白秋ながや文庫

日々の徒然。

たいしたことの無い話し

2015年03月08日 | 日記

今日はフジテレビで昨年話を聴く機会のあった味谷氏のプロデュースされた「花嫁のれん物語」がオンエアーされた。おもしろい。実におもしろい。

あとは日本テレビの笑点が楽しみでNHKの大河も楽しみである。

テレビもおもしろいなあ。まだまだ。

 


僕の夢

2015年03月08日 | 日記

小さい頃はエジソンにあこがれ理科系おたくで物理~化学にあこがれ部屋はアルコールランプ、ビーカー、試験管、シャアレー、顕微鏡、天体望遠鏡、半田ごてからテスターその他でガラクタ部屋で足の踏み場も無く真空管、抵抗、コンデンサー、トランス、コイル、半導体、トランジスターその他、が散らばっており勉強部屋というよりガラクタ研究所だった。

ラジオから始まりテレビを壊しては治し、ついに無線の趣味にはまりこんでしまった。

自分で作ったアンテナや送受信機で知らない国の人と交信できることは未知の世界へふみこむようだった。

片方で中学の時の「10年後の私」の1行には芸能界に入っているだろうとミーハーなことをかいたおぼえがある。

家にはピアノはあったが妹と母がやっていた。僕はギターを我流でおぼえていた。

学校卒業後アマチュア無線の専門店でサラリーマンをやっていた。そのあと

たしかに10年後は劇団でお給料(活動費)をもらっていた時期がある。でもマスメディアのミーハーでもあった。

CMの世界から映像へラジオからテレビへそれと平行にちょこっと雑誌のライターに。

在来キー局の仕事は学生時代にアルバイトはしたもののエンドロールには名前はでなかった。

歌手のオーディションでは2度ほど顔出しもしたけどレコード会社のオーデションもうかったけど

興味がなかった。新劇の養成所は卒業したけど。

Oターンかな?同級生の呼び寄せで再上京した。エンドロールに名前が出るのはうれしかった。

 

…また話がとんだ。

夢の話しでしたね。健康であること。愛すべき人々に幸運をフィードバックできること。かな。