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コーイチ物語 「秘密のノート」 120

2022年09月24日 | コーイチ物語 1 14) スミ子 
 京子が優しい口調で続けた。
「スーミ子、スミ子、スミ子。ご飯の時間よ。出てらっしゃい」
 しかし、スミ子は出て来なかった。
「スミ子って、何を食べるんだい?」
 コーイチは興味をそそられて聞いた。京子は振り返った。
「スミ子はノートよ。ノートは何をするものかしら?」
 小学校の先生のような口ぶりだ。
「ノートは文字を書いたり、絵を描いたりするものだけど……」
「でしょ? それがスミ子の食べ物なのよ」
「じゃ、ボクが吉田部長の名前を書いちゃったって言う事は、エサを与えちゃったって事なのかい?」
「そう言う事ね。紐で開かないようになっていたでしょ? そのままだと冬眠状態なんだけど、紐が外れると途端に目が覚めるわけ。目が覚めると、当然お腹がすくじゃない?」
「まぁ、ボクもそうだな……」
「私たちなら、自分で食べ物を調達できるけど、スミ子には無理ね。ノートを開いて、しっかりと書き込みをしてやらなきゃ」
「でもさ、〝みだりに人の名を記す事なかれ〟なんて書かれてあったよ」
「それは、スミ子の大好物なのよ。与え過ぎると逆に良くないの。だから、それは注意書きみたいなものね」
「ふ~ん…… でさ、僕は吉田部長の名前を薄~く書いたんだけど、どうなのかなぁ?」
「大好物を舌先でぺろってなめただけって感じね。中途半端の状態ね。しかも、ほかには何も与えられていないんだから、相当気が立っているわ」
 京子は少し面倒くさそうな表情になって答えた。
「それじゃあ、ノートに書いた吉田部長の名前がすーっと消えたのは、エサを食べたって事?」
「あっ、出て来た!」
 京子は嬉しそうに叫んで、本棚の脇に手を伸ばした。しかし、スミ子はまた本棚の後ろに入ってしまった。
「もう! 何てヤツかしら!」
 京子はふくれっ面をして、本棚を見つめた。
「邪魔な本棚ねぇ……」
 京子の目が妖しく光った。本棚がぱっと消えた。その跡に、壁にへばりつくようにしたペットノートのスミ子が丸見えになっていた。
 京子は素早く動いてスミ子をつかんだ。スミ子はしばらくじたばたしていたが、開く側をしっかりと押さえつけられていたので、やがてあきらめた様に大人しくなった。……確かに、あの力で押さえつけられたら、抵抗は無駄だし不可能だよな。コーイチは京子の力の強さを思い出していた。
「やれやれ、やっと捕まえたわ……」
 京子はスミ子をぶらぶらと揺らしながら、コーイチに笑顔を向けて言った。
「よかったね……」
 コーイチも笑顔で答えた。
 ……これで、おしまい……か。再び現実を突き付けられたコーイチの顔から、笑みが消えた。同じ思いがよぎったのか、京子の顔からも、笑みが消えた。二人は少しずつ歩み寄った。顔が自然と近付く……
「おい! コーイチ君と京子さん!」
 コーイチの背後から南部が声をかけて来た。コーイチはあわてて京子から顔を遠去けて振り返った。南部の顔がすぐ目の前にあった。
「うわっ! 近い!」
 コーイチはそう叫ぶと、思い切り迷惑そうな顔をして見せた。しかし、南部はお構いなしに京子に向かって言った。
「あの凶暴なノート、捕まえた?」
 京子はノートを高く持ち上げて、ぶらぶらさせて見せた。南部は大きく安堵の息をついた。
「よかった、よか…… どわあああ!」
 突然、南部は大声で叫びながら、サンダルのまま部屋に駆け上がった。そして、本棚のあった場所に立ち、うろうろと辺りを見回した。
「本棚が! オレの入魂のマンガコレクションが! 無い! 無い! 無くなっている!」
 南部は座布団をめくったり、押入れを開けたりした。……そんな所に本棚があるわけ無いじゃないか。南部さん、パニックになっちゃったな……
「コーイチ君、出ましょうよ」
 京子は小声で言い、コーイチを先にして部屋を出た。ドアが勝手に閉まり、ガチャンと鍵のかかる音がした。
「おい、これはどう言う事なんだい! あれ? 鍵が開かない。どうしたんだ!」
 ガチャガチャと鍵と格闘している音がドア越しに聞こえた。
 京子はぺろりと舌を出し、右の人差し指をピンと立てて左右に振ってみせた。

       つづく

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