私は5年と10ヶ月の間、アジアとアフリカを旅しました。
通常、それだけ年月をかければ世界一周ができる筈で、もちろん私もそのつもりで出発したのですが、惰性というか無精というか、すぐにそこに住み着いた気になり離れられず、なかなか先に進むことができませんでした。
旅の間は様々な人たちに助けられ、支えられ、出会いも別れも経験し、出生も死別も幾度となくありました。
私自身危機に陥り、危くイスラム教徒のいう楽園(天国)の入口まで行きかけましたが、楽園に辿り着くことなく無事に帰って来れたのも、ひとえに今まで会ったたくさんの人たちの祈りというか想いのお陰だと思っております。
日本に戻ってきた今、次の旅の準備をしている所ですが、まだ日本観光気分が抜けず仕事がはかどりません。旅日記を読み返そうものなら<帰りたい病>の発作が起きる事は明白なので、あえてそれも控えてきました。
それならば一度、本格的に旅行記を書いてしまえば少しは気がおさまるのではないかと思い、帰国後8ヶ月にして筆をとる次第です。
だらだら書いていても仕方がないので、思い出深い友人を何人か選んで書く形をとりました。書き終わっても発作が起きないことを祈るばかりです。
(2006年3月記)
通常、それだけ年月をかければ世界一周ができる筈で、もちろん私もそのつもりで出発したのですが、惰性というか無精というか、すぐにそこに住み着いた気になり離れられず、なかなか先に進むことができませんでした。
旅の間は様々な人たちに助けられ、支えられ、出会いも別れも経験し、出生も死別も幾度となくありました。
私自身危機に陥り、危くイスラム教徒のいう楽園(天国)の入口まで行きかけましたが、楽園に辿り着くことなく無事に帰って来れたのも、ひとえに今まで会ったたくさんの人たちの祈りというか想いのお陰だと思っております。
日本に戻ってきた今、次の旅の準備をしている所ですが、まだ日本観光気分が抜けず仕事がはかどりません。旅日記を読み返そうものなら<帰りたい病>の発作が起きる事は明白なので、あえてそれも控えてきました。
それならば一度、本格的に旅行記を書いてしまえば少しは気がおさまるのではないかと思い、帰国後8ヶ月にして筆をとる次第です。
だらだら書いていても仕方がないので、思い出深い友人を何人か選んで書く形をとりました。書き終わっても発作が起きないことを祈るばかりです。
(2006年3月記)