当時僕が住んでいた世田谷の部屋でのスナップ。
6月30日は俳優 古城和孝氏の命日である。
今日は古城さんに縁があった方々、ファンの皆さんと彼を偲びたいと思います。
合掌。
※お身内の許可をいただいていないので、上記写真の無断転載はご遠慮ください。
なお、お身内の方々からのご依頼があった場合は
ブログから即座に削除させていただきます。
写真使用、ご容赦のほどを。
当時僕が住んでいた世田谷の部屋でのスナップ。
6月30日は俳優 古城和孝氏の命日である。
今日は古城さんに縁があった方々、ファンの皆さんと彼を偲びたいと思います。
合掌。
※お身内の許可をいただいていないので、上記写真の無断転載はご遠慮ください。
なお、お身内の方々からのご依頼があった場合は
ブログから即座に削除させていただきます。
写真使用、ご容赦のほどを。
最近、貝になりかけている。
それもタニシ状態である。
言論は本来自由なはずなんだろうけど?
五木さんの一説を拝借すれば
「今日もなんと悲しいではないだろうか」が
あいさつになってしまっている。
欝な時代はあきらめる(明らかに極める)しか
ないのだろうか?
……振り子は左右に振れ幅があってこそおつなもの。
いまさらながら涙しておどおどしている自分のなかの
ウエットな部分にホッと溜飲がさがる想いである。
しかしながら血潮の脈動はたしかにかすかながらも
感じとれている。
頑張る(根ずく)ことより成り行き任せとはゆうものの
生かされてる今はかみしめるものだろうな。