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コーイチ物語 「秘密のノート」 119

2022年09月24日 | コーイチ物語 1 14) スミ子 
 階段を上り切ると、京子は急に立ち止まりコーイチの方に振り返った。コーイチは危うく京子にぶつかるところだった。
「コーイチ君、あの人の部屋って、どこなの?」
「南部さん? ええと、一番奥だよ」
「そう、一番奥ね……」
 言い終わると京子は駆け出した。
 南部の部屋のドアノブに手をかけ、くるりと回して引いた。ドアはギギギッと油の切れたような軋み音を立てて開いた。京子はパンと手を一度叩いた。部屋の照明が点いた。そして、土足のまま室内に入った。
 ……今日は雨は降らなかったし、南部さんの部屋は汚いし、構わないだろう、土足でも…… コーイチは京子に従った。
 ノートは部屋の真ん中にあった。部屋が明るくなったのにも気付かず、ノートの真ん中あたりを少し開いたり閉じたりをゆっくりと繰り返していた。
「寝ているようね……」
 京子は小声で言って、そっと近付いて行った。表紙の中ほどから鼻提灯らしき半透明の泡玉が現われ、膨らんだり縮んだりを繰り返し始めた。コーイチは入り口付近で京子の様子を見守っていた。上手く行って欲しい様な欲しくない様な、そんな気持ちのコーイチだった。
 京子はしゃがみ込んだ。赤いドレスの大きく開いている背中に蛍光灯が当たり、白い肌を余計に白く見せていた。両腕をノートにゆっくりと伸ばす。その両腕も余計に白く見えた。
「あっ!」
 京子が小さく叫んだ。あと少しのところでノートが目を覚まし、飛び跳ねるようにして、マンガのびっしり並んだ本棚の後ろに潜り込んでしまったのだ。
「……もう!」
 京子がふくれっ面をしながら本棚へ近寄った。
「あのう……」コーイチが後ろから声をかけた。京子の可愛い顔が振り返る。「え~と、……魔法を使えば早いんじゃないのかい?」
 京子は微笑みながら頭を左右に振り答えた。
「実はね、魔女の世界のものに魔力は効きにくいものなの」
「でも、魔女の世界のものとか言っても、相手はノートじゃないか」
「ノートはノートでも、あれはペットノートなの。生きているわけじゃないけど、本物の犬や猫みたいに行動するのよ。結構強い魔力が掛けられて作られているので、それを上回る魔力じゃないと効かないの」
「でも君の魔法は凄いじゃないか」
「普通の人間に掛けるのと、魔女の世界のものに掛けるのとでは、負担は全然違うのよ」
「相手はノートでも、あなどれないって事か……」
「そう言う事ね。コーイチ君たちに使った魔力の数十倍は消耗するわ。それじゃ美容に悪いし……」
「ふ~ん、魔女の世界って、変わったものがあるんだね」
 コーイチが言うと、京子は怪訝な顔で答えた。
「あら、人間もロボットペットみたいなのを部屋に置いたり、テレビゲームで怪獣やら卵やらを育てたりしてるじゃない」
 ……確かにそう言う事はあるよな。実際のペットじゃ世話やしつけが色々と大変だものな。
「でも、このペットノート、しつけはあまり出来てないわね」
 京子は文句を言った。今度はコーイチが怪訝な顔で言った。
「これは君のペットなんだろう? 何か他人のものみたいな言い方だなあ」
「そうじゃなくて、ペットノートは出来上がった時点で、それぞれのキャラクターも出来上がっているのよ。良い子もいれば問題の子もいるわ。どんなのが当たったのかは手に入れてからのお楽しみって感じね」
「じゃ、このノートはしつけのあまり出来ていないキャラクターってわけだ」
「そう言う事!」
「ふ~ん……」
 コーイチは何か釈然としなかった。……ま、良いか。これが魔女の世界の常識なのかもしれないし、可愛いから……
「……ところで、このペットノート、名前が付いていたりするのかい?」
「付いてるわよ。『スミ子』って言うのよ。変わった名前でしょ?」
「……『スミ子』……」コーイチは呆れたような声を出した。「変わったというか、古風と言うか、何て言うか……」
「こんな名前の付け方が、魔女の世界で流行っているのよ」
 京子は楽しそうに言った。それから、本棚の奥に向かって優しく呼びかけた。
「スーミ子、スミ子、スミ子。出ておいで。おうちに帰るのよ」

       つづく

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