人との距離感って、とっても難しいと感じるすこっち。
元々、人と関わる事が苦手で、親しくなっても自分から人にアプローチをする
ってことを怠って来た学生時代を過ごし。
芝居の養成所に通いだした頃も「人は人、私は私」といった感じで
ぶっちゃけ人と関わること自体に興味が無かった時代もあり。
しかし、演じる側の立場から、本を書かざるえない時代を迎えた時、
初めて1本の芝居を作るまでに、いろんな人の手を借りながら、
沢山の人の時間を預けて貰いながら
作品に命を吹き込む作業を通して、「繋がり」や「和」の大切さを痛感。
そうやって、人とのかかわりを持ち出すと、
他の色んな友人以外の関わりが出来たり。
少しずつわたくしなりの「和」が広がり。
ただ、その「和」を大切だと思っても、根が人間嫌い(苦手)ですから(汗)
大切にする術が分からなかったり。
わたくしがしっかりしなきゃ!と、自分で一杯一杯になってしまったり。
そんな中で
そういう術が少しづつ、何となく分かりだしたのは
芝居との関わりからもさることながら、
同時に普通に社会人として働いていた事も
とても大きかったように感じます。
世間に出て働くということは「和」であったり「協調性」であったり
いい意味で、学べることが多くあったように思います。
芝居の世界だけに偏っていると、「和」は補えても「モラル」や「協調」が苦手な人が
多いようにも感じていて、それは自分も例外ではなく言えることだったり。
そういう意味でわたくしにとって、普通にOLをすることは、その部分を補う
大切なもう一つの場所といった感じでした。
特にモラルや協調性は、実はどんな世界でも大切なことで、、、これらが「和」に
つながったりするわけなんですが。
例えば、
Aさん、Bさん、Cさんがいたとします。
3人は友人同士です。
Aさんは、最近になってCさんを呼び捨てで呼ぶようになりました。
Cさんはそれについて、Aさんとは仲がいいので問題ではない様子。
ここからが問題です。
Aさんが呼び捨てしているんだから、俺も呼び捨てでいいよね・・とBさんが
Cさんを呼び捨てにしだしました。
BさんはCさんを呼び捨てにして良いのかと言うと
実はそうじゃなかったり。
Aさんの不機嫌な様子を見て、Bさんは何で?なんて思ってしまう。
空気が読めていないんでしょうね。
AさんとBさん、Cさんは友達ではありますが「関係性」はそれぞれ違うんです。
同じではないんですよね。「関係性」が違えは「距離感」も違う。
その空気が分からないBさんは敬遠されたり。
これは実際にわたくしが体験したことなんですが、笑。
呼び捨てにされたのはわたくしなんですが、わたくし自身は呼び捨てで呼ばれるほど
仲が良かったわけでもなく、関係性も薄く感じてましたので
ちょっと気安い感を感じてしまいました。
あと相手の状況や、自分の立ち位置を考えずに思うが侭批判してしまったり。
相手が聞いていないのに、
責任の無い立ち位置から、モノを言ってみたり。
あんた関係ないでしょ?
なんて反感を持たれたり、持ってしまったり。
距離感の問題で、勘違いする、又はされることってあったり。
歳をとる毎に、そういう所の距離感は何となく分かってくると同時に
距離感の大切さを痛感しますし、最低限のモラルも求めてしまうようになります。
距離感。
距離感ってなんなんでしょうね。
わたくしが思うに、相手を思いやる気持ち=相手とのいい距離感・・のように感じてたり。
まぁそれだけではないのでしょうが
芝居をしていようが、普通に働いていようが、
人と付き合う上で、とても大切だし、とても難しいなぁ・・・なんて感じます。
元々、人と関わる事が苦手で、親しくなっても自分から人にアプローチをする
ってことを怠って来た学生時代を過ごし。
芝居の養成所に通いだした頃も「人は人、私は私」といった感じで
ぶっちゃけ人と関わること自体に興味が無かった時代もあり。
しかし、演じる側の立場から、本を書かざるえない時代を迎えた時、
初めて1本の芝居を作るまでに、いろんな人の手を借りながら、
沢山の人の時間を預けて貰いながら
作品に命を吹き込む作業を通して、「繋がり」や「和」の大切さを痛感。
そうやって、人とのかかわりを持ち出すと、
他の色んな友人以外の関わりが出来たり。
少しずつわたくしなりの「和」が広がり。
ただ、その「和」を大切だと思っても、根が人間嫌い(苦手)ですから(汗)
大切にする術が分からなかったり。
わたくしがしっかりしなきゃ!と、自分で一杯一杯になってしまったり。
そんな中で
そういう術が少しづつ、何となく分かりだしたのは
芝居との関わりからもさることながら、
同時に普通に社会人として働いていた事も
とても大きかったように感じます。
世間に出て働くということは「和」であったり「協調性」であったり
いい意味で、学べることが多くあったように思います。
芝居の世界だけに偏っていると、「和」は補えても「モラル」や「協調」が苦手な人が
多いようにも感じていて、それは自分も例外ではなく言えることだったり。
そういう意味でわたくしにとって、普通にOLをすることは、その部分を補う
大切なもう一つの場所といった感じでした。
特にモラルや協調性は、実はどんな世界でも大切なことで、、、これらが「和」に
つながったりするわけなんですが。
例えば、
Aさん、Bさん、Cさんがいたとします。
3人は友人同士です。
Aさんは、最近になってCさんを呼び捨てで呼ぶようになりました。
Cさんはそれについて、Aさんとは仲がいいので問題ではない様子。
ここからが問題です。
Aさんが呼び捨てしているんだから、俺も呼び捨てでいいよね・・とBさんが
Cさんを呼び捨てにしだしました。
BさんはCさんを呼び捨てにして良いのかと言うと
実はそうじゃなかったり。
Aさんの不機嫌な様子を見て、Bさんは何で?なんて思ってしまう。
空気が読めていないんでしょうね。
AさんとBさん、Cさんは友達ではありますが「関係性」はそれぞれ違うんです。
同じではないんですよね。「関係性」が違えは「距離感」も違う。
その空気が分からないBさんは敬遠されたり。
これは実際にわたくしが体験したことなんですが、笑。
呼び捨てにされたのはわたくしなんですが、わたくし自身は呼び捨てで呼ばれるほど
仲が良かったわけでもなく、関係性も薄く感じてましたので
ちょっと気安い感を感じてしまいました。
あと相手の状況や、自分の立ち位置を考えずに思うが侭批判してしまったり。
相手が聞いていないのに、
責任の無い立ち位置から、モノを言ってみたり。
あんた関係ないでしょ?
なんて反感を持たれたり、持ってしまったり。
距離感の問題で、勘違いする、又はされることってあったり。
歳をとる毎に、そういう所の距離感は何となく分かってくると同時に
距離感の大切さを痛感しますし、最低限のモラルも求めてしまうようになります。
距離感。
距離感ってなんなんでしょうね。
わたくしが思うに、相手を思いやる気持ち=相手とのいい距離感・・のように感じてたり。
まぁそれだけではないのでしょうが
芝居をしていようが、普通に働いていようが、
人と付き合う上で、とても大切だし、とても難しいなぁ・・・なんて感じます。