シャンプーで泡立たせてはシャワーで流し、葉子は髪を何度も洗った。
ボディソープを含ませたスポンジで全身をこすり、シャワーで流し、これも何度も繰り返した。
右の二の腕を鼻先に寄せる。ボディソープの微香料がほのかに香った。・・・もう大丈夫かな?
葉子はシャワーを止め、浴室のドアを開けた。濡れたままの全身をバスマットの上に一歩踏み出した。
バスタオルを取り出そうと屈み込み、すぐ横に接している洗面台の下の開き戸を開ける。
バスタオルが一枚も無かった。フェイスタオルも無かった。葉子は洗濯物を入れておくカゴを覗いた。昨日着ていた服、下着、そして何枚ものバスタオルとフェイスタオルが、汚れをつけたままでごちゃごちゃに放り込まれていた。
・・・そうか、昨日あの人に迷惑をかけたんだったわね・・・ 葉子は溜息をついた。それで洗濯をしたのは自分の服だけなんだ・・・ 葉子は髪からも全身からもしずくを滴らせたまま、バスマットの上に立ちすくんだ。
どうしよう・・・ もしタオルも洗ってくれていたなら妖介に取ってもらえた。しかし、実際はここに置いてあるし、とても使える状態ではない。洗面台の鏡に途方に暮れた葉子の顔が写っている。洗い立ての体からは、まだしずくが垂れている。・・・仕方ないわ。Tシャツを何枚か持ってきてもらって、それをタオル代わりにしよう・・・
葉子は何度か深呼吸をした。それから、居間の方に向かって声をかけた。
「あのぉ・・・」
おずおずとした声だった。・・・何気ない口調を心がけたけど、やはりダメだわ。葉子は内心自分に舌打ちをしていた。これでまた、何か嫌味を言われるわ・・・
返事は無かった。・・・聞こえなかったのかしら?
「あのぉ・・・」
さっきよりは大きな声を出した。やはり返事は無い。・・・またわたしを困らせるか、恥をかかせるつもりなんだわ・・・ 少し芽生えた信頼感が消し飛んでいた。
「いい加減にしてよう! 早く出かけたいなんて言っておきながら、どうしたのよう!」
葉子は言って、顔を半分だけ覗かせて居間の方を見た。
「まあ・・・!」
居間では妖介が床にうつ伏せて倒れていた。手には『斬鬼丸』が握られていた。
葉子は慌てて駆け寄った。妖介の肩口に屈み込んだ。しばらく様子を見ていた。呼吸はしているようだった。手を伸ばした。しかし妖介に触れる前に引っ込めた。
「妖介・・・さん・・・」
葉子は小声で言った。初めて名を呼んだ。妖介は反応しない。思い切って手を伸ばし、妖介の肩に触れ、揺する。
「妖介さん! 妖介さん!」
揺すりながら葉子は繰り返した。何があったのかは分からなかったが、とても危険な事があったに違いない・・・葉子は思った。
「あなたにもしもの事があったら、わたしはどうしたらいいのよう!」言いながら涙が溢れ始めた。「今のままじゃ、わたし、妖魔の餌食のまんまで終わっちゃうのよ! なんとかしてよう!」
揺する手に力が入る。揺すられるままになっていた妖介の体が、急に重くなって動かなくなった。
「うるせぇな・・・」
うつ伏せたままで妖介が、こもった声を出した。そしてごろりと体を転がし、仰向けになった。
目の下にくっきりと隈が浮かんでいる。憔悴しきった感じがした。
「何かあったの?」
「・・・お前がいない間に、妖魔の雑魚どもが後から後から溢れて来やがった。お前の淫乱と恐怖に怯えた残り香にでも誘われたんだろうな。始末するのに手間取った」
「そうだったの・・・」
「お前のせいで、昨夜は休めなかったし、お前のせいで、朝飯は食い損なうし、ぶっ倒れるのも当然だ。しかも・・・」妖介は葉子に視線を走らせた。「ちょっと気を許すと、そうやって迫って来やがる」
「そ、そんなんじゃないわよう!」
葉子は慌てて妖介に背中を向けた。裸だったことに今になって気付いたのだ。
「馬鹿か、お前は。背中も裸なんだぞ。右の尻にある三つの黒子が丸見えだ」
「もうっ!」
葉子は言って寝室に駆け込んだ。ドアを荒々しく閉めた。怒った顔でドアに背中を当てたまま立っていた。荒れた呼吸を整える。
しばらくすると葉子の怒った顔がゆるみ始めた。・・・よかった、無事だったし、いつもの妖介さんのようだし・・・
葉子はクロークからTシャツを何枚か取り出した。
つづく
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ボディソープを含ませたスポンジで全身をこすり、シャワーで流し、これも何度も繰り返した。
右の二の腕を鼻先に寄せる。ボディソープの微香料がほのかに香った。・・・もう大丈夫かな?
葉子はシャワーを止め、浴室のドアを開けた。濡れたままの全身をバスマットの上に一歩踏み出した。
バスタオルを取り出そうと屈み込み、すぐ横に接している洗面台の下の開き戸を開ける。
バスタオルが一枚も無かった。フェイスタオルも無かった。葉子は洗濯物を入れておくカゴを覗いた。昨日着ていた服、下着、そして何枚ものバスタオルとフェイスタオルが、汚れをつけたままでごちゃごちゃに放り込まれていた。
・・・そうか、昨日あの人に迷惑をかけたんだったわね・・・ 葉子は溜息をついた。それで洗濯をしたのは自分の服だけなんだ・・・ 葉子は髪からも全身からもしずくを滴らせたまま、バスマットの上に立ちすくんだ。
どうしよう・・・ もしタオルも洗ってくれていたなら妖介に取ってもらえた。しかし、実際はここに置いてあるし、とても使える状態ではない。洗面台の鏡に途方に暮れた葉子の顔が写っている。洗い立ての体からは、まだしずくが垂れている。・・・仕方ないわ。Tシャツを何枚か持ってきてもらって、それをタオル代わりにしよう・・・
葉子は何度か深呼吸をした。それから、居間の方に向かって声をかけた。
「あのぉ・・・」
おずおずとした声だった。・・・何気ない口調を心がけたけど、やはりダメだわ。葉子は内心自分に舌打ちをしていた。これでまた、何か嫌味を言われるわ・・・
返事は無かった。・・・聞こえなかったのかしら?
「あのぉ・・・」
さっきよりは大きな声を出した。やはり返事は無い。・・・またわたしを困らせるか、恥をかかせるつもりなんだわ・・・ 少し芽生えた信頼感が消し飛んでいた。
「いい加減にしてよう! 早く出かけたいなんて言っておきながら、どうしたのよう!」
葉子は言って、顔を半分だけ覗かせて居間の方を見た。
「まあ・・・!」
居間では妖介が床にうつ伏せて倒れていた。手には『斬鬼丸』が握られていた。
葉子は慌てて駆け寄った。妖介の肩口に屈み込んだ。しばらく様子を見ていた。呼吸はしているようだった。手を伸ばした。しかし妖介に触れる前に引っ込めた。
「妖介・・・さん・・・」
葉子は小声で言った。初めて名を呼んだ。妖介は反応しない。思い切って手を伸ばし、妖介の肩に触れ、揺する。
「妖介さん! 妖介さん!」
揺すりながら葉子は繰り返した。何があったのかは分からなかったが、とても危険な事があったに違いない・・・葉子は思った。
「あなたにもしもの事があったら、わたしはどうしたらいいのよう!」言いながら涙が溢れ始めた。「今のままじゃ、わたし、妖魔の餌食のまんまで終わっちゃうのよ! なんとかしてよう!」
揺する手に力が入る。揺すられるままになっていた妖介の体が、急に重くなって動かなくなった。
「うるせぇな・・・」
うつ伏せたままで妖介が、こもった声を出した。そしてごろりと体を転がし、仰向けになった。
目の下にくっきりと隈が浮かんでいる。憔悴しきった感じがした。
「何かあったの?」
「・・・お前がいない間に、妖魔の雑魚どもが後から後から溢れて来やがった。お前の淫乱と恐怖に怯えた残り香にでも誘われたんだろうな。始末するのに手間取った」
「そうだったの・・・」
「お前のせいで、昨夜は休めなかったし、お前のせいで、朝飯は食い損なうし、ぶっ倒れるのも当然だ。しかも・・・」妖介は葉子に視線を走らせた。「ちょっと気を許すと、そうやって迫って来やがる」
「そ、そんなんじゃないわよう!」
葉子は慌てて妖介に背中を向けた。裸だったことに今になって気付いたのだ。
「馬鹿か、お前は。背中も裸なんだぞ。右の尻にある三つの黒子が丸見えだ」
「もうっ!」
葉子は言って寝室に駆け込んだ。ドアを荒々しく閉めた。怒った顔でドアに背中を当てたまま立っていた。荒れた呼吸を整える。
しばらくすると葉子の怒った顔がゆるみ始めた。・・・よかった、無事だったし、いつもの妖介さんのようだし・・・
葉子はクロークからTシャツを何枚か取り出した。
つづく
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