「そうよ、コーイチ君のアパートの前。電車に乗ったり歩いたりが面倒だから、直接来ちゃいましたぁ」
京子は楽しそうに言って、コーイチから手を離した。コーイチは京子の顔を見た。街灯に浮かんだ京子はにっこりと可愛い笑顔だった。……そうか、これでノートを渡したら終わりってわけか。仕方ないよな。そうなる予定だったんだものなぁ。早く返してあげよう……
コーイチはため息を付きながら、階段に一歩、重くなりがちな足を掛けようとした。
「ちょっと待って!」
京子が言って、コーイチのスーツの裾を軽くつかんだ。しかし、元々の力が強いので、足を踏み上げたままの姿勢でコーイチは後ろに引っ張られ、危うく転ぶところを数歩よろけながら何とか踏み留まった。
「……危ないなぁ、何の用だい?」
コーイチが文句を言いながら、京子の方を見た。京子は目に大粒の涙を溜め、今にも泣き出しそうな顔をして、コーイチを見返していた。
「コーイチ君がノートを取って来て、私に返してくれたら、それで全部おしまい! ……そんなのイヤだな……」
「イヤだって言っても、そのために来たんだろう?」京子の様子に戸惑いながらもコーイチは答えた。しかし、本音が口をついて出てしまった。「ボクもイヤだけどさ……」
コーイチと京子は見つめ合った。互いの心は同じ事を考えている。もう終わる、でも終わりたくない。立場は違う二人だったが、互いに好意を(いや、それ以上の感情を)持っている。出来るならいつまでも一緒に居たい。見つめ合った二人の目は、そんな想いを伝え合っていた。
二人は自然と歩み寄った。コーイチは京子が魔女である事を忘れ、京子はコーイチが普通の人間である事を忘れ、好意を持つ相手、との意識しかなかった。二人の顔が自然と近付いて行く……
「おーい! コーイチ君!」
階段の上から声がした。この声で現実に引き戻された二人は、恥ずかしさといまいましさの混じった顔で声のする方を見上げた。
階段の手摺りにしがみつく様にして、二つ隣の部屋のひょろりとしてやせこけた南部翔太が居た。
「南部さん、どうしたんですか?」
コーイチが言った。南部はゆっくりと階段を降りて来て、コーイチの前に立った。
「どうもこうもないよ。部屋に変なモノがいて、困っているんだ」南部は泣きそうな顔をしていた。「朝、コーイチ君が会社に行った後、部屋に戻って空気の入れ替えをしようと窓を開けると、突然、コーイチ君の部屋の窓からオレの部屋へ飛び込んで来た黒いモノがあった。それは獰猛な犬みたいにオレを脅かして来るんで、部屋に居られず、ずっとここに居る羽目になったんだよ」
「朝からですか…… そうですか……」……あのノートだ! 寝てると思ったのに、勝手に窓を開けたんだ! 何てノートだ! コーイチは怒りを抑えながら続けた。「大変でしたね。それで?」
「それでって……。あのノートのような凶暴な犬のようなモノはコーイチ君の部屋から出て来たんだよ! ってことは、コーイチ君の所有物だろう? 何とかしてくれよ!」
コーイチは困った顔で京子を見た。京子は南部の前へ歩み出た。
「それ、実はわたしのよ」
「え? 君は……?」
南部が好奇心丸出しにじろじろと京子を見た。
「コーイチ君の幼なじみの京子よ」
「そう、コーイチ君の幼なじみの京子さんか。……コーイチ君、可愛い娘じゃないか。うらやましいねぇ…… いや、今はそれどころじゃない。京子さん、何とかしてよ。朝から部屋を追い出されたままなんだよ。財布も置きっぱなしだから、何も食べられなかったし、そろそろ眠いし……」
「あれは、あなたの部屋に居るのね」
京子は南部の愚痴を無視して、トントントンと階段を上がって行った。
「あ、ちょっと待ってよ」
コーイチも後に続いた。
「腹減ったなぁ……」
南部は階段を上がって行った二人を見ながらつぶやいた。
つづく
京子は楽しそうに言って、コーイチから手を離した。コーイチは京子の顔を見た。街灯に浮かんだ京子はにっこりと可愛い笑顔だった。……そうか、これでノートを渡したら終わりってわけか。仕方ないよな。そうなる予定だったんだものなぁ。早く返してあげよう……
コーイチはため息を付きながら、階段に一歩、重くなりがちな足を掛けようとした。
「ちょっと待って!」
京子が言って、コーイチのスーツの裾を軽くつかんだ。しかし、元々の力が強いので、足を踏み上げたままの姿勢でコーイチは後ろに引っ張られ、危うく転ぶところを数歩よろけながら何とか踏み留まった。
「……危ないなぁ、何の用だい?」
コーイチが文句を言いながら、京子の方を見た。京子は目に大粒の涙を溜め、今にも泣き出しそうな顔をして、コーイチを見返していた。
「コーイチ君がノートを取って来て、私に返してくれたら、それで全部おしまい! ……そんなのイヤだな……」
「イヤだって言っても、そのために来たんだろう?」京子の様子に戸惑いながらもコーイチは答えた。しかし、本音が口をついて出てしまった。「ボクもイヤだけどさ……」
コーイチと京子は見つめ合った。互いの心は同じ事を考えている。もう終わる、でも終わりたくない。立場は違う二人だったが、互いに好意を(いや、それ以上の感情を)持っている。出来るならいつまでも一緒に居たい。見つめ合った二人の目は、そんな想いを伝え合っていた。
二人は自然と歩み寄った。コーイチは京子が魔女である事を忘れ、京子はコーイチが普通の人間である事を忘れ、好意を持つ相手、との意識しかなかった。二人の顔が自然と近付いて行く……
「おーい! コーイチ君!」
階段の上から声がした。この声で現実に引き戻された二人は、恥ずかしさといまいましさの混じった顔で声のする方を見上げた。
階段の手摺りにしがみつく様にして、二つ隣の部屋のひょろりとしてやせこけた南部翔太が居た。
「南部さん、どうしたんですか?」
コーイチが言った。南部はゆっくりと階段を降りて来て、コーイチの前に立った。
「どうもこうもないよ。部屋に変なモノがいて、困っているんだ」南部は泣きそうな顔をしていた。「朝、コーイチ君が会社に行った後、部屋に戻って空気の入れ替えをしようと窓を開けると、突然、コーイチ君の部屋の窓からオレの部屋へ飛び込んで来た黒いモノがあった。それは獰猛な犬みたいにオレを脅かして来るんで、部屋に居られず、ずっとここに居る羽目になったんだよ」
「朝からですか…… そうですか……」……あのノートだ! 寝てると思ったのに、勝手に窓を開けたんだ! 何てノートだ! コーイチは怒りを抑えながら続けた。「大変でしたね。それで?」
「それでって……。あのノートのような凶暴な犬のようなモノはコーイチ君の部屋から出て来たんだよ! ってことは、コーイチ君の所有物だろう? 何とかしてくれよ!」
コーイチは困った顔で京子を見た。京子は南部の前へ歩み出た。
「それ、実はわたしのよ」
「え? 君は……?」
南部が好奇心丸出しにじろじろと京子を見た。
「コーイチ君の幼なじみの京子よ」
「そう、コーイチ君の幼なじみの京子さんか。……コーイチ君、可愛い娘じゃないか。うらやましいねぇ…… いや、今はそれどころじゃない。京子さん、何とかしてよ。朝から部屋を追い出されたままなんだよ。財布も置きっぱなしだから、何も食べられなかったし、そろそろ眠いし……」
「あれは、あなたの部屋に居るのね」
京子は南部の愚痴を無視して、トントントンと階段を上がって行った。
「あ、ちょっと待ってよ」
コーイチも後に続いた。
「腹減ったなぁ……」
南部は階段を上がって行った二人を見ながらつぶやいた。
つづく
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