お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

妖魔始末人 朧 妖介  8

2008年03月09日 | 朧 妖介(全87話完結)
 冷蔵庫の扉を開け、卵とスライスベーコンを取り出す。フライパンをガス台に乗せ点火する。フライパンが熱されて煙を立ち上らせる。サラダ油を薄く敷き、ベーコンを三枚並べる。ジュッと油の跳ねる音と共に香ばしい香りが鼻腔を衝く。菜箸でベーコンを裏返す。しばらくしてフライパンの角で卵を割りベーコンの上に落とす。
「抱かれた次の日は必ずこれを作っていたな」
 対面になっているキッチン越しに妖介が声をかけた。葉子は顔を上げ、目の前にいる犬歯を覗かせて笑っている妖介をまともに見据えた。
「そうね、徹也も幸久も全裸でそこのソファに座り、わたしは全裸にピンクのエプロンをしてベーコンエッグを作っていたわね」
 今さら隠してみても、この人には通じない。だったら、逆に開き直った方が良い。うじうじしていると、また何か嫌な事を言われてしまう。
「キッチンで立ったまま後ろからって事も良くあったわ」
 言われる前に言ってやる、葉子は挑戦的な視線を妖介に向けた。妖介は苦笑しながらソファの所へ行き、座った。
「お前の淫乱物語など聞かなくても分かっている。それよりも、気をつけろ、焦げ臭いぞ」
 フライパンから黒い煙が上っている。洋子はあわてて火を切り、黒くカリカリになったベーコンに黄身が完全に固まった目玉焼きの乗ったベーコンエッグを、食器棚から取り出した皿に移した。
 それを持って、妖介の座っているソファの前の、天板が耐熱ガラス製の足の低い小テーブルの上に置いた。葉子は妖介の正面のカーペットの上に座った。
「手掴みで食わせる気か?」
 妖介はからかう様に言った。葉子はむっとした顔で立ち上がりキッチンへ向かった。
 電話が鳴った。振り返ると、妖介が受話器を取り上げていた。
「・・・ああ、さっきも電話したが、葉子は具合がすぐれないので休ませる・・・ オレか? オレは葉子の兄だ。こっちに来る用向きがあって葉子を訪ねたら、熱出して唸っていた。・・・なに? 何とか出社しろだと? いいか、近々ぶっ潰れる会社よりも、からだの方が大切だろうが! もし、からだがぶっ潰れたらどうする? お前が責任取るのか? 課長だかなんだな知らんが、無能な奴は一人で黙って仕事していろ!」
 妖介は受話器を乱暴に戻す。
 葉子は時計を見た。
 六時半・・・ 
 テーブルに駆け戻り、テレビのリモコンを操作する。画面が映る。画面の右上の時刻表示を見る。そして、呆然とその場に座り込んだ。
「な、なによう! もう九時じゃない!」
 葉子は妖介に言った。
「そうだな。時計が止まっていたようだな」
 妖介は何事も無かったかのように答えた。
「そうだなって・・・」葉子の頭に血が上った。「あなた知ってて黙っていたわね! わたしが起きられない間に勝手に会社と応対したのね! それに今の電話はなによ! あれじゃ、もう会社に行かれないじゃないの!」
「どうせもうすぐ潰れる会社なんだろう? かまう事はないだろう」
 妖介は言って座り込んで文句を言っている葉子に顔を近づけた。
「何度言わせるんだ。オレに手掴みで食わせる気なのか!」

       つづく




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