令和二年 穏やかな新年を迎える事が出来ました
本年もどうぞよろしくお願いいたします
「目出度さも中くらいな令和二年」
「災害の起きない年になるように」
「恵まれた自然を人は壊すまい」
昨年の台風災害で千葉県はまだ多くのブルーシートが
取れないまま年を越しました。それを思えば目出度さ
も中くらいなり・・・
今年は災害の無い良い年になりますように!
令和二年 穏やかな新年を迎える事が出来ました
本年もどうぞよろしくお願いいたします
「目出度さも中くらいな令和二年」
「災害の起きない年になるように」
「恵まれた自然を人は壊すまい」
昨年の台風災害で千葉県はまだ多くのブルーシートが
取れないまま年を越しました。それを思えば目出度さ
も中くらいなり・・・
今年は災害の無い良い年になりますように!
11月3日 文化の日
我が市でも毎年文化の日に 自治功労・一般功労者の表彰が
行われる。私は毎年 仕事で記念写真を撮りに行っていたが
今年は自治会長の推薦で受賞する事に・・・なった。
初めて会場に入った(厳かに琴のBGMが流れていた)
市長の挨拶から! ひとり一人に功績の書かれた賞状を読み上げ 手渡され
思いがけず 記念品まで!
その後 記念写真は?
令和元年 写真界で初めて文化勲章にも田沼武能氏が選ばれた!
この上にも無く嬉しい限りである!
「研鑽の日々業績に限り無し」
これからも 日々仕事に携わっていきたい! と思っているが・・・
今日は 午後ピアノ発表会の撮影に出かけた。
2年毎に発表会を開いている 先生が指導しているところで
20人程だったが一年生から高校生まで一生懸命にピアノ
に向かう姿は新しい希望の光がある。
音楽には 夢と希望を与える力が有ると思う!
すばらしい! 発表会だった。
「浮かんでるキラキラ星の金の星」
「聞こえるよ花のワルツの靴音も」
「ミッキーが飛び出しそうな連マーチ」
おめでとう 私も年を忘れて飛び入りしたくなるような・・・
いい発表会でした。 楽しませていただきましたよ!
2016年1月13日手術の日 5時半に起床
まだ暗い6時過ぎに家を出ました。(お店はもちろん休み)
手術は8時30分から・・・平日の朝は車が多いので 遅れてはいけないと早めに出たのです。
210台入る駐車場は2~3台でした。
病室では もう 体温や血圧の計測や準備に入っていましたので 私たちは邪魔をしないように
只 見守るだけでしたが・・・ 近くに嫁いでいる長女が8時に到着 8時20分に手術室へ!
カミさんも覚悟は出来ているようでも 歩く後ろ姿の足取りは心なしか重く感じました。
みんなで手術室の入り口まで送り 頑張れの声をかけて・・・
一時間が過ぎ 2時間が過ぎ 3時間が過ぎて 子ども達は気晴らしに病院内を散策に・・・東に池袋の
サンシャインのビルが直ぐ前に見えて 西を見ると富士山が・・・
18階の病室は特別室で どんな人が入るのか? 要らぬ想像したり?
6階には 食堂もあり コンビニのフロアもあり家族で集まってお茶するところもありました。
家族用控え室には 誰か一人は居るように云われていたので 交代で食事を取りにでました。
4時間 5時間 6時間 呼び出しはありません。 と 云う事は手術は順調であろう! と
手術の順番を知らされていたので勝手に 今頃左は終わっただろうか? 右の肝臓はどうか?
等 想像しながら只 神様に祈っているだけでしたが! 途中で呼び出しがくればいい事では
ないと思っていたので 順調にいきますように!・・・順調に・・・
手術が終わり麻酔が切れて会えますよ!と 声がかかったのが 午後8時30分でした。 いや~
長かった! よかった。 よかった。 神様ありがとうございました!
手術室に入ると 切除された肝臓と胆のうを見せてもらいきれいに取れましたよ!と先生が!
右の方も大丈夫でしたよ! 転移はありませんでした。 後は右の肝臓の胆管定着と再発がなければ
大丈夫! 手術は無事に終わりました。との事 IC集中治療室で多くのチュウブに繋がれたカミさんの
手を握り「よかったうまくいったぞ!」の声にカミさんもシッカリと握り返していました。
10時間の大手術の跡とはおもえぬしっかりした握りでした。
担当の医師と看護婦さんにお願いしながら病院を後に・・・
たどり着いた T大学医学部付属病院 (本当にヤッと・・・と云う思いでした)
遅くなってはいけないと早めに家を出て 10時30分の予約でしたが 先生の顔を見られたのは
お昼に近くなっていました。 いや~お待たせしましたね~ S医師は にこやかな明るい笑顔で
私たちを迎えてくれました。 T医師から診療資料や画像は先に届いており 事前に診ていたとの事!
T医師の診たて通りであるということでした!
細部にわたって図で示しながら解りやすく説明してくれました。 事細やかな説明は私たちに
安心と 手術しようと云う気持ちと リスクも50%ある事もわかり カミさんの気持ちはゆれ動いてる
ようで 手術は一日でも早い方が良いというが 先だって 有名な女優さんも同じ病気で亡くなって
いる事も知り 明けて4日の入院を準備出来ると云われましたが 又 一時間にも及ぶ説明は普段はなく
カミさんも決断し兼ねているようで 待っている次の患者さんにも悪いので 私は明日電話で連絡する事
にしてもらい病院を後にしました。
その晩 家族でも話し合い 手術で取れるならやった方が良いという意見が多く カミさんも決心が
ついたようです。私が電話しようかと云いましたが 自分でお願いしていました。
がんの場所が難しいところにあり 手術は大きくなるようでした。
明けて4日に検査入院 (店は臨時休業)病室は18階建ての10階 治療ごとに階が別れているようです。
又 初めからそして細かく 手術の為の検査が行われました。
手術出来るのか 体力は? 等々 検査 検査の日々を1週間・・・ そして 9日に連絡があって
13日の手術の予定が決定した事が知らされました。(10~11日は店の仕事の都合で行けず)
連休明けの12日に説明があり 12日は午後6時からの説明に家族みんなでいきました。
最終病名は「肝門部胆菅がん」ステージは -A・・・ 手術出来るかどうかのギリギリのところで
あること! 胆菅がんでは定型術式なものは無く がんの広がりに応じた安全で出来るだけ根治的な術式
が選択されるとの事。左の肝臓と胆のうは 切除する事が出来れば その後の治療は不要になる事!
非常に難しい場所なのでリスクも多い事! 命にまつわる臓器が集まっているところであり より
慎重な手術が必要であるため手術時間は10時間を要する。!
そして右の肝臓は開けてみないと解らない部分がある? ということでした。
手術のお願いはしたものの カミさんも 又 不安がわき上がったようです。
術後の再発の可能性? 左の肝臓の切除!でとれれば後の治療は不要との事!肝臓は回復力が早くすぐ
元に戻る? 等 先生は一つ一つ不安を解消しながら 今 切除する事がベストであると云われました。
メキシコでは 70才以上になると手術や延命治療はしない国もあるようで もしもの事も(神様も
解らない事ですが)合わせて やはり 手術による切除が一番良いと云う事もわかりました。
そして 息子の一言が カミさんに「お願いします!」と 云わせたのです!
午後8時を回っていました。 先生はベストを尽くします! と しっかり受け止めてくれました。
先生にお任せするしかないと 私たちは病院を後にしたのです。
手術当日・・・