将棋は5歳から始めたが、苦痛になる事は無い。将棋に対し好奇心、探求心を感じて来たので、これを大事にして行きたい。」 **最後に「強くなっていく先に何があるのか」と言う難しい質問に「強くなるにつれ盤上に見える景色も変わってくるので、それを確かめたい。」 何という意味深い発言であろうか。普通は「名人になりたい」というようなありきたりの答えが普通だが、この発言を聞いて藤井7段こそ将棋界始まって以来の天才であることを確信した。
ダブルタイトル戦、地元での大勝負、2日制対局,和服の着衣、封じ手等々…“初体験づくし”を前にしても、落ち着いた振舞は何ら変わるところが無かった。約2カ月間、対局が行えなかったが、6月2日対局再開後は、一敗しただけで無類の好調を維持している。本人も「約2カ月間隔が空いたことで、今までの自分の将棋を見つめ直すことが出来たのかなと思っています」と自己分析している。藤井7段の強みは「無類の負けず嫌いと集中力、探求心」に加えて、「自己分析力」にもあるのではないかと思っている。
彼の語彙力や表現力は付け刃ではない。小学5年生で司馬遼太郎『竜馬がゆく』を全巻読破し、「朝日新聞」を一面から始め、隅から隅まで読む習慣は今も変わらない、更に父親のビジネス書等にまで手を伸ばして居たと言うほど、活字に親しんでいることはよく知られて居り、父親の書棚にあった「自己分析に関する書物」にも触れる機会があった可能性がる。語彙力・表現力は勿論、藤井の豊かな人間力はそれによって培われたものであると言えば言い過ぎだろうか。
一寸した発言が波紋を広げ、世間のみならず将棋界や他の棋士にまで影響を及ぼしかねないことが多々あるのを考慮して、どのインタビューデモ、己の発言に責任感を持って極めて慎重に答えていることが窺い知れる。舌禍事件の絶えない大人が後を絶たない中で異彩を放っており、天才であるのと同時に、誠実な人柄であることが読み取れる。
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