「それじゃ、また後でね!」
赤い顔の社長はコーイチの肩をパンパンと叩いて行ってしまった。
岡島のヤツ、やっぱり名前を覚えてもらえなかったんだな。ふと妙な視線を感じて振り返ると、岡島がもの凄い顔でコーイチを睨みつけていた。
……まったく、ボクのせいじゃないのに…… 岡島は、自分の思う岡島像と実際の岡島像とに大きな隔たりがあることに気付いていないようだ。もう少し自分自身を客観的に冷静に見ることが出来れば良いのに……
コーイチは岡島に背中を向け直して、溜息をついた。なんとなく、岡島に一生つきまとわれそうな、イヤな気がした。
「お客様、お皿をどうぞ」
そばを通りかかったウェイトレスが、コーイチに皿とフォークとを渡した。
「あ、どうも、スミマセンです……」
コーイチは礼を言い、まさかと思いつつ、ウェイトレスの顔を覗き込んだ。ウェイトレスは恥ずかしそうにニッコリと微笑んでコーイチを見た。……あの娘じゃないか…… ウェイトレスは軽く会釈して忙しそうにその場を離れて行った。
すぐに戻って来ると言っていたのに、何か手間取っているのかな? イヤなヤツが相手らしいから、何かトラブルにでも巻き込まれたのだろうか…… ひょっとして、魔女の世界の女王(大魔女王とでも言うのか)にでも呼び出され、陰険な感じで人間世界の男(コーイチのことだ)に抱いた恋心を「魔女の恥さらし」と糾弾され、それに対して「誰を愛しても、それは私の勝手じゃない!」なんて生意気な事を言い放ち、怒り狂った大魔女王の魔法で、消されたか、何かに別のものに姿を変えられたかしてしまったんだろうか……
コーイチは心配している自分に気がついて、自分に言い聞かせた。……いいか、コーイチ、いくら女性に縁が無い生活を送り続けたからと言って、相手は人間じゃないんだぞ、魔女なんだよ、魔女! ……でも可愛い娘だからなぁ…… 何を言っているんだ、コーイチ! 魔女と付き合おうなんて、大魔女王に、こっちも狙われちまうぞ。消されたり、何かに変えられたりしてしまうぞ! ……それはイヤだなぁ……
突然、腹の虫が考えを中断させるように大きく鳴った。
そう言えば、先に何か食べていてなんて言ってたよな。コーイチは腹の虫に従って、テーブルに沿って歩き出し、並べられた料理を見て回った。
相変わらず、見たことも無いような料理が並んでいる。中には名前の付いた料理もあった。
「なんだって? 『シベリアの白夜の黄昏』……?」
コーイチが顔を近づけて見てみると、同じ形のイカの握り寿司が、長方形の皿の上にびっしりと隙間なく並んでいるだけだった。
「確かに白夜っぽいけど…… ま、イカの握りは好きだから、いいか」
コーイチは言いながら、きょろきょろ周りを見渡したが、箸が用意されていないようなので、仕方なく持っていたフォークで一貫刺して皿に載せた。他の皿も見て回ったが、おいしそうな料理が並んでいるが、なかなか手が伸びない。コーイチの皿にはイカの握りしか載っていなかった。すれ違った人の皿には、落ちんばかりにあれこれと載っていて、反対の手にはビールの入ったグラスも持っていた。……やっぱり、こういう場は苦手だなぁ。
コーイチは取り合えず皿に載せたイカの握りを食べようと、フォークをもう一度突き刺そうとした時、会場内の照明が消えた。ドラムロールが鳴り出した。ステージにパッとスポットライトが当てられた。
そこにタキシード姿の林谷が、スタンドマイクを前にして、にこやかな笑顔で立っていた。
「お待たせいたしました。本日の主役の登場でございます」
マイク乗りの良い林谷の声が、会場内に響いた。
つづく
赤い顔の社長はコーイチの肩をパンパンと叩いて行ってしまった。
岡島のヤツ、やっぱり名前を覚えてもらえなかったんだな。ふと妙な視線を感じて振り返ると、岡島がもの凄い顔でコーイチを睨みつけていた。
……まったく、ボクのせいじゃないのに…… 岡島は、自分の思う岡島像と実際の岡島像とに大きな隔たりがあることに気付いていないようだ。もう少し自分自身を客観的に冷静に見ることが出来れば良いのに……
コーイチは岡島に背中を向け直して、溜息をついた。なんとなく、岡島に一生つきまとわれそうな、イヤな気がした。
「お客様、お皿をどうぞ」
そばを通りかかったウェイトレスが、コーイチに皿とフォークとを渡した。
「あ、どうも、スミマセンです……」
コーイチは礼を言い、まさかと思いつつ、ウェイトレスの顔を覗き込んだ。ウェイトレスは恥ずかしそうにニッコリと微笑んでコーイチを見た。……あの娘じゃないか…… ウェイトレスは軽く会釈して忙しそうにその場を離れて行った。
すぐに戻って来ると言っていたのに、何か手間取っているのかな? イヤなヤツが相手らしいから、何かトラブルにでも巻き込まれたのだろうか…… ひょっとして、魔女の世界の女王(大魔女王とでも言うのか)にでも呼び出され、陰険な感じで人間世界の男(コーイチのことだ)に抱いた恋心を「魔女の恥さらし」と糾弾され、それに対して「誰を愛しても、それは私の勝手じゃない!」なんて生意気な事を言い放ち、怒り狂った大魔女王の魔法で、消されたか、何かに別のものに姿を変えられたかしてしまったんだろうか……
コーイチは心配している自分に気がついて、自分に言い聞かせた。……いいか、コーイチ、いくら女性に縁が無い生活を送り続けたからと言って、相手は人間じゃないんだぞ、魔女なんだよ、魔女! ……でも可愛い娘だからなぁ…… 何を言っているんだ、コーイチ! 魔女と付き合おうなんて、大魔女王に、こっちも狙われちまうぞ。消されたり、何かに変えられたりしてしまうぞ! ……それはイヤだなぁ……
突然、腹の虫が考えを中断させるように大きく鳴った。
そう言えば、先に何か食べていてなんて言ってたよな。コーイチは腹の虫に従って、テーブルに沿って歩き出し、並べられた料理を見て回った。
相変わらず、見たことも無いような料理が並んでいる。中には名前の付いた料理もあった。
「なんだって? 『シベリアの白夜の黄昏』……?」
コーイチが顔を近づけて見てみると、同じ形のイカの握り寿司が、長方形の皿の上にびっしりと隙間なく並んでいるだけだった。
「確かに白夜っぽいけど…… ま、イカの握りは好きだから、いいか」
コーイチは言いながら、きょろきょろ周りを見渡したが、箸が用意されていないようなので、仕方なく持っていたフォークで一貫刺して皿に載せた。他の皿も見て回ったが、おいしそうな料理が並んでいるが、なかなか手が伸びない。コーイチの皿にはイカの握りしか載っていなかった。すれ違った人の皿には、落ちんばかりにあれこれと載っていて、反対の手にはビールの入ったグラスも持っていた。……やっぱり、こういう場は苦手だなぁ。
コーイチは取り合えず皿に載せたイカの握りを食べようと、フォークをもう一度突き刺そうとした時、会場内の照明が消えた。ドラムロールが鳴り出した。ステージにパッとスポットライトが当てられた。
そこにタキシード姿の林谷が、スタンドマイクを前にして、にこやかな笑顔で立っていた。
「お待たせいたしました。本日の主役の登場でございます」
マイク乗りの良い林谷の声が、会場内に響いた。
つづく
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