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コーイチ物語 「秘密のノート」 131

2022年09月25日 | コーイチ物語 1 15) 二人の京子 
 コーイチは呆然として立ち尽くしていた。……『赤』は怒りが最も強い事を示しているの……いるの……いるの…… コーイチの頭の中をブロウの声がこだましていた。
「ところで、ブロウちゃん」
 コーイチは不安を打ち消すように、わざとらしいまでに明るい声でブロウに声をかけた。両手に顔を埋めて泣いていたブロウは、コーイチの声にビクッと肩を震わせた。
「『赤』になると、どんな事が起こっちゃうんだい?」
 しばらくそのまま顔を覆っていたブロウは、涙で濡れそぼった顔をゆるゆると上げた。すんすんと鼻を鳴らしながら、うつろな視線をさまよわせていた。視線がコーイチをとらえた。無理矢理作ったコーイチの笑顔を見たブロウは、途端に顔を両手で覆って一層激しく泣き出した。
「あの……」コーイチはおろおろした表情をシャンに向けた。「ボクは一体どうしたら良いんだろう?」
「そうねぇ……」シャンは立ち上がって腕を組み、コーイチを見ながらため息混じりに言った。「さっきも言ったけど、『赤』だとどうなるのか、私は知らないの。だから、何も言ってあげられないわ……」
「本当?」
「本当よ。魔女は嘘はつかないの」
「でも、ずっとボクを騙していたじゃないか!」
「何を言ってるの?」シャンは心外だと言わんばかりの表情でコーイチを見た。「あれは、からかっただけよ。嘘でも、騙しでもないわ」
「からかっただけって……」
 コーイチは言いかけて止めた。……嘘も騙しも、からかっただけと言われちゃ、文句を言っても通じないだろうし、下手に文句を言ったら言ったで、腹を立てられて何か魔法でもかけられてしまうかもしれない。
 コーイチはシャンが腹を立てて岡島をエベレストの頂上に飛ばしたり、南部を自分の部屋に閉じ込めたりした事を思い出していた。そして、自分は月面に飛ばされ、ウサギと餅つきをしている姿を、思わず想像してしまった。
「とにかく、ブロウが泣き止んで、普通に答えられるようになるまでは、どうしようもないわね」
 シャンはブロウの泣いて震える肩を見ながら、頭を左右に振った。
「でもさ、吉田課長の名前を書いたら、水色になって、部長になった……」
 コーイチは急に真顔になって、シャンを見たまま言った。
「ええ、そうね」
 シャンもコーイチを見たまま答えた。
「しかし、薄~く書いたんで、あんなに存在感の無い、いてもいなくても変わらないような部長になった……」
「ええ、そうね」
「そこで、今回だけど、『赤』が、どんな事になるのかは分からないけれど、怒りが最も強い事を示しているらしい……」
「ええ、そうね」
「ボクは名前を書いた。しっかりくっきりと書いたボクの名前が、赤くなった……」
「ええ、そうね」
「と言う事はさ、しっかりくっきり書いたんだから、強い怒りが、しっかりくっきり示されるって事になるって、考えられないだろうか?」
「ええ、そう……かもしれないわね」
「だろう!」
 コーイチは泣き出しそうな顔になった。
「でも、まだそうなるとは分かんないじゃない。とにかく、ブロウがしっかりするまでは、あれこれと悪い事は考えない方が良いと思うわ」
「でもさ、どうなっちゃうのかって考え出したら、心配で心配で……」
 とうとうコーイチも、座り込んでおいおいと泣き出した。
「やれやれ……」
 シャンは泣いている二人を見ながら、大きくため息をついた。それから、ふと考え込むように独り言をつぶやき始めた。
「……でも、元はと言えば私の思い込みが起こした事よね。と言う事は、一番悪いのは……私? コーイチ君に何かあったら…… それは、私のせい? イヤよ! そんなの絶対に、イヤ!」
 シャンも泣き出して、しゃがみ込んでしまった。

       つづく

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