通路のペンキの所々剥がれたフェンスにもたれかかりながらコーイチは溜息をついた。
「どうしたの?」
にこにこしながら京子がコーイチの顔をのぞき込む。
「いや、別に……」
コーイチは言いながら、覗き込んで来る京子の視線を避けるように背を向け、空を見上げた。アパートの二階の通路から見える夜空は狭く、街の眩い灯りのせいで星も少ししか見えなかった。月の光も弱々しい……まるで、ボクの心の中と同じだな。
京子はノートを手に入れた。目的を達成したのだ。もう、この世界に居る理由はないのだ。ひょっとして、振り返ったらもう居ないかもしれないな…… コーイチはそう思いながら、ゆっくりと振り返った。
京子の姿はなかった。……やっぱり。ひどいなあ、何も言わないで居なくなるなんて……
「ねえ、コーイチ君、どうしたのよ?」
不意に京子の声が反対側からした。声のした横を見る。京子がいつの間にかコーイチと並んでフェンスにもたれかかっていた。
「ねえ、どうしたのよう?」
コーイチは京子の方に向き直った。真剣な表情になっている。
「どうって…… 君はノートを手に入れたんだろう? もうこの世界に用事が無くなったわけだろう? いつでも戻れるんだろう?」
「そうか! コーイチ君、わたしが帰っちゃうのがイヤなのね……」京子の笑顔が消えた。「ゴメンね。ノートが手に入ったんで、つい嬉しくなっちゃって……」
京子はコーイチの腕をつかんだ。甘えるような、すがるような感じで、痛くはなかった。京子も真剣な顔でコーイチを見た。
「わたしも…… 帰りたくないわ。でも、いつまでも魔女がこの世界でうろうろしているわけには行かないの」
「それって、決まりなのかい?」
「……そうね。魔女の行き来が頻繁だと、この世界に様々な混乱を生み出しかねないわ。だから、ちゃんと住み分けしないといけないのよ」
「分かった……って言いたいけど、やっぱりイヤだな。ボクだけ特別扱いって事には出来ないかなぁ」
「出来るんなら、そうしたいわ。でもダメなのよ。お願い、困らせないで……」
「……うん……」
コーイチはがっくりとうなだれた。……不思議だな。一緒に居た時間なんて、とっても短いはずなのに、別の世界の人だと分かっているのに、正体は魔女だと分かっているのに。……ボクはずっと一緒に居たいと思っている。でも、困らせたくはないし……
「ねえ、コーイチ君……」
京子が優しく語りかけて来た。コーイチは顔を上げて京子を見た。可愛い笑顔だった。
「もう少し、二人っきりで過ごさない?」
「うん!」
コーイチの顔がぱっと明るくなり、大きくうなずいた。……考えてみれば、二人っきりのは、これが初めてだ。そして、最後だ……
「どこへ行こうか? 何か思い出に残りそうな場所がいいね!」
コーイチは努めて明るい声で言った。
「じゃあ・・・」京子は恥ずかしそうな笑みを浮かべて、小声でささやいた。「コーイチ君のお部屋に上がらせてもらえないかしら……」
「えっ?」
つづく
「どうしたの?」
にこにこしながら京子がコーイチの顔をのぞき込む。
「いや、別に……」
コーイチは言いながら、覗き込んで来る京子の視線を避けるように背を向け、空を見上げた。アパートの二階の通路から見える夜空は狭く、街の眩い灯りのせいで星も少ししか見えなかった。月の光も弱々しい……まるで、ボクの心の中と同じだな。
京子はノートを手に入れた。目的を達成したのだ。もう、この世界に居る理由はないのだ。ひょっとして、振り返ったらもう居ないかもしれないな…… コーイチはそう思いながら、ゆっくりと振り返った。
京子の姿はなかった。……やっぱり。ひどいなあ、何も言わないで居なくなるなんて……
「ねえ、コーイチ君、どうしたのよ?」
不意に京子の声が反対側からした。声のした横を見る。京子がいつの間にかコーイチと並んでフェンスにもたれかかっていた。
「ねえ、どうしたのよう?」
コーイチは京子の方に向き直った。真剣な表情になっている。
「どうって…… 君はノートを手に入れたんだろう? もうこの世界に用事が無くなったわけだろう? いつでも戻れるんだろう?」
「そうか! コーイチ君、わたしが帰っちゃうのがイヤなのね……」京子の笑顔が消えた。「ゴメンね。ノートが手に入ったんで、つい嬉しくなっちゃって……」
京子はコーイチの腕をつかんだ。甘えるような、すがるような感じで、痛くはなかった。京子も真剣な顔でコーイチを見た。
「わたしも…… 帰りたくないわ。でも、いつまでも魔女がこの世界でうろうろしているわけには行かないの」
「それって、決まりなのかい?」
「……そうね。魔女の行き来が頻繁だと、この世界に様々な混乱を生み出しかねないわ。だから、ちゃんと住み分けしないといけないのよ」
「分かった……って言いたいけど、やっぱりイヤだな。ボクだけ特別扱いって事には出来ないかなぁ」
「出来るんなら、そうしたいわ。でもダメなのよ。お願い、困らせないで……」
「……うん……」
コーイチはがっくりとうなだれた。……不思議だな。一緒に居た時間なんて、とっても短いはずなのに、別の世界の人だと分かっているのに、正体は魔女だと分かっているのに。……ボクはずっと一緒に居たいと思っている。でも、困らせたくはないし……
「ねえ、コーイチ君……」
京子が優しく語りかけて来た。コーイチは顔を上げて京子を見た。可愛い笑顔だった。
「もう少し、二人っきりで過ごさない?」
「うん!」
コーイチの顔がぱっと明るくなり、大きくうなずいた。……考えてみれば、二人っきりのは、これが初めてだ。そして、最後だ……
「どこへ行こうか? 何か思い出に残りそうな場所がいいね!」
コーイチは努めて明るい声で言った。
「じゃあ・・・」京子は恥ずかしそうな笑みを浮かべて、小声でささやいた。「コーイチ君のお部屋に上がらせてもらえないかしら……」
「えっ?」
つづく
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